人と猫、 なごみの神社

寒暖の差の激しい日が続いていましたが、春告げ鳥の名のあるツバメがやって来て、様々な花も次々と咲き始めました。京都は「八百八寺」と言われるように神社仏閣が多くありますが、四季のうちでも、ことに春は訪れるのが楽しみな季節です。
「梅宮大社(うめのみやたいしゃ)」という、たおやかな名前の神社があります。その名の通り、約40種550本の梅が植えられています。創建はおよそ千三百年前と伝わる由緒ある神社は、最近とみに猫さんと会えることで知られるようになりました。
梅は散り、椿は名残となっていましたが、静かな苑内をゆっくりと拝観することができ、そのうえ檜皮葺の社殿を背景に玉砂利を踏みしめて悠々と散歩したり、縁側でまどろんだりする、宮司さん一家がお世話している猫さんたちとも会え、至福のひと時でした。

幅広い守護神がおわします

梅宮大社の楼門
菰樽が並んだ梅宮大社の楼門

梅宮大社のある梅津は、平安京造営のために近くを流れる桂川を利用して運ばれた木材の集積地でした。津は港を意味します。中心にあるのは壮麗な建物を要した梅宮大社です。
そこで「梅宮大社のあるところの津」ということで梅津となったとされています。古には、王朝文化に親しむ平安人が別荘を建て、ひなびた里の風情を楽しんだそうです。付近には現在も、かつて壮大な伽藍を誇った長福寺や材木の搬送などで栄えた旧家などが残り、歴史を物語る証しとなっています。

梅宮大社の石柱
歴史を感じさせる石柱にも酒造りの文字があります

梅宮大社は、その由緒書によると、奈良時代の政界で活躍した橘諸兄の母が、橘氏の氏神様として、京都南部の井手町に創建したと記されています。そして平安時代のはじめに、嵯峨天皇の皇后によって現在の地に移されたそうです。
古くから「酒造の神様」として知られています。古事記に「稲穂で酒を造った」と記されていて、これが穀物から酒を醸した最初とされています。楼門や手水舍の横に並んだ、全国各地の蔵元の菰樽が並んだ様子は壮観です。

梅宮大社の本殿
本殿
梅宮大社拝殿
拝殿

境内は拝殿、中門、回廊、本殿が建ち、檜皮葺の屋根も美しく「梅宮」にふさわしい気品とやさしさを感じるたたずまいです。その一方で「磐座(いわくら)」が祀られ、「自然のものにはすべて神様が宿る」という古代の自然信仰のかたちを表しています。「八百万の神様」ということでしょうか。おおらかで自然を敬う日本の信仰心を、好ましく感じます。酒造、子授、安産、縁結び、学業、音楽芸能と広範囲にわたります。人間の弱さを否定するのでなく、受け入れてくださるようで、気が軽くなります。時には神様頼みの気持ちを持ってもいいのではと、思えてきました。

植物や小さな生き物の天地

梅宮大社
檜皮葺の門の脇には梅の名残が

苑内への入口も、りっぱな檜皮葺の門があり、中は大きな勾玉池を中心に、東側には咲邪池があり、水辺にはこれからの季節が楽しみな、花しょうぶやかきつばたが植えられています。
梅は残念ながら、ほとんどが散っていましたが中には少し花が残っている木もありました。花の盛りにはどんなにきれいだったことかと思います。梅と同じくらい椿も多くの種類が植えられていて、こちらは落ち椿も含めて楽しめました。山吹と平戸つつじはすでに咲き誇っていて、ひときわ鮮やかな色彩であたりを明るくしていました。
梅宮大社梅宮大社の池中亭茶室
勾玉池の端に建つ、芦葺きの建物は、江戸末期に建てられた「池中亭茶室」です。「夕されば門田の稲葉訪れて芦のまろやに秋風ぞ吹く」という古歌に詠われた風雅な田舎家を表現した茶室であり、梅津に残る唯一の芦のまろやとして、とても大切なものであると知りました。四季折々に茶席をしつらえて楽しんだのでしょうか。
そんな物思いをからかうように、カラスがだみ声で鳴きました。うぐいすや、ころころと澄んださえずりは何という鳥なのか。そのうものちにアオサギのような大きな鳥が池中亭の屋根に舞い降りて、あたりを見渡していました。屋根の芦を引っこ抜かないか心配になりました。
梅宮大社
池のそばを歩くと、りっぱな錦鯉が何匹も集まって来ましたが、えさを持ってないのでごめんなさいと謝る気持ちになります。カラスや小鳥の鳴き声、鯉の跳ねる音、枝を渡る風など、自然の音だけ、目に入るものも木や花、木の建築物のみ、というのが実に爽快です。
椿の木の根元に白いたんぽぽと、綿帽子がたくさんありました。このたんぽぽは「白花たんぽぽ」という名前の、日本の在来種のようでした。今はほとんどが西洋たんぽぽに代わられているので、うれしい気持ちがしました。つくしも少しか細いのが出ていました。梅宮大社の庭園は、自然界にあるものみんな、人ものびのびできるすばらしい天地です。

家族そろって守る神社と景観

梅宮大社のソラちゃん
ソラちゃんの横ではマコちゃんが眠っていました

社務所の脇のベッドでまんまるになって眠っているのは、白毛は「ソラちゃん」真っ黒は「しっぽが短かったらマコちゃん、長かったらロクちゃんです」と教えていただきました。どっちかなと思っていると、そこへあらわれたのは真っ黒猫さん。しっぽが長いのでこちらがロクちゃんのようです。縁側でひなぼっこをした後、玉砂利の上で毛づくろいを始めました。移動しながら丹念に続けています。
梅宮大社のロクちゃん梅宮大社のロクちゃん
さすが、境内のどこにいても姿が決まっています。お参りする人の後方に控えていたり、蓮を育てる水がめをのぞきこんだり、パトロールをしているつもりなのでしょうか。訪れた人が次々と「かわいい」と言って、なでても、威嚇したり爪を出したりしません。本当によくできた猫さんたちなのです。

梅宮大社のツキちゃん
パトロールに余念がないツキちゃん

社務所の横の張り紙に「境内にいる猫は神社で飼っている猫です。絶対に餌をやらないでください。マタタビは特に」と書いてありました。神社では、猫とは自由に付き合ってくださいという気持を持って、会いたいという人に接しておられます。私たちはきちんと参拝をして、猫さんには無理じいをしない、これを最低限みんなで守っていくことだと思います。
伝統的な建造物やこれだけ広い境内や庭園の維持管理は本当に大変なことだと思います。この環境が保たれていることに感謝し、経緯を表して四季折々の拝観を楽しませていただきたいと思いました。足を運び、拝観することで微力ながら支えることにつながるはずです。あわせて、不幸な猫さんを出さないことにも協力する人が増えればと願っています。

 

梅宮大社(うめのみやたいしゃ)
京都市右京区梅津フケノ川町30
拝観時間 9:00~17:00