漢方が教えてくれる 健やかな暮らし

漢方薬、生薬、薬草。聞いたことはあるし、歯みがきや入浴剤、化粧品など身のまわりのものにも「生薬配合」などと記されている商品は多くあるけれど、よく知らないという人は多いことと思います。また、知らないけれど「体に良さそう」と思っている人も多いでしょう。
「お医者さんへ行くほどでもないけれど、何となく体の不調を感じる」また「体質を改善したい」そんな時に気軽に相談できる漢方薬専門の薬屋さんがあります。
うかがい知れないほど奥が深いと思われる漢方薬のお店に少しどきどきしますが、笑顔のていねいな受け答えが、気持ちをやわらげてくれます。やり取りするなかですすめてくれたのは、取り入れやすい薬草茶でした。漢方や薬草のやさしい案内人「いなり薬院」の福田佳子さんにお話しを伺いました。

会話を大切に、その人に合った提案

いなり薬院
いなり薬院は福田さんのお祖父さんが、昭和5年に開業されました。三重県の農家の生まれで京都で丁稚奉公をされ、その後、漢方の専門の勉強をして、独立を果たしました。以来90年、この地で漢方薬専門店の生業を続けています。
いなり薬院
漢方薬専門店と聞くと、いかめしい雰囲気のお店を想像しますが、いなり薬院はそのイメージを軽々と払拭してくれます。こじんまりとした明るい店内は親しみを感じるやさしい雰囲気です。あちらこちらにいる張子の虎は、薬種問屋が集まる大阪道修町(どしょうまち)の神農さんとも親しみを込めて呼ばれる「少彦名神社」で毎年11月に行われる神農祭の縁起物なのだそうです。
神農さんの虎
最初に、漢方薬、生薬、薬草とは何かを少しお話いただきました。
「薬草」は文字通り薬用に使う植物そのものを指します。「生薬」は、薬用植物のほか、動物、鉱物など天然由来の、薬用として使うものの総称です。「漢方薬」は、生薬を複数配合して確立された医薬品を指します。薬草と生薬は医薬品と非医薬品が混在していますが、漢方薬は医薬品になります。
最近はインターネットで調べて最初から、買う商品を決めて来るお客さんもあるそうですが、福田さんはできるだけ会話をするように心がけています。
「今はインターネットもドラッグストアもあって買い物の仕方が変わりました。お店とお客さんがひと言も会話せずに買い物がすみます。今の時代は、そのほうが気楽でいいのかもしれません。では、いなり薬院でできること、足を運んで来てくださるお客さんに対して、どんなことなのだろうと考えてきました。
それは、できるだけお客さんと話すこと。話せば何が必要かわかります。一人、一人のお客さんに合ったオリジナルの薬草茶を提案することもできます。お客さんと話すことはとても大事です」と続けました。

いなり薬院の薬草茶
オリジナルの薬草茶は煎じて飲みます。

そして漢方薬専門店としてのいなり薬院は「医薬品」と「民間薬」の二本柱を立てていると話されました。民間系とは、古くから庶民のあいだで、暮らしの知恵として伝えられてきた民間療法の範疇のものです。
「庭や野原にある葉っぱなど身近にある植物を使って、お茶や入浴剤、薬としてきたものです。このようなおばあちゃんやおじいちゃんから教えられたことは、もう少し今の暮らしに取り入れられたらと思っています」と話されました。怪我をした時、熱冷まし、打ち身、お腹が痛い時など家にあるもので何とかしてきたのです。この知恵を引き継いでいけたらと思いました。
いなり薬院の福田さん
福田さんがもう一つ大切にしていることは「無理をしないで続けること」です。薬草はお茶や入浴剤にすると毎日の暮らしのなかに取り入れやすいのです。代表的な薬草茶は、効能が多くあることから「十薬」という名も持つドクダミです。デトックス作用もあります。葉っぱの量や煮出し方も「これなら簡単、続けられそう」と思うアドバイスの仕方です。
またドクダミ以外も、薬草の入浴剤は、体をあたため、香りはアロマ効果があり、お肌もつるつるになるなど、若い世代の人たちにも十分発信できる効果があります。核家族の家庭が多くなり、世代間で伝える機会が格段に少なくなっています。福田さんがしている仕事はその伝え役にもなっています。
無理をしないでじんわり、徐々に体に作用していく漢方の考えは、何でも即効性を求めてきたなかで「一歩引いてスローに」という流れも生まれてきた今、暮らしに取り入れることが多くあると感じました。

ご縁があって今があります

いなり薬院
いなり薬院はお祖父さんが初代、その後継者となったのは福田さんのお母さんでした。お父さんはサラリーマンで、別の仕事をされていました。本格的に漢方薬の勉強を始め、店を継ぐことを決心されたのは、子どもたちが高校生になって手が離れた40~50代の頃だったそうです。
家事一切を引き受けながら60代近くなってから化学や薬に関する法律などを勉強し、試験にみごと合格し、取り扱いの免許を取得され、お店をずっと取り仕切ってこられました。取材中、麦茶とハト麦茶、決明子(けつめいし)をブレンドした、とてもおいしいお茶を出してくださいました。
いなり薬院の薬草茶
お歳は91歳と聞いて本当に驚きました。福田さんは「家のこともしながら勉強して免許を取って、店を続けてきたのは大変だったと思いますが、それは母の生きがい、やりがいになったのだと思います。親のことを褒めるようですが本当にすごいと思います。今でもしっかりしています」と語りました。
「私も薬学とは全く関係のない方面へ進み、仕事も違う仕事をしていました。それが母と同じように、薬学を勉強してこうして店を継いでいるのも縁のものやなあと思います」と感慨をこめて話してくれました。
いなり薬院
お店の前に、健康そのものといった野菜が並んでいます。これは福田さんご夫妻が丹波の畑で育てている無農薬、有機栽培の路地ものの野菜です。この畑もいろいろなご縁がつながって借りることができたのだそうです。
夫の陽一さんは生薬の専門家で、ここで生薬も育てています。「家で食べるぶん」のつもりで作っていたのですが、30年近く野菜作りを続けるうち、路地ものなので、できる時はどっさりできご近所へ配ってまわったそうです。それでも余ってしまうくらいで、ご近所の方から「店の前に置いたらどうや」とすすめられて3年前くらいから置くようになったそうです。
まだあかちゃんだった子どもさんを畑へ連れて行った時、ハイハイをしながら土を食べてしまったこともあったと、なつかしそうに笑って話してくれました。自然と折り合い、植物や作物の呼吸を感じながらの農業との縁も、お店を続けるうえで大きなよりどころとなっていると感じました。

できる範囲で、できることを

いなり薬院の参鶏湯
「参鶏湯セット」はお客さんの声から生まれた商品です。参鶏湯(サムゲタン)は、鶏肉に朝鮮人参、干しナツメやにんにく、生姜などが入った、人気の薬膳メニューですが、材料を揃えるのは大変です。「漢方薬屋なら材料を揃えやすいでしょう」という声にこたえて、完成させた商品です。鶏肉と一緒に煮込めばご家庭で簡単にサムゲタンとなります。
「薬膳の考え方で身近な食材を使えばいいのです。夏は体のほてりをとる野菜、冬は体をあたためる根菜類というように。たとえば、冬瓜は夏の野菜ですが、冬まで貯蔵できるので冬瓜と言います。冬は体をあたためる葛の根から作ったくず粉のあんかけは、理にかなっているのです」と、生活に取り入れやすいアドバイスをしています。
いなり薬院
「バスに乗っていて」「通りがかりに」と、何となく見かけことで来店するお客さんもいるそうです。前に見かけたお店がそのままあるということは、とても重要なことだと思います。伏見稲荷の氏子が多い町内のいなり薬院。年期の入った薬だんすや薬研(やげん)が展示された「くすりのまちかど博物館」のようなウインドーも、まちの風景の一部になっています。「できる範囲で、できることをする」こうした確かな商いこそ、京都のまちを支えているのだと感じました。

 

漢方専門 いなり薬院
京都市下京区七条通壬生川西入
営業時間 9:00~19:00
定休日 日曜、祝日

「下京サマーフェスタ ひんやり商店街2022」開催
8月1日~9月3日の期間中、ご来店の方に「自家製ブレンドはと麦茶」をお出しします。