麹の力で 心も体もほがらかに

あと一週間もすれば、草木に露が宿る「白露」を迎えようとしているのに、真夏並みの気温が続いています。甘酒は夏の季語ですが、江戸の昔から、夏の弱った体にいい、おいしい飲み物でした。「健康と発酵」に多くの人が関心を寄せています。味噌、醤油、酒など日本の身近な発酵食品の素となる麹。その不思議な力、奥深さに魅入られ、麹を毎日の暮らしに取り入れることで得られる幸せを多くの人に広げようと、楽しく奮闘する「京都花糀」代表の野中恵美さんにお話を伺ました。

「上級麹士」として新たな道すじ

京都花糀の野中さん
野中さんが麹と出会ったのは、医薬品販売の専門資格である登録販売者として、ドラッグストアで働いている時でした。お客さんと接し、健康の悩みは複合的なものが多いことを感じるなかで、ある日、来る人来る人みんなが、甘酒を買う現象が起こりました。テレビの番組で甘酒が取り上げられたのです。それからしばらくは、大量に発注した甘酒が品切れになる日が続きました。
甘酒
甘酒から麹へ目を向けると、知れば知るほど「麹ってすごい」と、そのすばらしさに引かれていきました。そして栄養士でもある職業的性格も頭をもたげ、麹についてもっときちんと知りたいと強く思うようになりました。調べていくうちに、福岡県で麹について学ぶ二泊三日の講座があることがわかりました。それから後の行動は素早く、仕事のシフトも考えたうえで、2か月後の講座に参加したのです。

京都花麹
店内にずらりと並ぶ麹と味噌

この講座は、福岡県で自然農無農薬のみそ、麹を製造販売する会社が運営する「麹でロハス推進会」が主催しています。「自家製の麹を使って多くの人に発酵食文化のすばらしさを伝える」ことを主旨としています。その実践者として「麹士」を育成し、野中さんは2016年「上級麹士」の認定を受けました。
「麹は、日本人で合わない人はいないこの国の菌です。麹のおかげで調味料としていろいろな食品ができました。麹は腸の働きを良くしますし、脳と腸はつながっています。だから朝、お味噌汁を飲む食習慣は理にかなっているのです。」そう語る野中さんは「麹を正しく伝えるためには器がいる」と、上級麹士になって2年後2018年8月、満を持して「京都花糀」のお店をオープンしました。

麹を語る姿がきらきらしていた

京都花糀京都花糀
「手作り自家製麹」花糀のお店は、阪急電車の東向日駅からすぐ、JR向日町駅からも徒歩5~6分という立地の良さです。元パン屋さんだったというこの物件を見た時、ぴったりのいい物件だと思ったそうです。しかし、予算の1.5倍の資金が必要でした。その日は考えますと答えて帰りました。さんざん考えて出した答えが「1.5倍がんばろう」でした。
1か月後に家主さんの所へ行くと「きっと、また来ると思っていた。実は複数問い合わせがあった。でも、これからやりたいことを話している時、きらきらしていたから待っていた」と話してくれたそうです。
京都花糀
麹への熱く本物の思いは困難も味方につけて、新しい扉を開きました。それから満5年。お味噌やフルーツ酵素が時間と手をかけてゆっくり熟成するように「麹と発酵」のお店も5年のあいだに色合いや味わいが進化しています。
果物が重ねられ、季節によってかわるフルーツ酵素は「瓶詰の宝石」といった華やいだ香りたつような雰囲気です。パイン、ドラゴンフルーツ、パパイヤ、レモンを漬けた酵素は「南の風ゆらゆら」という名前です。傑作はくすっと笑える「帰省のち同窓会」マンゴー、もも、ブドウなど7種もの果物は、にぎやかにおしゃべりをしている様子を思わせます。
棚に並んだお味噌は色や風合いも様々、どっしりと貫禄があります。野中さんが「地味以外の何物でもない」と表現する麹の底力を感じます。一汁一菜を旨とする、日本の食卓をつくってきた頼りになる発酵食品なのだと、あらためて感じる存在感です。
京都花糀
花糀では、麹を使ったメニューを常に開発しています。甘酒だけでも様々な種類があり、フルーツ酵素も水や炭酸水などお好みで割って楽しめます。市販のルーや小麦粉、水を使わず麹を入れたカレーはあくまでも「花糀のカレー」です。風味豊かで満足感がありながら重くありません。また、毎月末には「発酵おかずのランチ会」を企画して「今月はどんなおかずかな」と楽しみになります。
8月は九州の郷土料理「鶏飯(けいはん)」と「冷や汁」のそれぞれのいいとこ取りをしたメニューでした。食感、味、香りが、自家製味噌を溶いただし汁がまとめ役となって、渾然一体となったまさに「恵美流創作ごはん」になっています。求肥も手作りのあんみつは、柚子がほのかに香る小豆あんが、寒天とも相性がよく秀逸でした。赤えんどう豆は塩麴を入れてゆでるなど、必ずひと手間かけています。

野中さんが言うところの「少しの手間と時間」をかけた一品、一品の確かな味や食感、香りが伝わってきます。そして「手間、時間」をかけることを、少しも苦ではなく、おもしろがり、思い切り楽しんでいます。また、麹と発酵についてわかりやすく説明し、普段の暮らしに生かしてほしいと、味噌の仕込みや、麹ビギナーコースのワークショップを開いています。ワークショップを通して「待つ」という日本の文化、日本の特性を再認識してほしいと思っています。
情報があふれている今、引き算が苦手な世の中になっているのでは、「加減や塩梅」を知って暮らせたら、もっとほっと楽になるのではと感じています。ワークショップやお店でのひと時は、がんばって何でも取り込まなくてもよいのだと思えて、ほっとできる大切な時間にもなっていると感じます。

「主役はお客さん」のお店は6年生に

京都花麹
「私は店番」とほがらかに宣言する野中さん。入ってきたお客さんは中学校の同級生でした。卒業してからずいぶん長いこと会ってなかったけれど、このお店ができたからこうしてごくたまにだけれど、来て会えると、楽しそうに話していました。またフィットネスに出かける前に、水分補給用にフルーツ酵素の水割りをマイボトルに入れていくお客さん。ご近所の常連さんも「友達の家へ来た」ような雰囲気でくつろいでいます。
コロナの時は全面休業の決断をしましたが、麹が手に入らないのは困るという声を多く聞き、希望の商品を渡す日を限定して設けました。「お客さんのほしいもの、してほしいことを実現するための店」と野中さんは語ります。
小さいお子さんのいる若いおかあさんが気持ちを解きほぐす場所にもなっています。麹と発酵の力は体にはもちろん、訪れる人の心もほがらかにしてくれます。花糀は6年目に入りました。野中さんは「6年生をちゃんとやっていけるかな」とにこにこしています。次はどんな夢を描いて見せてくれるでしょう。楽しみにして通いたいと思います。

 

京都花糀
向日市寺戸町西田中瀬3―2
営業時間 11:00~18:00
定休日 土曜、日曜、月曜日

ワインとカレー、 敷居の低い名店

あと一週間もすれば暦は「立秋」を迎えるというのに、記録的な猛暑が続いています。食欲も減退する夏こそ、ピリッと辛いカレーです。定番の家庭料理であり、また以前から洋食屋さんのなじみのメニューとして親しまれてきたカレー。
世界中のおいしいものであふれる日本は、カレーも様々な専門店がありますが、今までに出会ったことのないカレーの店とめぐり合いました。気取りのないなかにも、どこかきりっとした雰囲気を感じるお店です。今では聞くこともまれな「上等」という言葉が浮かびました。そのお店は高瀬川沿いの小さなビルの2階にあります。

フレンチを感じるカレーとワインのお店

イグレック ヨシキ カレー
暑くても寒くても、若い人でにぎわう四条木屋町のとあるビルの階段を上がって2階へ。特徴的な「Y」の文字と赤の色が印象的なドアがあります。外の喧騒とは別の空間への入り口のように感じます。「Y」は、少量生産のフランスの白ワイン「”Y” Ygrec(イグレック)」のイニシャルです。店名の由来を示しています。お店の中は広々として、窓辺には桜が枝を差し伸べています。この緑を目にするだけでも、一服の涼を感じます。春の花の見ごろや、これから迎える秋の紅葉も楽しみになります。
イグレック ヨシキ カレー
店主さんは、寸胴鍋を小さな櫂のような道具を操って黙々と仕込んでいます。最高気温37度、38度の日にこの仕事を長時間するのは並大抵なことではないと思いますが「まあ、こんなもんやと思ってるしねえ」と、ことさら大仰に語ることはありません。
イグレックのカレーは、ビーフ、小エビ、野菜の三種類です。毎回迷うのですが、何回食べても食べ飽きない深いおいしさを感じるカレーなのです。カレーは「おふくろの味」的な側面もあって、人によって「じゃが芋がゴロゴロ入っているのが好き」「小麦粉でこってりとろみがついたカレーがなつかしい」など思い出と好みが相まって、好きなカレーの幅は広いと言えます。
イグレックの野菜カレー
イグレックのカレーは、家のカレーとはもちろん、専門店のカレーとも違う「唯一独自」のカレーです。15歳から料理の道へ入り、ホテルでも仕事をしたマスターの研鑽が生み出した味なのだと感じました。
たとえば野菜カレーです。15種類もの野菜がたっぷり乗っているのに、ルーが薄まったり、水っぽさがありません。土台がしっかりしているという感じで、野菜のみずみずしさや甘みなどが複雑で深いルーと調和しています。最初から最後まで、しっかり手をかけた料理人のカレーは常連さんのみならず、多くの人の記憶に刻まれています。
またマスターは本当のワイン好きで、その知識も半端ではありません。その日選んでもらったワインは、辛口だけれどぶどうの果実味が感じられる、ぴったりの味わいでした。

居ずまい正しく敷居は低い本格派

イグレックの小エビカレー
イグレックの営業時間は午後2時間の休憩はありますが、閉店は午後11時という長丁場です。「営業時間は場所柄やねえ」と、さらりと言いますがかなりの重労働にちがいありません。それでも悲壮感や肩を怒らせてという雰囲気は微塵もありません。カレー以外にアルコールに合う単品も用意されています。
休みの日に明るいうちの一杯、また一日の最後のしめのカレーとお酒。それぞれに楽しめる貴重なお店です。

イグレック
店名の由来にもなった貴腐ワインの名品「イグレック」のエチケット

シャンパンの王冠
ディスプレーされているワインのラベルやシャンパンの王冠は知識がなくても、すてきだなと思えます。おどろくことに、すべてマスターの自作なのだそうです。シャンペンは全部で99個。今ではもう手に入らないものもあるとか。30年ほどかかって「すべて実際に飲んだ」という話もスケールの大きさに、ただただおどろくばかりです。「まだあるから、2枚目のパネルを作ろうと思っているんやけど、なかなか時間がねえ」と言われましたが、作ろうと思う気持ちがすばらしいです。「作れるものは自分で作ることは、父親の影響やね。いつも何か自分で作っていたから」と話されました。


今まで世界のあちこちのレストランを訪れた時の手書きのメニューが特注の赤いフレームにバランスよく配置されています。この中には超有名な「トゥール ジャルダン」の鴨のナンバーが示されたものもあります。シャンペンもしかりですが、集めたのではなくすべて自分で実際に行って体験したとい探求心に感服します。ワインのラベルもそれぞれの思い出を話してくれました。

リモージュのカップ
デミタスカップ、素敵ですねというと「リモージュ」ですと、すぐ返ってきました。お店にあるものは開店前から少しずつ、見つけた時に買いそろえたそうです。
世界のレストランのメニューパネルの横には、包丁の名店の手ぬぐいがあります。「大根のかつら剥きをしているでしょう。この包丁はかつら剥き専用の包丁なんですよ」等々、ここにはまだ知らないこと、知って楽しいことがたくさんあります。

内装もマスターが一人で。壁を取り払い作った窓。左には包丁柄の手ぬぐいも。

フランス料理やワイン、その歴史や文化がさりげなく香り、感じることができるお店です。こういうお店こそ本当の名店なのだと思いました。マスターは「基本、カレーは一人でつくるもんやから」と、今日もいつもと変わらず仕込みをし、ワインのことをたずねられると、手を止めてうれしそうに答えています。奥様と二人で切り盛りされていて、落ち着いておいしさを堪能できます。
京都のまちもまたさらに変わり始めていますが、イグレックのようなお店が、京都を支えていると強く感じました。ふるさと福知山を大切にする思いがそこかしこにあらわれているところにも、お人柄を感じました。

 

イグレック ヨシキ カレー
京都市下京区 西木屋町四条上ル真町455 第一小橋会館2階
営業時間 11:30~14:00/16:30~23:00
定休日 月曜日

大学の街に 今日もコーヒーの香り

緑したたる季節は、若々しい学生の街に似合います。左京区の京都大学周辺は、学術的な空気と、普段の学生生活をうかがわせる親しみのある雰囲気があいまっています。そんな学生の街にふさわしいもの、あってほしいのは本屋と喫茶店です。
京都大学の周辺の、それぞれ物語のある喫茶店や古本屋さんは、以前より少なくなっているとは言え、現在も健闘しています。百万遍の交差点から少し脇へ入ったところに、その喫茶店はありました。

ダンディーな初代マスターは明治生まれ

ゆにおんの外観
久しぶりに足を向けた百万遍で、落ち着ける喫茶店に入りたいとぶらぶら歩いていていました。「ゆにおん」と、やさしいひらがなで書かれた看板、高くそびえる棕櫚の木、緑に囲まれ年輪を感じさせながらもどこか愛らしさがあるお店がありました。少し汗ばむくらいの午後の日差しの中、中へ入るとほっと一息つける空間です。おやつの時間帯に、コーヒーとトーストのセットをお願いしました。
お店はお父さんから受け継いだという店主さんが一人で切り盛りされています。
コーヒーをいれたり、トーストを焼いたりしながらも気の置けない、楽しいやりとりが居心地をよくしてくれます。
壁に沿って趣きのある木彫の装飾が施され、見まわすとカウンターの食器棚などにも同様のしつらいがされています。木の色は飴色になり、このお店の雰囲気をつくりだしています。絵がすきで自ら絵筆をふるうこともあったという、お父さんが懇意にされていた作家さんの作品ということでした。
ゆにおんの天井照明
天井の灯りはお父さんがつくられたそうで、芸術に造詣が深い型だったのだなと、そんな会話をはさんで運ばれてきたセットは、しっかり噛みごたえがあって小麦の香りがする天然酵母のパンに、新鮮ないちごミルクがついていました。たまごサンドもおいしくて、すべてがきちんとていねいに作られています。
味とともに「作ってくれた」というあたたかさを感じます。カップやグラスも、お店の雰囲気と調和した味わいがあるものです。自家焙煎のコーヒーは香り高くしっかりした味わいでした。
ゆにおんのトーストセット
ゆにおんは開店から今年で75年を迎えました。初代は明治生まれですが、毎日きちんとチョッキを着て店に立ち「本当に喫茶店のマスターでしたね。娘から見ても本当に格好よかったです」という言葉に、会ったことはないけれど「さぞ、素敵だっただろうな」と思いをはせました。
カウンターの奥には見守っているかのように、やさしい顔立ちのマスターの写真が置かれています。聞けば店主さんもずっと一緒に仕事をされていたそうで、父娘で紡いできた年月が、ゆにおんのおだやかな空間をつくりだしているのだと感じました。
ゆにおん
壁には多くの絵画がかけてあります。「すきなものをかけてある」という言葉の通り、それぞれの個性を放ちながら調和しています。テーブルや花瓶に入った季節の花もすべてが、自然体であるべき場所に置かれています。飾ったり、奇をてらうことのない姿勢が、だれにとっても居心地のよい場所になっているのだと感じます。

歴史や文化は日々の営みの積み重ね

ゆにおんの店内
ゆにおんの店内は、さほど広くはありませんが、とてもいい感じにレイアウトされています。窓の取り方もおしゃれです。建物はその時々の補修をしながら、基本的には変えていません。前は木のドアでとてもいい雰囲気だったのを、代えないとならず今のドアになって、とても残念と話されました。現在のドアもいい感じだと思いますが「どんなドアだったのかな」と想像してみたりしました。
清風荘
窓から見える向かい側の鬱蒼と繁る木々の緑にいやされます。この広大な敷地は「清風荘」と言い、明治時代に首相を務め、立命館大学を創設した西園寺公望の別邸で、現在は京都大学の所有となっています。
新緑の今もすばらしいですが、秋の紅葉は、それは見事なのだそうです。お客さんが「ここに座って、こんなきれいな紅葉見たら、わざわざ他所へ行かんでもええわ」と言われるそうです。
お客さんは初代の頃からの常連さんや京都大学の先生が多く、90歳になった方も来てくれるそうです。なかには久しぶりにやって来て「おお、まだあったか」と言われると笑って話されました。

おとうさんは明治まれですが、その年代の人にしてはめずらしく、偉そうにすることがなく、家族をとても大切にされていたそうです。お孫さんに「おじいちゃん、この宿題教えて」と言われて勉強をみたり、絵を描いていると「上手やなあ」と、とてもうれしそうにされていたということです。曾孫さんもかわいがり、危なっかしい抱っこをしていたという話を、ほほえましく聞きました。
お客さんや周囲の人々に愛されたお人柄を感じます。明治時代にはとてもめずらしい、大恋愛の末の結婚だったとか。自由で愛情深く「コーヒー、喫茶店」という進取の分野に乗り出した明治の京都人です。98歳で亡くなる少し前までカウンターに立ち、お客さんと話しを交わしていたという見事な生き方を聞き、京都の文化、京都のまちの深さを感じました。

ゆにおんのメニュー
手書きのメニューの横にはさりげない彩りが

店主さんは「これまで、いいこともあったけれど、本当に大変なこともたくさんありました。それでもずっと店を開け続けてきました。あきらめへんことやね」と語ります。大学院生の若い人もよく来てくれて「若い人はこんな古い店より、新しいきれいな店のほうがいいんと違うの」と言うと「ここは静かで落ち着けていい」と言って来てくれるそうです。世代を超えて、香り高いコーヒーと喫茶店文化は、京都の学生街に息づいています。
「気まぐれやから」という営業は、だいたい10時開店、閉店は午後4時です。話しているうちに時間切れで頼めなかったプリンを、次回はぜひと思いを残しながら、あたたかい気持ちで帰路につきました。

 

ゆにおん
京都市左京区田中大堰町92
営業時間 10:00~16:00
定休日 日曜日
(ただし営業時間、休業日は変更となる場合があります)

新京極で70余年の ハイカラ菓子

満開の桜を見る人であふれかえる、高瀬川沿いから、新京極へ進むと、ここもまた海外の人も多く、にぎわっていました。京都で一番の繁華街の入口はいつも、ふんわり甘い匂いと「カッシャン、カッシャン」という楽し気な音が迎えてくれます。
「子どもの頃から大好きなお菓子」という人の多いお店です。観光で訪れた人はお菓子が作られる工程が見える様子に、思わず足を止めて見入っています。
創業70余年の「ロンドンヤ」の看板商品は「かすてら饅頭ロンドン焼」ただ一品という潔さです。今も「ハイカラ京都」味を守り続けています。

洗練された和菓子を感じる普段菓子

ロンドンヤのロンドン焼
「かすてら饅頭ロンドン焼」は、戦後間もない京都で「ハイカラなお菓子を作りたい」と、その頃はまだ新しかったカステラ生地を使ったお菓子を考案したことに始まります。名前もハイカラにと「ロンドン」を付けたそうです。その響きやカタカナ文字の雰囲気がハイカラに感じられたのでしょうか。
ふんわりしたカステラ生地のお饅頭は、やっと迎えた戦後の暮らしに明るさを与えてくれたことと思います。「ハイカラなお菓子を作りたい」という創業者の思いには、多くの人にお菓子を食べる幸せを感じてほしいという願いも込められていたように感じます。
ロンドン焼は「あきないおいしさ」「また食べたいと思う味」という人が多い、気の置けないおやつのような身近なお菓子です。白こしあんのさらっとした甘さと生地との調和は、洗練された京都の和菓子がみなもとにあるように感じます。意識されたわけではないかもしれませんが、こういうところに京都の文化や技の積み重ね、歴史を思わせます。
ロンドンヤのロンドン焼
機械がかすてら饅頭を作っていく様子は、一種のショーのような楽しさです。生地の入った丸い型が一周すると、くるっとひっくり返ります。オートメーションの機械なのに、祇園祭などで見る「からくり」のように見えて、ほほえましくなります。
しかし、すべて機械まかせにしているわけではなく、火加減や油の引き加減、開店速度など常に微調整が必要なのだそうです。そして最後に、丸い型からはみ出した生地を切り落として形を整えるのは手作業でないとできないと聞きました。やはり手の仕事が必要なのです。
ロンドンヤのロンドン焼
見て感心するのはお菓子作りだけではありません。お菓子は一種類だけですが、10個箱入り、15個箱入り等々、また簡易な「へぎ包み」や、すぐ食べる人には小袋に入れるなど、そのつど対応されています。注文聞いて箱を折り、焼きあがりを入れた木箱から素早くへらで取り、きれいに箱に詰めて包装します。そして会計です。
それをたった一人でされています。その流れるような手際のよさは、これも職人技です。行列に並んだとしても、目の前で繰り広げられる見事な実技を見ているので退屈せず、いらいらすることもありません。
お店で聞こえるのは、注文の確認と、商品を渡す時の「お待たせしましまたありがとうございます」というやりとりだけです。余分なこと、ものがないすがすがしさもロンドンヤの好きなところです。

子どものころの思い出は今も健在

新京極商店街ロンドンヤのロンドン焼
新京極にほど近い所に生まれ育った人が「子どもの頃、「しょっちゅうロンドンヤのガラスに顔をくっつけてカッシャン、カッシャンいうて回る機械を見てたわ。隣りの漢方薬屋さんに、ヘビの入った大きなガラス瓶があって、もう怖くて怖くて。いつもロンドンヤの前に行ってた」「おかあちゃんが買い物の帰りに買ってきてくれるとうれしかった」「いつもロンドン焼を持って来てくれるおばさんがいた」など、楽しい思い出と結びついた話をしてくれました。
ふと思いついて、生まれてこの方、ずっと町なか暮らしの知人にロンドン焼を渡したところ「うわー、ほんま久しぶり。なつかしい」と喜んでいました。新京極はお店の入れ替わりが激しい繁華街ですが、そのなかでも何十年も続くお店もしっかり残っています。
ロンドンヤのロンドン焼
急激に変化する状況のなかで、商店街やお店を続けていくのは本当に大変なことと思います。そのような環境のもとでも、今求められていることは何かを考え、新しいことにも取り組んでいます。
ロンドンヤも抹茶生地のロンドン焼を月に一度、販売しています。500個限定、売り切れご免です。また、日持ち2週間の個包装もあり、遠方のお客様の求めに応えています。
本道をしっかり守り、その本道を歩み続けるために、新しいことも柔軟性を持って取り入れていく。まさに「ハイカラ京都」の精神と感じます。京都の奥深さ、底力です。そして、そのことは京都に暮らす喜びでもあります。それを噛みしめた、一日でした。

 

ロンドンヤ
京都市中京区新京極四条上がる仲之町565
営業時間 平日/10:00~19:30 土曜、日曜、祝日/10:00~20:00

純国産メンマと 旭米の進む道

啓蟄の暦どおりの、小さな虫たちも活発に動き始めたような春の日「メンマを食べて竹林再生を」という、楽しくおいしそうなテーマの会がありました。この京のさんぽ道でも、京筍やメンマ作り、伝統的構法の農小屋おひろめなどをご紹介しました石田ファームのメンマ作りのメンバーと、お手伝いしてくださったみなさんが集まりました。
背丈ほどに伸びた「幼竹」(ようちく)を伐り出して、湯がいて塩漬けにしたメンマの試食会です。ここでいうメンマは添加物ゼロ、たけのこと同じように使えます。家庭でも手軽に使える食材としての魅力を引き出し、広げることで、竹林の保全と荒れた竹林の再生につなげたいという願いがこめられています。当日はメンマを使った創作メニューが豪華なワンプレートとなって登場しました。
旧上田家
会場は向日市にある、国の登録有形文化財の「旧上田家住宅」です。おくどさんで炊いたご飯は、石田さんが手塩にかけた農薬、化学肥料不使、天日干しの、現在のコシヒカリやあきたこまちなどのご先祖の「旭米」です。今回の京のさんぽ道は、多くの豊かな出会いがあった、すばらしきかな春の一日のおすそ分けです。

ゆるやかに集まり、得がたい体験

石田ファームのメンマ作りメンバー
この集まりは、石田ファームをホームとしてメンマ作りをする「メンマメンバーズ」の「竹乃舍」(たけのや)が企画しました。
昨年5月に仕込んだメンマの試食を中心に、かかわったみなさんへのお礼と、今後このメンマを広げていくためには、どんなことが考えられるか、何が必要かを出し合い、共有する場にしたいと企画されました。
「自宅でおしゃれな一皿が出せるパーティ料理」の教室を主宰しするLisas(リサス)さんが、他では出会えない「創造的メンマ料理」のワンプレートを完成させてくれました。Lisasさんは、パーティのようにおしゃれな一皿とともに「帰宅して15分で作れる、家族が喜ぶ普段のごはん」を大切にしています。当日も豪華版でありながら「今日からすぐに家で作れる」ヒントがたくさんあるメニューで構成されていました。すべてに「竹乃舍製メンマ」が使われていて、みんなうれしそうでした。
猫柳
もうひとかた、この日の特別参加は、多くの人から「山野草の師匠」と頼りにされているバカボンさんご夫妻でした。朝、大原の里で摘んだ野草と、黒文字と猫柳の枝を抱えて来られました。うす暗い土間に春が舞い込んだようでした。
山野草のことはもちろん、おどろいたのは石田さんが育てたお米の稲わらを「ええ、出汁がでる」とメンマの味付けに使われたことです。その微妙な味わいが感じられるだろうかと少し心配でしたが、とても楽しみで、はじめての体験に期待がふくらみました。
出し取り用の稲藁旧上田家のおくどさん
炊きあがりの時間を計算して、おくどさんに火が入りました。薪をくべるのはコツがいりますが、そこは今まで大量の幼竹メンマを湯がいた経験がものを言い「火の番」は安心してお任せされています。
ゆるい集まりで、時間割もおおまかなのですが、みなさんそれぞれ自分ができることを見つけて手を動かしています。バカボンさんご夫妻に教えてもらいながら、つくしのはかまを取ったり、稲わら出汁で煮たメンマに黒文字や松の小枝を刺す作業はとても楽しそうでした。なんとなく「おとなの課外体験教室」のような雰囲気でした。
さいころ切りにしたメンマの姿はチーズのようです。松葉をあしらうと緑の色がすがすがしく、お祝いの席にもよさそうです。バカボンさんは、そのあしらいを「和の心。日本の料理人の心です」と語りました。味だけではない、食の楽しみと奥深さを教えてもらいました。

つくしのはかま取り

「バカボン」さんに松葉を使っためんまのあしらいを教わりました
中央がみんなに教える「バカボン」さん

羽釜がシュルシュルと湯気が上がり始めました。みんが「せっかくだからおこげが食べたい」と希望するので、火の勢いを調節したり、火焚き番はなかなか大変です。
旧上田家住宅として公開されているこの建物の六代目当主、上田昌弘さんが見えて、おくどさんに火が入っているのを見てうれしそうに、火吹き竹を出して使い方を教えてくれました。「私はこの家でずっと暮らしていましたから、愛着があります。これからもこの建物を大切に残していきたいです」と話されました。家、建物はそこに住んだ人々の歴史も刻まれている家族の暮らしの証しなのだと、しみじみ思いました。
旧上田家のおくどさん石田ファームのメンマ試食会
奥座敷での会食は、久しぶりに食卓を参加者みんなで囲んで話ができる、楽しいひと時となりました。ワンプレートの他にも、みなさん持ち寄りの、おいしいものが並びました。
たっぷりふきのとうが入ったふきのとう味噌、箸休めにぴったりの小かぶの酢の物等々。伊根町の鯖のへしこや「京太のはちみつ」メンバーの伊藤君が琵琶湖で獲ったわかさぎの自家製燻製には「これはビールか日本酒やなあ」の声に笑いと賛同の声が聞かれました。去年の春を思い出しながらメンマと自然の恵みの野草、八十八の手間ひまとお天道さまの力を借りて育てたお米を味わいました。本当の「御馳走」でした。

竹林とメンマを広く知ってもらうために

石田ファームのメンマ試食会
右端が石田ファーム、竹乃舎代表の石田昌司さん

メンマで構成されたお昼ご飯をいただいた後、感想やこれからメンマを広めるうえでの、提案などの意見交換がありました。
竹林整備と抱き合わせて、福岡県糸島市から始まった「純国産メンマ」作りは今全国的に広がり、味付けされた「ご当地メンマ」を販売している例も多くあります。石田ファームのメンマは塩漬け後に、塩抜きをして食材として使ってもらう、または「おうちでメンマ」として幼竹のまま渡すこともしています。
「メンマという名前が、ラーメンに入っているあれ、という固定したイメージを持たれてしまう。こんなにいろいろな料理に使えるのだから名前を変えたら。いっそシンプルに竹にしては」「たけのこと同じように使える。穂先はきれいな形なので、それを生かして、形が大事なお節料理などに使いたいと思う。値段は少々高くても、そういう時期は必ず、国産の安心できる食材の需要はあると思う」「たけのこと比べて、幼竹メンマが優れている点ははっきり言って見当たらない。けれど、メンマを作ること、使うこと自体が放置竹林の解決、京都の美しい竹林を残すことにつながる。そこに共感してくれる人をどれだけ増やすか」「現在、出まわっているメンマやたけのこ水煮の90パーセントが輸入されています。そういう食料自給率の観点からも、安心な国産のメンマを普通の家庭で使ってもらえるようにしたい」「メンマ以外にも、竹の特性を生かした製品が誕生している。紙や繊維など、竹の可能性も合わせて知る機会を増やして、つながっていければ」などの意見が交わされました。

切り方やあしらい次第でチーズのようにも見えるメンマ
切り方やあしらい次第でチーズのようにも見えるメンマ

メンマは部位によって食感が違う点をうまく利用したり、和洋中どれにもなじむ使い勝手のよさがあるので食材として広げられる可能性、素材としての竹が優れていることに、みなさん手ごたえを感じられていました。

メンマと旭米の可能性を夢見て

らっきょむさん
メンマ試食会に参加されていたなかに、石田さんの田んぼのお田植や刈り入れに協力されている向日市の「一穂の会」(いっぽのかい)の紙芝居屋さん、「らっきょむ」さんが来られていました。週末の向日市で家族で楽しめるイベントがあり、そこで旭米のブースも出しますとお話されていたので行ってみました。
旭米
今人気の品種のお米のご先祖、旭米は、向日市がふるさとであり、戦後間もない頃までは、西日本で一番多く生産されていたそうです。そのような歴史と大切なお米なのに、現在は生産農家が本当に少なくなってしまいました。
「一穂」の会は、この旭米を広げる活動をしながら町おこしにつなげようと活動しています。一穂ははじめの「一歩」を踏み出そう、という意味も持っています。
らっきょむさんは向日市の小学校や学童保育所で、紙芝居を見せて旭米を知ってもらおうと一生懸命です。イベントでは古い脱穀機で稲を脱穀するコーナーを担当されていました。
足踏み式脱穀機
Z世代のその先となる小学生たちですが、足踏み式の脱穀機での体験は大人気で順番待ちをしていました。自分のからだを使って、普段自分たちが食べているものがどのようにして届いているのかを知る機会となり、とてもよい企画だと思いました。現在はふっくら粘りがあって甘みを感じるお米が人気で主流です。そのようななかで、旭米は、はっきりした味や食感を感じにくいお米となっています。
言ってみれば、はっきり甘みを感じるお米に比べて、ちょっと素気ないような感じでしょうか。らっきょむさんは「いろいろ食べ比べる機会があれば」と考えています。確かに、味付けの濃い料理には相性がいいように思います。
石田ファームの竹林
竹林や京都の筍、旭米も、これからは、職業も世代も様々な人がつながる、多様な参加の仕方がますます大切になってくると感じました。もうすぐ、長岡京市、向日市など乙訓地域を中心に、京筍の出荷の忙しい季節を迎えます。竹林や田んぼがつくりだす美しい景観が守られ、農業がなりわいとして成り立つ世の中を願ってやみません。
そのためにも、京のさんぽ道も、小さな歩みでも、京都の日々の暮らしをしっかり受け止めていきたいと思いました。メンマと竹林に旭米、そして旧上田家住宅と、みんなの出会いに、夢をかなえるものと感じることができました。

 

石田ファーム 長岡京市井ノ内西ノ口19-1

旧上田家住宅 向日市鶏冠井町東井戸64-2
開館 9:30~16:30
休館日 月曜日、毎月1日

人と人をつなぐ 花街の宿

春は桜に柳。鴨川べりの枝垂れ柳が芽吹き、桜のつぼみはまだ固いものの、日ごとに開花が近づいていることを感じます。街中には、舞妓さんや芸妓さんがほほ笑む、春の踊りのポスターがはり出され、いっそう華やいだ雰囲気が漂っています。
京都五花街のひとつ「宮川町」も、恒例の「京おどり」を4月に控え、お稽古に向かう芸妓さん舞妓さんの姿があります。この花街で、元お茶屋だった建物の旅館が、新たな展開を始めています。伝統建築の町家を気軽に、より多くの人に知ってもらい「人と人が出会い、新たなつながりが生まれる場」を目ざし奮闘するその人、藤田恵子さんの案内で「澤食(さわい)ツアー」を体験しました。
澤食 kyoto sawai
隅ずみまで職人の技が光り、はたまた迷路のような内部は、見ごたえ十分で、はじめて知ることも多く、京都に住んでいても花街とは縁遠い私たちにとっても、とてもよい機会になります。そしてこのように伝統建築を日常的に生かし、住み続けることで守られている京都の町並みにも思いを寄せました。

卓抜した技と常連さんの「私」を守る工夫

澤食 kyoto sawai
宮川町にあたる地域は四条より南、かつて鴨川の広い河原だったと思われ、江戸時代に町並みが形成されたとされています。芝居小屋が立ち、多くの人でにぎわった四条河原と同様、活気を呈していました。「宮川」の名前は、毎年、祇園祭の神輿洗いが四条より南で行われていたため、四条より南の鴨川を宮川と呼ぶようになったそうです。歌舞伎の流行と相まって、にぎわいは増し、人々をもてなすお茶屋が集まり、発展していきました。今の宮川町の美しい町並みと花街の始まりです。
澤食 kyoto sawai
澤食のパンフレットにお茶屋の建物の特徴が記されています。二階、三階の窓には手すりが付けられ、すだれをかける、もてなし空間の上階の階段を上がったところに「踊り場」があるなどです。そのほかは、格子、奥に細長い「通り庭」など一般に京町家とされる建物と似ています。
二階、三階がお客様を迎える空間です。まず感じたことは、各部屋につながる階段や廊下の狭い幅です。狭いというより、建物の表現にふさわしくないかもしれませんが「華奢でほっそり」した感じを受けました。建物の持つ魅力と持ち主の感性のなせるところなのか、どこか艶めいた、はんなりした雰囲気を感じます。
澤食 kyoto sawai 階段
狭く急な隠し階段から押し入れのような襖をあけると、一階から三階までまっすぐ通った、かつて昇降機があった吹き抜けが現れます。そちらから下をのぞくと、奈落の底へと吸い込まれるようで、怖くなります。「ここは元ふとん部屋だったのですよ」という話など、いちいちおどろいてばかりでした。
お茶屋も旅館も、常連さんがゆっくりくつろげなければなりません。そのためには、他の人と顔を合わさないですむようにという配慮があちこちになされていると推察しました。昇降機も、一階まで続く「かくし階段」も、緊急時だけでなく、お客様の「個」を守るために考えらえたのではないかなど、謎ときのようで興味は尽きません。
澤食 kyoto sawai

澤食 kyoto sawai 
伝統工芸のような和を感じさせるバスタブ

この建物は、登記簿の日付は明治30年(1897)ということですので120年以上歴史を刻み、建築当時の姿をとどめています。階段のらんかん、お茶屋建築の特徴を示す格子、天井や床の間の造り、ふすまに至るまで、この家にかかわった多くの職人の、静かな矜持を感じます。
一方、宿泊することに関しては、快適に整えられています。特に洗面所やお風呂の水回りの造作は、最新のものを設置されています。手間と時間、選び抜かれた資材など、贅を尽くした空間と現代の利便性を兼ね備えた、最上の旅の宿です。

知ってもらい使ってもらって残す道

澤食 kyoto sawai 藤田さん
宮川町が描かれている江戸時代の木版画を手にする藤田さん

澤食は、藤田さんの父方の叔母様が、お茶屋だった建物を買い取り旅館にして、昭和56年(1981)から平成29年(2017)まで営んでいました。
高齢になったことなどもあり、藤田さんが跡を継ぎました。藤田さんは兵庫県や大阪で教師をされていました。しばらくは通って、叔母様のお世話や手伝いをしていましたが、とても二足のわらじをはいてはやっていけないと思い、選択を迫られました。そして「叔母が大切に守って来たこの建物を受け継ごう」と決心し、退職して京都へ移り住みました。
花街は普通はなじみのないところですが、以前から通っていた藤田さんは、ご近所ともよい間合いの関係をつくっています。
澤食 kyoto sawai
4年前から、本格的に引き継ぎ、改修に着手しましたが、そこでコロナになってしまいした。「本当に思案に暮れる毎日でしたが、その期間にゆっくり、これからここをどのように活用したらよいか。それにはどんな方法があるか。伝統的なこの建物を生かし、これからも宿泊施設として続けるためのよい改修とはなど、考えることができました」と語ります。
改修も、可能な限り、元のかたちを残し、また宮川町の町並みを損なうことのないようにと強い思いを持って実行されました。

澤食 kyoto sawai
3階のすだれの合間からわずかに見える比叡山

見学すると、建物本体に加え、建具もしっかり残して今も使っていることに気付きます。それがなんとも言えない風趣をかもしだしています。お茶屋建ての特徴である格子、表に面したすだれ越しに見る通りは美しく、圧迫感のない低層の建物だからこその見え方なのだと感じました。
澤食は現在では希少な木造三階建てです。以前、三階の表の部屋からは真正面に八坂塔、左前方にはくっきりと比叡山が見え、反対側の西側は、宮川と名を変えて流れる鴨川が見えたそうです。どんなにか、よい風景だったことでしょう。
その少しの願望をかなえられるのが、藤田さん自慢のお風呂です大きく窓をとり、外が見えるようになっています。「全体的に居心地は、かなりよくなったと思います」と藤田さん。最初はどきどきしながらやっていたけれど、泊まった方に笑顔で帰ってもらうとうれしいと顔をほころばせました。
澤食 kyoto sawai 打ち掛け
現在宿泊する人の大半は、叔母様の時代からのご常連や知り合いの固定のお客様ということでした。その紹介でフランスやドイツからのお客様もあるそうです。
取材に伺った日は、少しでも伝統の建物を知って、関心をもってもらいたいと企画したお「お茶屋建て澤食を全部みるツアー」を開催されていた日でした。探検気分で狭い階段や和室の美しさに、歓声があがっていました。
一通り見学が終わると広い茶の間のような部屋でハーブティーととびきりおいしいお菓子で一服していただくという趣向です。みなさんとてもよかった、楽しかったですという感想でした。
ここでまた、おどろく企画がありました。叔母様の膨大な和装関係の収蔵品のひとつ、打掛を羽織って記念撮影というプログラムです。年代、男女問わず好評ということでした。教師をしていた経験から、こういうことを考えるのは得意なのだそうです。しっかり前職の経験も生かされています。

頼もしい友人と究極の夢「市民オペラ」

澤食 kyoto sawai フロランタン
毎日てんてこ舞いの藤田さんですが、一緒に楽しく澤食を支えてくれる、頼もしく心強い友だちの存在があります。
一人は澤食でも使っている、飛び切りおいしいお菓子を焼き、ほがらかなヨシムラさん。ハーブティーと一緒にいただいた何種類ものナッツが入ったフロランタンは、まじりけのないおいしさでした。ツアー中も参加者の案内や店頭に立つなど、軽やかに立ち働いていました。
もうひとりの強い味方は、叔母様の旅館を手伝い、ご自身も先斗町でお店を営んでいたベテランのミヤコさんです。お掃除からベッドメーキング等々、その経験が生きる、見ていて気持ちのよい仕事をされていました。
澤食 kyoto sawai ベッドメイキング
藤田さんもお二人を「本当に助かっています」と、とても頼りにしています。そして「この建物は不思議な力があって、人が集まって来て、ご縁を感じる出会いがたくさんあります。人のつながりが生まれる場所なのです」と続けました。
お茶をいただいた部屋は元ダンスホールだったそうで、古いガラス戸がよい雰囲気です。一段高くしたステージで、これまでも、宮川町の芸妓さん、舞妓さんを招き、舞を鑑賞して、料亭のお弁当をいただくという集まりもされてきました。
今年はさらにいろいろな企画を考えたいし、この建物をどんどん利用してほしいと語ります。それを通して、日本建築、和室の魅力を感じてほしいと願っています。
「日本建築のよいところは、とてもフレシキブルな点です。ベッドだと動かせないし、人数は限定されるけれど畳なら、布団を敷けば融通がききます。座卓も簡単に動かせますから。」元ダンスホールの棟はキッチン付きで一棟貸切りにもできます。まだまだ片付けが追い付かないと大忙しですが、実は大きな夢をあたためています。

澤食 kyoto sawai
ダンスホールを改装したお部屋

藤田さんは声楽家で、その仕事もされています。そして究極の夢は、今京都にない「市民オペラ」を立ち上げることです。それも夢のまた夢にするのでなく、着実に進めていく構想を描いています。
澤食の運営、経営だけでも、普通なら手に余りそうなのに、その上、一から始める京都での市民オペラ立ち上げとは。おどろくほどの行動力です。夢への思いを強く持っているからこそ、夢は実現するのでしょう。
人のつながりが生まれる、この場所がその後押しをしてくれると思います。

 

宮川町の宿 澤食(さわい)
京都市東山区宮川筋4丁目320

この場所と コーヒーとアンティーク

霜が降り、水たまりが凍っている今年の京都の冬です。しばらく前のこと、通りがかりに古びたがっしりした建物が目にとまりました。大きく「COFFEE」とあります。先日、近くに行った時に思い出し、ずっと気になっていた建物まで行きました。
そこはコーヒーの焙煎所とアンティークの雑貨や食器が一緒になった、住んでいる人の思いがやどる「だれかの家」のようなお店でした。
ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
ドアのガラスにはWIFE&HUSBANDに続きDAUGHTERとSONの文字が見えます。「妻と夫」「娘と息子」という、まっすぐな名前に深い思いを感じます。オーナー夫妻の家族との日々も映し出された、かけがえのない空間です。
2015年に賀茂川のすぐ近くに自家焙煎のコーヒー店WIFE&HUSBANDを開いてから1年半たった頃、大きな焙煎所とアンティークが一緒になった空間としてオープンしたROASTERY DAUGHTER /GALLERY SONです。コーヒーの香りとともに、季節や時間によって、差し込む光が変化するゆるやかなひと時を送ってくれます。

 

古いビルが生きる焙煎所&アンティーク

ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
新たな夢をかなえる焙煎所に適した場所をさがしていたオーナー夫妻が、やっと見つけたのが現在のビルでした。自然を身近に感じる賀茂川畔のお店とはまったく違う街中の古びたビルでしたが二人で「ここだ」とすぐに決めたそうです。
車が頻繁に通る堀川通に面していますが、落ち着いた雰囲気はそこなわれることなく存在感があり、周囲とも調和しています。
ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SONROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
お店の1階はコーヒーの焙煎と豆の販売、2階はオーナー夫妻がこつこつ集めてきた多くのアンティークの食器や雑貨、ビンテージの洋服がwife&husbandの物語を紡いでいます。
そこに集められたものはフランスの19世紀から20世紀初めの食器や小物、そして日本の文房具や暮らしの道具など洋の東西を問いません。丹念にガラスペンで書かれた古いノートの文字の美しさにおどろいたり、反物の端に付ける下げ札の先端の、針より細いくらいのこよりにも、昔の人の手先の器用さに感服したり、あっと言う間に時がたちます。
ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SONROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
窓辺や壁、天井と、あらゆる空間に国の違いを超えて、人の手が作り、人が使ってきた時を刻んだもののあたたかさやおもしろみを感じます。
毎日の暮らしのなかで、元の使い方と違うものに転用するも楽しいでしょうし、何かに使うという目的がなくても眺めているだけで、気持ちをあたたかく包んでくれそうな気がします。時を経て今もあるもののよさを感じることができる空間です。

 

つくろいながら使い続ける

ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SONROASTERY DAUGHTER / GALLERY SONの金継ぎ
販売している古い食器や雑貨には時々「金継(きんつぎ)」が施されているものがあります。これはスタッフの方がされていると聞き、本当に古いものを受け継ぎ、すきになってくれるだれかに手渡す仕事をされているのだと感じました。
日本でも少し前までは、つくろい物をする夜なべ仕事が、ごく当たり前のこととしてありました。ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SONは、つくろいながら使い続ける暮らし方を思い起させ、そのことはそんなに難しく考えなくてもよい、自分が心地よいと思えることでいいのだと応援してくれている気持ちになります。
ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
1階にもアンティークの小物が前からそこにあったようにたたずんでいます。最新の焙煎機とともに、コーヒーの麻袋やアンティークがある風景は、始めて来た人にもおなじみの気安さを感じさせてくれます。
海外からのお客さんもゆっくりと滞留しています。きっと心に残る日本の思い出になることでしょう。

 

お店をみんなで育てている

ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
ビンテージの雰囲気のユニフォームが似合い、自然な笑顔がすてきなスタッフさん。何か聞いたり、商品をじっと見ていた時に、スタッフの方みんなが的確に答えてくれたり、声をかけてくれたことがとても印象的でした。
みなさん、本当にこのお店が好きで大切にしていることが伝わってきました。コーヒー豆を選別し、お客さんを迎え多くの古いものの様子を確認しながらの毎日を尊く感じます。

ROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON
焙煎前、焙煎後と2回行うコーヒー豆の選別

賀茂川畔のwife&husbandと次に生まれたROASTERY DAUGHTER / GALLERY SON はこれから、スタッフのみなさんと一緒に育てる家のようです。これからもゆっくりと通いたい空間でした。

 

ロースタリー ドーター/ギャラリー サン
京都市下京区鍵屋町22
営業時間 12:00~18:30
定休日 不定休(ウェブサイト営業カレンダーでご確認ください)

うどんと 本格フレンチが一軒に

時雨模様の寒の内、あたたかい湯気が恋しくなります。千本丸太町に70年以上続くうどん屋さんがあります。しっかりとった出汁と細めの麺。京都らしいうどんです。
大改装を経て「うどんとフレンチのお店」に生まれ変わって8年。その間熟成されてきた心地よいお店の雰囲気を感じます。平日のお昼はうどんや丼物、夜と週末は本格フレンチとワインでゆっくり過ごせる得がたいお店です。

カウンターと蝶ネクタイ

阿さひのきつねうどん
うどん屋はシェフの実家です。ご両親が元気に切り盛りしています。繁華街の喧噪から少し離れた千本丸太町という立地にも、この新しいスタイルがしっくりなじんでいます。
付近は、かつて平安宮の中心地で、大極殿跡とされています。西陣織など伝統産業にかかわる人の住むまちで、個人商店や会社も多く、活気にあふれていました。今はマンションやビルが増えましたが、銭湯や和服しみ抜きなどの看板に、かつての面影が感じられます。
阿さひは、長く地元の人たちに親しまれてきました。近所の会社で働く人たちのお昼ごはんや残業の時の出前と、お世話になった人も多いことでしょう。麺類、どんぶり物の定番から、先代から受け継いだ看板の味、巻き寿司や分厚い身が評判の鯖寿司もお品書きにあります。
 

阿さひ阿さひ
お店は大きな提灯が目印です。うどんの時間は赤地、フレンチは白地になります。入口の通路は、京都の路地の趣です。奥にテーブル席、通路の右手がカウンター席になります。
カウンターをはさんで、シェフのご両親がきりっとした立ち居振る舞いで仕事をしています。蝶ネクタイにベスト、ベレー帽と、とてもおしゃれなお二人も、この新しいお店の雰囲気をつくる欠かせない配役のようです。
昼間は、グラスにたっぷりのあたたかいお茶が出され、ほっと一息つけます。何十本もの洋酒が並んだ様子はインテリアの一部のようです。待つ間に瓶のかたちや、ラベルを見るのも楽しいひと時になります。おうどんは変わらぬ「あさひの味」です。
落ち着いた色合いの、夜はフレンチとワインのお店になるカウンターでおうどんをいただくのは、新鮮な感じがします。オープンキッチンのうどん屋さん、なかなかいいものです。

気取らず楽しめる本格フランス料理

阿さひ
シェフは2002年から左京区で、ビブグルマンにも選定されたフレンチレストランを13年間続けました。生まれ育った地へ移転し、実家のうどん屋も引き継ぎつつ、フランスへ渡って得た経験も生かして、おいしいと自分で納得したフランス料理を提供できるお店をめざしました。そして2015年「うどん屋もありフレンチもやる」という画期的な「阿さひRive gaucahe」を開店しました。
リヴ・ゴォシュにはフランスワインはもちろん、ウイスキーやブランデー、リキュールなど様々な洋酒が揃っています。シェフとソムリエールに聞いて「この一杯」を楽しめます。薬草の風味のとてもめずらしいリキュールなど、ワイン以外にも試してみたいお酒がいろいろあります。
阿さひ
料理は、一つ一つがとてもていねいに作られていて、素材に対する真面目な向き合い方を感じます。その日はおつまみと軽めの一品にしました。おつまみに選んだピクルスは、それぞれの野菜の食感も生かしながら中までしっかり味がして、単調ではないおいしさを感じます。野菜のすごさを改めて思いました。
もう一品は、えびとじゃが芋の料理です。えびとじゃが芋の組み合わせがどんなものかイメージできませんでしたが、オリーブオイルと香草になじんで、これが「出合いもの」になっていい味を出していました。自家製のパンがまたおいしくて、料理のよい相棒です。

合間、合間にシェフやソムリエールの方のワインのこと、お二人とも住んで仕事をしていたフランス郊外のことなど、興味のつきない話も、食事をより豊かにしてくれます。フランスの郊外の家は、広い庭があり料理に使うハーブはそこで摘み、買わない、ヨーロッパは乾燥しているので野菜や果物も水分が少なく固いが、火を通すとすばらしく深い味になるなど、聞きながら、行ったことのない、そのフランスの片田舎の風景が何となく目に浮かんでくるような気がしました。
またフランスでは家具なども含め、生活に必要なものは身のまわりにあるものを生かしているとフランスの暮らしぶりも話してくれました。

料理がよく映えるいい感じの器だったので「雰囲気のいい食器ですね」と言うと「それは彼女が作ったのですよ。ほかにもいろいろ店で使っています」というシェフの答えが返ってきました。ソムリエールで、その上、お店で使える陶器を作れるとは、すごいですねとおどろくと「土をさわっているあいだは無心になれます。その時間がとてもいいのです。何も考えない、頭をからっぽにする時間は必要かなと思います」と言われました。
 
左京区のお店で獲得した「ミシュラン・ビブグルマン」は「費用対効果がよく、価格以上に満足感のある料理」高級レストランではなく気軽に食べられるお店が選定されます。リヴ・ゴォシユはその真価のあるお店です。
シェフと対面する「カウンターのフレンチ」など、緊張するというか、少し気づまりな感じがしそうですが、まったくそんなことはなく、気軽に料理もお酒も楽しめます。一人でも友だちや家族とでも、たまには気前よく、家での食事とはちょっと違う、豊かな時間を持つことを大切にしたいと思いました。

親しみやすく本道を行く得がたい店

阿さひ
フレンチの営業時間に掛けられる白い提灯

シェフは、どんな素材も、ここへ来るまでどれだけの月日と手間をかけ、納品されるまでどれだけ多くの人がかかわっているか、食材やワインをはじめいろいろなものが納品されるがそのうち何か一つ欠けてもだめなのだ、そのことを考え、大切にすること、そしておいしい料理にすることを、スタッフに常に伝えています。その視点で目利きした素材を、信頼できる取引先から仕入れています。それらのことが味に接客にあらわれ、お店の空間が生まれているのだと感じます。
「うどんをフレンチ風にアレンジしたら」などとよく言われるそうですが、そういったことはまったく考えていません。きちんととった出汁とバランスのよい麺、それで完成成立しているあさひのうどんです。フレンチも「渾身のブイヨン、フォン」を使った本格フレンチです。
ビヴ・グルマンに選定されたことはすばらしいことですが、お店のプロフィール的にさらっとふれているだけです。お店を探す時の選択のデータの一つに、といった扱いです。
コロナで休業していた期間に黒だった壁を漆喰で白く塗ったり、カウンターも今の色に塗り替えるなどの作業をおとうさんと一緒にされたそうです。それも含めて「これから店をどのようにしていくのか」を考えるよい機会になったと話されました。
阿さひの折り詰め
ワインセラーを背にして、鯖寿司を作ったり箱詰めをしたり息のあった夫婦二人の仕事が進みます。「あんかけ」用の生姜をすったり出汁を用意していたシェフは、魚をさばき、ブイヨンやフォンの様子をみたり、諸々の下ごしらえや仕込みをしています。奇をてらった「うどんとフレンチ」ではなく、それぞれのおいしいと思う料理でお客さんに喜んでもらう、そこに集約されています。おいしいものをいただくことは幸せなことです。
阿さひet Rive gaucheは、食べることを通して、私たちの気持ちをあたたかくしてくれる、静かな誇りを感じる得がたいお店です。

 
阿さひet Rive gauche
うどん屋「あさひ」 フレンチレストラン「リヴ・ゴォシュ」
京都市上京区千本丸太町上ル東側小山町871
営業時間
フレンチ/平日17:30~22:00、土曜・日曜・祝日11:30~15:00
うどん/11:30~15:00
定休日 フレンチ/不定休、うどん/土日祝

昔からの京の生菓子、 今日も店頭に

「気がついたら今年ももう終わり」と、毎日が過ぎていく早さにおどろきます。
地域の商店街も、決まり事に沿ったお正月用の品揃えを厚くし、ここ一番と力が入っています。おせち料理に注連縄や松飾など、お正月迎えも年々簡略化されている昨今ですが「これだけは外せない」のがお餅です。「正月餅承ります」の堂々とした筆太の文字が師走の気分を高めています。
お正月のお餅はつつがなく今年をしめくくり、すこやかな新年へ向かう暮らしの暦です。
「大福餅老舗」は、創業110年。お餅と、なじみのある生菓子やお赤飯、年中行事に欠かせないお菓子が並ぶ、西陣に根付くお店です。忙しい合間を縫って三代目西井裕さんと敏恵さんご夫妻、息子さんで四代目の一樹さんに話をお聞きしました。お菓子作りに誠実に向き合い、親子でともにお店を盛りたてて来た家族の歴史とものづくりのこころがしっかり伝わってきました。

気持ちのよい売り買いと建物の持つ力

大福餅老舗のおけそく
お店には、お供え用の小さなお餅「おけそく」も毎朝、店頭に並びます。開店は朝8時と早いのは「お供え用のおけそくさんを買いに来はるから」です。年中行事以外にも、日々の習わしがしっかり根付いている地域であることがわかります。
8時にお店を開けるには5時起床です。目覚まし時計がなくても、長年の習慣で自然と目が覚めるのだそうです。こうしたことを大層に言うわけでもなく、ごく普通のことになっているところが、すごいです。
また「みたらしを2本、大福1個でもいいですか」と遠慮がちのお客さんに、敏恵さんは「はい、どうぞ。一個からでけっこうですよ」と、ていねいに答えました。お客さんも気遣いがあり、それに対してお店の、ほっとする答えが返ってくる。そうすれば、お互いに気持ちのよい売り買いができると感じました。
大福餅老舗
大福餅老舗は大正元年(1912)創業、昭和3年(1928)に現在の地に店舗を新築し、移転しました。今の建物は当時のまま、戸棚やショーウインドー、工房と売り場を仕切る格子戸は建築当時のものと、新しいもの両方ありますが、新しく作った格子戸も見事な仕事がなされています。ずっとお世話になってきた職人さんの仕事なのだそうですが、高齢となり引退されてしまったそうです。建具や大工仕事も技術の継承と道具や材料となる木材の確保がますます重要になると感じました。
大福餅老舗大福餅老舗
もち蓋、古い台秤など道具も現役です。三代目は、材料を量る単位は「匁(もんめ)」で教えられたので、今でも匁を採用しています。今ではもう製造されていない台秤は、しっかり手入れされています。お店の奥に石臼の餅つき機が見えます。新しい餅つき機を入れたので今は使っていないとのことですが、現役さながらにきれいです。お店のたたずまいに魅かれるのは、年月を経た趣があることはもちろんですが、このようにお菓子作りの現場や道具を大切にしていることも深くかかわっていると感じました。建物が放つ魅力は人とともにあるということを教えてくれました。

四代目が開拓した新たな看板菓子

三代目西井裕さんと敏恵さんご夫妻、息子さんで四代目の一樹さん
四代目の一樹さんとお母さんの敏恵さん
三代目西井裕さんと敏恵さんご夫妻、息子さんで四代目の一樹さん
三代目の西井裕さん

製菓学校で学んだ一樹さんが、四代目としてご両親と一緒に仕事をするようになってから、いろいろな面で新しい展開が生まれています。
まずカステラができました。底についている紙を慎重にはがすと、焦げ茶色の生地とザラメがあらわれます。これはカステラを食べる時のお楽しみです。てらいのない素直な味が好ましく、安定した人気で常連さんも少なくありません。掛け紙のセンスもよく、西陣のイメージにつながる糸巻きの図柄と「かすてら」の書き文字がよく調和しています。気のきいた手みやげにも重宝しそうです。この、かすてらの文字は四代目の手書きと聞き、取り組むことの幅の広さにも感心しました。
1回に焼けるカステラは20個ということで、品切れにならないように気をつけているそうですが、それでも「ああ、残念」というお客さんもあります。「西陣の手みやげ」の定番になることでしょう。
大福餅老舗

大福餅老舗
一級技能検定試験の課題のお菓子

Pay Pay も早くから導入し、利用する人は多いと聞きました。四代目を頼もしく感じながら、自分たちも今の持ち場をしっかり守っている三代目夫妻の存在も光っています。ショーウインドーにつつましく置いてある工芸菓子は、一樹さんが和菓子の「一級技能検定試験」を受験した時の試験の課題です。毎日家で一生懸命練習し、見事合格されました。
「作ってから何年もたって、色も変わって割れたところもあるけれど残してある」と敏恵さんは思いのこもった言葉で語りました。二世代で、職住一体の老舗の屋台骨を支える大福餅老舗のこれからの展開に明るさと可能性を感じました。

季節と紋日が生きる西陣に根を張る

大福餅老舗
これからの毎日は「正月餅」で大忙しの毎日になります。鏡餅の形をした半透明のケースは、お餅がひび割れたりかびたりせず、長もちするというすぐれものです。このように新しく良いものは素早く取り入れる経営感覚にも注目しました。そしてケースに入れた後に、もう一度蒸すというていねいな仕事に職人としての姿勢を感じます。
大福餅老舗
今は正月餅中心の時期であり、店頭に並ぶお菓子の種類も一番少ない時です。「いつもはもっと、いろいろ並んでるんやけど、今はほんま一番少ない時やから」と敏恵さんはとても残念そうでした。そう言ってくれる気持ちもとてもよくわかるし、うれしく思いました。「京都は少なくても月に一日は紋日があって、決まったお菓子がある」と聞き、改めて暦や年中行事とお菓子は深く結びついていることを感じました。
12月に入ったばかりの時、お火焚きまんじゅうがあったので「今日はありませんか」と聞くと「あれは11月のものやから。まあ12月の頭くらいは作ってたけど」という返事に深く納得しました。お二人が季節ごとのお菓子を教えてくれました。もう少し早く来たら「栗赤飯があったのになあ。うちの作り方はお米とお米の間に栗をまるごと入れる。そうすると栗の甘みがごはんに移ってほんまにおいしい」と力を込めて話してくれました。それはぜひとも、来年を楽しみに1年待つことにします。

大福餅老舗
栗入りではありませんが、通常のお赤飯はいつも店頭に

また、年末はもちろん超多忙ですが、今宮神社のお祭と重なる端午の節句あたりもとても忙しいそうです。またお盆の五日間は朝四時起きとなるとのこと。十五日にお供えする糯米だけを蒸した「白むし」はおいしいと評判で、お供えだけでなく食卓用もつくるとのことでした。また食べたい人のために十五日だけでなく、前後の何日かは「白むしあります」となるそうです。定番のお赤飯は、色合いもやさしく、糯米のおいしをしっかり感じます。小豆はふっくら大粒です。白むしもさぞ、と思います。
お店の名前にもなっている大福はむだのない、きれいな動きに見とれてしまいます。この大福は技術だけではなく、誠実な仕事を日々重ねるなかで生まれる形でありおいしさです。

雅な京都の本筋、底流は大福餅老舗のようなお店の存在がになっていると感じました。京都の奥深さはこうした地域の暮らしを支ええている商店街の営みにあると思います。
年が明け、店頭にうぐいす餅や桜餅、桜もち、よもぎ餅、花見だんご等々彩も豊かに並んだ時にまた訪ねます。来る年が平和でお明るいとしになりますようにと願い、今年の京のさんぽ道で出会ったみなさん、お世話になったみなさんにお礼申し上げます。

 

大福餅老舗(だいふくもちろうほ)
京都市上京区千本通寺之内上る西五辻北町439
営業時間 8:00~18:00
定休日 おおむね月曜(月によって異なります。事前にご確認ください)

老舗の文具店 目印は真っ赤なトマト

学校の近所には必ずと言っていいほど文房具屋さんがありました。いい匂いのする消しゴム、かきかたえんぴつ、キャラクターのついた筆箱、おしゃれなシャープペンシル、ノート。そこにはたくさんのほしいものと、子どもたちとお店の人との他愛もない会話がありました。
そういうお店は今はめずらしくなってしまったなと思っていたら、ありました。店頭の真っ赤なトマトとイタリアンレストランのようなチョークアートの看板に引きつけられて行ってみると、ノート一冊、えんぴつ一本を、気兼ねなく買える「まちの文房具屋さん」です。中央卸売市場の近くで80年間お店を営む「マエダ文具店」の前田幸子さん、娘さんの小川知亜妃さんと夫の茂樹さんに話を伺いました。

夏休みの宿題解決の味方です

マエダ文房店
暦は立秋となり、早やお盆を迎えました。お墓参りやお供えのあれこれや、お盆の間の精進料理の決まりの献立を守っているお家もあることでしょう。夏休みも後半、そろそろ宿題や自由研究など、気になる頃でしょうか。
取材に伺った時も、小学生が小さな財布を握りしめてやって来ました。母親の幸子さんは「工作の材料や画用紙とかよく出ます。学校が始まる間際は、もう、ばたばたです」と笑いました。焦っても片付かず、親の手助けで何とか仕上げた思い出のある人もけっこう多いのではないでしょうか。そのあたりは昔も今も変わらないようです。
マエダ文房店
夏休みの宿題のかけ込みもありますが、たとえば便せんや封筒など「ここにあってよかった」と、ほっとしたお客さんに喜ばれています。「ノート一冊、鉛筆一本を買ってくれはる近所の方に来てもらって店が続いています」という言葉に「あってよかった」と思ってもらえる地域のお店としての筋を感じます。
以前は、子どもたちが登下校の途中に学用品を買うことも多く、朝は8時に開けていたそうです。今は集団登下校となりましたが「友だちと同じものを使いたい」「だいすきなキャラクターグッズがほしい」など、お目あてをさがしに来る子どもたちの、お楽しみワールドに変わりありません。

野菜の廃棄ロスを減らす野菜販売

マエダ文房店
手書きの看板や赤いトマトが印象的なマエダ文具店ですが、店内は創業80年の老舗のどっしりした構えに安心感があります。近くに中央卸売市場があり、そのなかの仲買さんとも古くからの取引が続いています。伝票、封筒、ハンコなど細々した事務用品を引きうけ、配達しています。

「赤いトマトを売っている文具店」として定着した野菜の販売は、知り合いの仲買さんから「サイズが揃わないなどで廃棄処分される野菜のなかには、食べる分には何のさしさわりのないものがたくさんあります。それを売ってほしい」と依頼されたことが始まりでした。
「文房具屋で野菜を売るのもなあ」という気持もあったそうですが、始めてみるとお客さんに喜ばれ、今では遠くからでも「箱買い」する人もやってくるそうです。今では、トマトと文具店は違和感なく「定番」となっています。トマト以外に、京野菜の万願寺唐辛子など扱う種類も増えてきました。
梅小路公園
近くには休日は多くの家族でにぎわう梅小路公園があり、帰り道に偶然、マエダ文房具店のトマトを見つけ、それが口コミで広がっているそうです。また、茂樹さんがこまめに発信するSNSを見て買いに来る人も多く、口コミとデジタルという両方の伝達手段で広がっているのは、理想的です。ことに口コミは、商品とお店の対応がよくなければ広がりません。
フードロス問題
この野菜販売から、いろいろなことが見えてきます。新しいチャンスを広げるきっかけになったのは、地元でもある中央卸売市場の仲買さんとの長い付き合いがあったこと、その販売が食品ロスを減らす、現代の社会に求められている課題解決につながることです。普段の売り買いが、本質的なことにつながっています。地域のみなさんから頼りにされるお店の大切さを改めて感じました。

新鮮な視点を生かした新たな展開

マエダ文房店
とても仲が良い前田さんファミリー

マエダ文具店の魅力は、伝票や帳簿など「伝統的」な事務用品や、子どもたちの学習帳、鉛筆など文具店としての基本がきちんと揃っていること、そして人気のキャラクターグッズや雑貨など、今求められているアイテムもセンス良くディスプレーされていて、双方のバランスがいいことです。
知亜紀さんは「かわいいな、置いたら店のなかも明るくなっていいだろうなと思う文具は、対象が中・高校生です。今はその中・高生が少なくなっているので、なかなか仕入れも難しくて」と語り、母親の幸子さんも「ボールペン一つとっても、どこそこのメーカーがいい、今度出た新しいのがほしいとか、ちゃんと指定されます。メーカーも競うようにして新商品を出しますしね。今はSNSなどで情報がすぐ伝わるので」と続けました。
マエダ文房店
そういった悩みはあっても、店内は「さすがに創業80年の文房具店と思わせる風格と、白木のをうまく配置したセンスのよいディスプレーに気持ちあがります。担当は茂樹さんです。きちんと計測して木の棚も自作し、全体のレイアウトもかえました。店内に飾られた絵も、名実ともにお店の看板となった、トマトのチョークアート、野菜売り場の干支看板も茂樹さんの作品です。「広くなった、きれいになった」とお客さんからも好評です。
マエダ文房店
またこれまでのように文具だけの品ぞろえでは大変なので、文房具店にもなじんで、喜んでもらえるものをと考え、駄菓子コーナーもできました。お店に入ってすぐのところにある、たくさんの駄菓子は子どものみならず、親御さんも、目がきらきらして「こんなん、どうや」と楽しんでいるそうです。親子のコミュニケーションにも一役かっています。
知亜紀さんは「私はこの家で育ったので、これはここに置くとか、どうしても今までと同じようにしか思いつかないのですが、夫はそういった先入観がないので、新しいことをやって、できあがったのを見て、なるほどなあと思いました」、幸子さんも「若い世代の人は考えることが全然違いますわ。野菜や駄菓子を売るようになるとは思っていませんでした」と、話してくれました。
ご本人の茂樹さんは、いたって自然体で、おだやかに「インバウンドの頃は。近所にゲストハウスが何軒もあって外国からの観光客が多かったので、おみやげにちょうどいい、京都や日本を感じられる手ごろな商品も置いていました。野菜や駄菓子、雑貨などが多少なりともそこをカバーしてくれています。トマトを置いたことで若い人も来てくれるようになりました」と話してくれました。
マエダ文房店
知亜紀さんが店を手伝い始めて8年、茂樹さんは4年たちました。文房具店としての基本はしっかり受け継ぎ「なんでトマトを」と言った時期から「真っ赤なトマトのある文房具屋さん」は、多くの人に親しまれ、知られるようになりました。
取材中にもトマトを買う人、おにいちゃんの誕生日プレゼントを選びに来たり、また「金封の白黒と黄白の水引はどう使い分けたらいいのですか」というお客さんなど、次々やって来ました。マエダ文具店は今年創業80年を迎えました。今、業種にかかわらず商品の値上げが続いています。このような厳しい環境も、80年間、地域で生業を継続してきた底力と新しい視点での変化を成功させた3人のチームワークで「地域の文房具店」としてともしびを灯し続けていくと実感しました。

 

マエダ文具店
京都市下京区七条壬生川西入夷馬場町35
営業時間 月曜~金曜9:00~19:00/土曜10:00~18:00
定休日 日曜、祝日