旧家に灯る 地域を照らすあかり

長岡京市の南部、昔の面影を残す旧西国街道沿いに、間口の広い重厚な構えの町屋が見えます。平成22年、国の登録有形文化財に指定された「中野家住宅」です。高速道路や駅前再開発などで、町並みは大きく変わりましたが、この界隈はまだ昔の街道の雰囲気を伝えています。
平成26年に長岡京市に寄贈されたこの建物がこの度、一般社団法人 暮らしランプが借り受け、障がいのある人が働き、多くの人とつながることができる「お酒とおばんざいのお店」として、新たな歩みを始めました。
「障がいのある人たちの職域を広げ、文化財の活用にもつながる」という確信と、地域の人たちにも、観光で訪れた人たちにも「家の食卓を囲む」ような、ほっとする思いを共有してほしいという願いをこめて、8月23日「なかの邸」が誕生しました。

歴史的景観を今に伝える中野家住宅


中野家住宅は、西国街道と丹波街道の分岐点「調子八角」の交差点から旧西国街道を5分ほど歩いた所にあります。庭と道の反対側に立っている楠は、樹齢100年を超える大樹です。かつて酒販業を営んでいたことにちなみ、軒先に大きな杉玉が吊り下げられています。
すぐ近所にお住まいの方が「前から一度入ってみたいと思っていたので」と、パンフレットを持ち帰ったり、女子高生が「ごはん食べられるとこになったんや」と話しながら歩いています。いつも前を通っている大きな家が、何か新しいことを始めるらしいと、関心を持って見ている様子がうかがえます。

江戸末期に建てられた主屋の中へ入ると、広い土間があり、玄関座敷や奥座敷の壁、天井、長押や欄間、床の間のつくり、建具など、当時の職人の技がみなぎっています。建築の専門家でなくても、その繊細さと力強さ、巧みさが感じ取れます。

昭和26年に建てられた茶室と主屋の増築部は、数寄屋大工の名工であった北村傳兵衛によるものです。傳兵衛は、大山崎の「聴竹居(ちょうちくきょ)」を設計した建築家、藤井厚二と交流があり、中野家住宅の茶室にも照明等に、聴竹居との共通点が見られます。傳兵衛による近代茶室で現存するものは少なく、貴重な茶室であるそうです。
中野家住宅の新しい営みの始まりは、これまで敷地・建物を守り継承し「今後、みなさんに親しまれる建物になれば」と、期待を込める中野家のご当主の思いに応え、中野家住宅の歴史を刻む一歩となりました。

なかの邸オープンまでの道のり


秋の日はつるべ落とし。暮れなずむ頃、中野家の家紋「違い鷹の羽」を染め抜いたのれんがかけられ、戸口にはあんどんが灯りました。昼間のスタッフがきれいに掃除を終え、準備も整った午後6時。なかの邸の開店です。風格ある建物は料亭のようで、一瞬、戸を開けるのをためらいますが、中へ入ると、アートなだるまが迎えてくれました。親しくしている岡山県の生活事業所から贈られた、開店祝いの地元の民芸品「早島だるま」です。

ふすまが取り払われ、夏のしつらいを残した座敷は広々として、違い棚に飾られた古いカメラや、心地よく流れるジャズも、伝統的な和室にしっくりなじんでいます。椅子席、庭を前にする席、床の間の前と、どこの席も、すばらしい空間を眺め、身を置けるように心配りされています。座卓の高さは、座って庭が一番よい具合に眺められ、なおかつ、食事がしやすい高さを割出し、特注されたとのことでした。

席に着くと、家紋が入ったペーパーマットとお箸と箸置きがセッティングされます。スタッフは調理担当、接客担当など、それぞれの得意なことを生かせることを大切にして決めているそうです。
「お酒とおばんざいの店」と名乗るように、日本酒は京都・滋賀をはじめ、各地の地酒など20種類以上が揃い、近くのサントリービール工場から届く生ビールとともに、辛党にはうれしい限りでしょう。お酒担当のスタッフは、生ビールの注ぎ方には自信があると答えてくれました。

しっかり丁寧にとったお出汁で作るおばんざいを中心に、ローストビーフや手づくり無添加ソーセージ、釜飯、宮津名産の干物、そして手づくりのプリンやシャーベットのデザートも揃い、どんな年齢のお客様にも安心して美味しく楽しめるラインナップになっています。取材の日は、札幌からのグループ、仲良く3世代で食事を楽しむご家族が和やかに食事を楽しんでいました。

暮らしランプでは、なかの邸立ち上げにあたり、2月からお昼はみんなの社食を作り、夜は調理や仕込みの練習、また金曜・土曜の夜のみ「おでかけなかの邸」としてお店を開店し、準備を重ねてきました。
そのなかで課題を解決し、難しい作業はなくし、作業工程をシンプルにして、メニューや仕事の内容を考えてきました。野菜の下ごしらえも手を抜かない、丁寧に出汁をとり、素材ごとに別々に火を通す、生ビールの樽の掃除など、毎日すべてを、自分たちの手で行っています。
支援スタッフの方に聞くと「メニューも、これを作ろう、これがいるというより、みんなができることから発想して、つながりのできた、それぞれの専門の方に相談しながら決めました。良い鰹節、良い調味料を使って、丁寧に作れば自然とおいしくできます」と語り「お酒は信頼する酒屋さんと、メニューに並ぶ料理を話し合いながら、すすめて頂いたものの中から選んでいます。それぞれの食材や調味料も、これまで築いてきた、つながりのある専門店さんの力を借りています」と続けました。
4月からは、なかの邸での準備に入り、みんなで作業室のワックスがけや、蔵の整理、庭の草引きなど、汗をびっしょりかきながら続けていた、その頃のことをよく思い出しますと、言っておられました。
その苦労がひとつずつ、ゆっくりと、しかし着実に実を結んでいます。飲み物やお料理が出てくるまで、ゆったりした気持で待てる、そんな心のゆとりや優しさを取り戻してくれる。中野邸はそういう所です。

もっと広げよう「なかの邸モデル」


マネージャーの小林明弘さんは「なかの邸は、みなさんに繰り返して来て頂ける価格設定にしています。これから、なかの邸のような事業をもっと展開していきたいと考えています。これでモデルができたわけですから、一から始めるより楽に進めていくことができると思います。昼間は働くことができない人には、夜に働く場を作り、力が発揮できるようにすること、そして、みんなの賃金をもっと高くすることを目指しています。そして、みなさんに第二の食卓、居間のように気軽に使っていただけたら」と語ります。「子どもの頃、ここへお酒を買いに来ていました」というお客様がいらっしゃって、お孫さんにもそのお話しをされていたそうです。
これから、なかの邸に集うたくさんの人々が、スタッフのみなさんも含めて楽しいひと時を共有し、その思い出につながる場所となりますよう、心から願っています。なかの邸は、何となく「明日はいい日になるかな」と思えるように、暮らしの少し先をほんのり明るくしてくれます。

 

なかの邸
長岡京市調子1丁目6-35・中野家住宅
営業時間 18:00~22:00
定休日 日曜日、月曜日