京都の秋祭りの先頭を切って、北野天満宮「瑞饋祭(ずいきまつり)」が始まりました。御神輿の屋根をずいき(里芋の茎)で葺き、全体を穀物や野菜、草花、乾物を使って趣向をこらした装飾がなされた、他に類を見ない「瑞饋神輿」を奉り、氏子地域を巡行します。
御神輿に使う材料は、この晴れの日のために、精魂こめて地元で作られたものです。細工やお祭の運営もすべて「西之京」という地域の人々によって行われています。起源は平安時代までさかのぼると言われる由緒あるこのお祭が、目まぐるしく変化する今日まで続いているのは、天神様・菅原道真公を信仰する変わらぬ心と、お祭の伝統を守るために力を合わせる、「西之京瑞饋神輿保存会」を中心とする地域の結束の賜物です。お祭を三日後に控えて、慌ただしさも最高潮のなか、会所へお邪魔させていただきました。
お祭の由来と「西之京」の地域
京都西北部の西之京に住み、北野天満宮の祭礼や供物の準備などを行う「西之京神人(にしのきょうじにん)」と呼ばれる人々が、五穀豊穣に感謝し、収穫した新米や野菜、果実などをお供えしたことが瑞饋祭の始まりとされています。
ありがたい意味の「随喜」めでたい食物を捧げる「瑞饋」と、音が同じことから、里芋の茎のずいきで屋根を葺いた「ずいき神輿」が生まれました。
西之京には「御供所」と呼ばれる拠点をつくり、天神様を祀り、今もその旧跡が残っています。保存会の近くには、最初の天満宮である「安楽時天満宮」や、道真公を北野の地に祀れとのご宣託を受けた、多治比文子の「文子(あやこ)天満宮旧跡」があり、毎年4月には「文子祭」も執り行われています。
保存会が面している天神通(てんじんみち)は、御供所などの歴史的に貴重な遺構も点在し、落ち着いた町並みの通りです。「御神酒」の張り紙や、ずいき祭のポスターを張ってあるお家もたくさんあり「西之京神人」としての精神が受け継がれ、地域全体でお祭を支え、楽しみにしている様子がうかがえます。この静けさが、お祭の熱気に包まれる巡行の日も間近です。
一年通して活動があるお祭の仕事
西之京瑞饋祭保存会の会所は、時代を経た木造の建物と、漆喰の壁のどっしりした蔵が並んでいます。取材に伺った時は、ちょうど扉が開けられていて、中を見せていただくことができました。神輿車や御神輿を担ぐ時の太い角材のような棒、その太い棒を固定させるための太い縄も見えました。縄はつやがあり、藍の色あいもすばらしく、ただ者ではない風格を漂わせています。「麻縄です。地元の祭ということで、職人が本当にいい仕事をしてくれています」と、会長の佐伯 昌和さん。強く美しい縄は、職人さんの心意気が伝わってきました。
会所の中へ入ると、御神輿を飾る各部分が競演を繰り広げているような迫力です。
「真紅(しんく)」と呼ばれる4本の柱には「ドライフラワーでよく見かける、千日紅(せんにちこう)という花が使われています。御神輿の飾り付けの準備は、9月1日のこの千日紅摘みから始まります。一つずつ花に糸を通していき、2メートルくらいになれば乾燥させ、二人で柱に糊付けしていきます。一本の柱に2000個の花が必要となり、四本の柱と子ども神輿の分も含めて一万個の花が必要なのだそうです。それを一つずつ針で糸を通してつないでいく。気が遠くなりそうな作業です。すき間もむらもなくきれいに揃った柱に、白の千日紅で「天満宮」の文字がくっりと浮かび上がっています。
天神さんの紋である梅鉢のわら細工もたくさんできあがっています。まず稲わらを作り、槌でたたいてやわらかくして、縄をない、梅鉢にかたち作ります。御神輿のお飾り用と、御神酒をいただいたお家へのお礼用も準備します。昨年「暮らし 商う 職住一体の京町家」の回にも、この梅鉢のわらのお飾りを紹介しました。
御神輿の四隅を華麗に飾るのは「隅瓔珞(すみようらく)」という、吊り下げ式のものです。赤なすの赤いのと緑のと、そして五色とうがらしが材料です。全体のバランスを見ながら慎重に作業が進められていました。
御神輿の四面を飾る「欄間」「桂馬」「腰板」を見ると、自然と顔がほころんできます。担当の会員さんが、自由な発想で何を作るかを一年かけて練るのだそうです。農作物や乾物など自然のものを使用するという決まりは同じです。
御旅所で公開されるまで、何がテーマに作られているかは秘密です。とうもろこしの皮やひげ、松かさ、ひょうたん、種など工夫次第で何でも素材になります。担当した会員さんは「あれこれ細かい細工はしないで、できるだけそのものの形を生かすように心がけています」という言葉になるほどと思いました。ライオンキング、恐竜、鳥獣戯画など、今年も話題をさらいそうです。ハリネズミには肉球までちゃんと付いていました。
鳥居の柱や千木などに施された梅鉢や七宝、龍、松など、本当の金細工のような精緻な細工は、驚くことに麦わら細工です。ストロー状にした麦わらを切り開いて薄い紙のようにして和紙に貼りつけます。それを友禅染の型彫りの技法で彫ってあります。京都の職人の粋を見る思いです。
ずいき神輿は、使われている稲わら、麦わら、穀物や野菜などみんな農家の会員さんが育てたもの、そして華やかでありながら、素朴な味わいがあり、なおかつ職人の技が光る、新鮮な楽しみと見どころが満載の御神輿です。
西之京ずいき神輿が伝えることは
軒先に干してある麦わらは来年用のもので、3月からもう作業が始まるそうです。取材日の作業の終わりには、これも来年用に種を採るための赤なすを選んでいました。もうすぐ、クライマックスを迎えて終わりではなく、今年の作業をしながら来年のことを考えておられます。こうして、お祭が滞りなく続けられていきます。四日の巡行が終わり、五日には今年作った御神輿は解体して土にかえします。来年の良い作物ができる養分になるのです。
残っている麦わらストローを、近くの小学校の子ども達にプレゼントされるそうです。神様のお下がりですね。麦わらストローから、子ども達はきっと、ずいき祭や地元に息づく文化や農業について知るきっかけになることと思います。
暮らしの環境やまちの様子は変わっても「ずいき神輿のために」の思いが、困難はあってもみんなを結びつけていると感じました。高く澄んだ空に、ずいき神輿と子ども神輿が晴れやかに巡行し、たくさんの人が「今年もずいき神輿が拝めた。良かったなあ」と、感謝とともに、住み続けられる地域の良さを改めて実感されることでしょう。
北野天満宮 ずいき祭
神幸祭 10月1日、2日、3日 御旅所にてずいき神輿、鳳輦ともにご鎮座
還幸祭 10月4日12時30分 巡行御旅所出発
后宴祭 10月5日