秋の大原野 ゆるやかに流れる時

低く垂れこめていた雲が去り、気持ちよく晴れた日、前回に続き少し足をのばして、里の秋を楽しみに出かけました。
丘陵に開かれた洛西ニュータウンを抜けると、のどかな田園風景に切り替わります。京都市郊外、大原野は西山のふもとに豊かな田園風景が広がる地域です。目の前をさえる建物がなく、四方を見渡せるということはこんなにせいせいと気持ちの良いことなのかと感じます。
大原野地域は古くから開けた地域で、由緒ある神社やお寺、石碑などが点在し、歴史の片鱗をあちこちに見ることができます。東海自然歩道のルートにもなっていて、歴史、自然、地元の農産物など様々な楽しみ方ができる地域です。紅葉にはまだ早く、秋が深まるまでには少し間がある今は訪れる人も少なく、いっそうのんびりした気持ちになります。

農耕、生産の神様をまつる大歳神社

大歳神社の鳥居大歳神社
はじめに、大歳神社へお参りしました。最近整備された様子で、神楽殿や本殿の柵なども新しくなっていました。創建は養老二年(718)の由緒ある神社です。お祀りしている「大歳神」は農耕、生産を司る神様と記されています。かつては代々石棺などをつくっていた一族のご先祖を祀った「石作神社」も境内にあったとされています。
十月に行われる氏子祭に毎年、金剛流宗家による仕舞が奉納されているそうです。残念ながらお祭りの時期を逸してしまっていましたが、ぜひ拝見したいと思います。この宗家による奉納は江戸時代中期から行われているそうですが、それを観光に結び付けることもなく、連綿と地元の伝統行事として引き継がれていることに、地域の力強さを感じました。
大歳神社の栢の木
「栢(かや)大明神」の別名があるように、境内には栢の木がおい繁っていたそうですが、現在は危険な木は伐採されすっきりと整備されています。それでも、「区民の誇りの木 クロガネモチ」をはじめ、空へ高く伸びた木々が立ち並び、神聖な杜の雰囲気に満ちています。
寄進をされた人の町名や名前が刻まれた新旧の玉垣が並んでいます。年代を経たもののなかの一つは「癸巳(みずのとみ)女」とかすかに読むことができます。どんな人だったのかなと思いめぐらせます。新しいものには「灰方町」「小塩町」と地元の名前が連なっています。地元の氏子のみなさんが今も変わらず大切にされていることがうかがえました。

十月の例祭、氏子祭りがすんだばかりの境内はひっそりして小鳥の声だけが聞こえるばかりでしたが、農耕の神様として地域とともに歴史を刻んできた神社が今も健全に存在していることにほっとするような、あたたかい気持ちにさせてくれました。

優しくたおやかな「京の春日さん」

大原野の風景
大歳神社を後にして、大原道を進みました。大原野小学校の前を通ると、子どもたちの声が聞こえてきました。時代の変化によって統合された小学校も少なくありませんが、やはり学校は、子どもたちが毎日通学する地域の学び舎であってほしいと思いました。
途中には昔、神社へ参る時のグループであった「〇〇講中」の名が入った石灯篭や大原野神社の一ノ鳥居跡、仁徳天皇ゆかりの樫本神社など、見どころに次々と出会います。
大原野神社大原野神社の紅葉
急がずのんびり歩いていくうちにりっぱな一の鳥居が見え、大原野神社へ着きました。参道を一歩入ったとたんに、すっと清澄な空気を感じ、秋にしては強い日差しのもとを歩いて来て、少しくたびれていたからだがよみがえった心地でした。境内には多くのかえでの木があり、紅葉の名所として知られています。一番の見ごろは11月末のようですが、それでも中には色づき始めた木もあり「紅葉のはしり」に出会った気分でした。
大原野神社の池大原野神社の鹿
大原野神社は、長岡京遷都の際に、藤原氏の氏神である春日大社の分霊をお祀りする神社です。境内や社殿は、藤原氏が栄華を誇った平安朝の雅やかな雰囲気がただよい、本殿の前には狛犬ならぬ「神鹿」が控えています。
石灯篭や神鹿の新しくなっている台座や一部の建物は、台風の被害を受けて修復したそうです。近年の地震や相次ぐ台風は京都の文化財にも大きな被害をもたらしました。伝統工法による修復も規模が大きいだけに大変なことだと思いました。
大原野神社、権禰宜 杉原淳一
社務所で、木彫りの神鹿をいただいた折に、権禰宜 杉原淳一さんにいろいろ話を伺いました。権禰宜(ごんねぎ)は神職さんの役職です。杉原さんは「千二百年たった今もこの姿で存在することに、先人が守って来たことの偉大さを改めて感じます」と話されました。「最近は観光で気軽にお越しいただけるようになりましたが、神社というと宗教のイメージを持たれて、少し縁遠く感じる方もいらっしゃると思いますが、むずかしいことではなく、この自然に囲まれた境内でゆっくり気持ちのよい時を過ごして、季節を感じていただければと思います。」と語り「私たちは神社とお参りするみなさんの仲立ちの役割だと思っています。」と続けました。
大原野神社の鹿の縁起物
令和六年に迎える「御鎮座千二百二十年」の大きな看板には、可愛い鹿のマスコットキャラクターが描かれています。千二百年の歴史の重さと品位を保ちながらも、今後に継承するためにいろいろと考え、取り組んでいるのだなと感じました。「新年に始まり一年間、ゆっくりした時が流れていると感じます」という杉原さんの言葉が印象的でした。
源氏物語ゆかりの神社でもあり、秋の初めには藤袴の花が咲きそろう優雅な雰囲気の大原野神社ですが、伝統行事に「奉納相撲」があります。そう言えば以前、大原野小学校には、子ども相撲に参加する練習のための土俵もあると聞いたことを思い出しました。「京の春日さん」と親しく呼ばれる地元の神社としての姿も垣間見られます。紅葉の時期も、さほど混みあうことはとないそうで「ゆっくり静かにに楽しんでいただけると思います」ということです。次に訪れる時には、大原野はもう冬の初めの趣かと思いながら石段を下りました。

近郊農業の健在が景観も豊かにしてくれる

大原野のかかし
刈り入れの終わった田んぼですが、大原野のかかしは交通安全のたすきをかけて年中立ってくれているようです。西に傾いた日差しを受ける田んぼに郷愁を誘われます。
大原野地域は「市街化調整区域」に指定されているため開発に歯止めがかかっています。開発と保全は、各地に共通する課題だと思いますが、農業が継続されていることが地域の環境や景観に大きな役割を果たしていると感じます。
大原野では毎週マルシェが開かれ、地元の野菜を買うことができます。道を歩いていると「無農薬で育てました」「不揃いですが甘くておいしい柿です」など思い思いのメッセージを添えた「軒先直売所」があります。重いから帰りに買おうと思っても、その時にはほとんど売り切れ状態のところが多く、人気は根強いようです。
また近郊農業という要素が地域の大きな魅力と今後の展望にもなっているのだろうと感じました。次はみずみずしい冬野菜が直売所に並ぶ頃にまた訪れたいと思います。

 

大原野神社
京都市西京区大原野南春日町1152