「新そば」ののぼりを見かけるようになりそろそろ新そばの季節がやって来ました。晴天が続いたある日、思い立って亀岡市の西南端のそばの名所、犬甘野(いぬかんの)へ行って来ました。標高400メートル近い山間地にあり、きれいな空気と水に恵まれ、昼夜の寒暖差が大きいという農業に最適な条件を備え、もともとおいしいお米が作られて来た地域です。転作作物として、そばの栽培に取り組み、自家栽培、自家製粉のそばは今「犬甘野そば」の看板をかかげ、多くのそば好きが繰り返し足を運ぶそば処となっています。運営の主体は、地域ぐるみで豊かな自然環境と農業の継続に取り組んできた「犬甘野営農組合」です。一面に咲く白いそばの花と黄金色の稲は、犬甘野を象徴する秋の風景です。香り高いそばには「ここで暮らす」人々の30年近い年月の活動が土壌となっています。
開店早々から、あふれる活気
JR亀岡駅前から出発し、京都先端科学大学前で小型の「ふるさとバス」に乗り換え、木々が生い茂るつづら折りの険しい道を進みます。途中バス停でなくても自由に乗り降りできる「フリー乗降区間」も設定されていて、その旨の車内アナウンスがありました。地域を持続可能にするためには、こういった配慮や工夫は大切です。30分足らずで目的地「風土館 季楽(ふうどかんきら)」へ到着です。
秋というには強い日差しを受け、野菜の直売所とそこにつながる飲食スペースに、よしずが優しい影をつくっています。平日の週始めにもかかわらず、地元産の新鮮な季節の野菜や名物のそばを楽しみにして、次々とお客さんが訪れています。
犬甘野地域は、亀岡市街から10㎞、大阪府能勢町や高槻市、兵庫県池田市からは20~25㎞という距離にあり、丹波と北摂地域の境界にあたります。その立地から、京都よりも大阪、兵庫からの来店が多いそうです。
代表的な京の伝統野菜の万願寺とうがらし、加茂なす、九条ねぎをはじめ、生産者の名前が記されたラベルが付いた多くのつやつやの野菜が並んでいます。銀寄せと呼ばれる大粒の丹波栗やぶどうなど、季節の味覚もあり「わざわざ買いに来る価値のある直売所。いつも楽しみです」という声に納得します。自家製の切り干し大根やローリエなど加工品もあり、いろいろと工夫され、一生懸命直売所を盛り上げています。
犬甘野で収穫されるお米は豊かな自然のなかで、たい肥を使った土作りを行い、化学肥料や農薬の使用を極力減らした安全でおいいしいお米です。「京都府エコファーマー」の認証も受けています。10月1日から新米の発売となりましたが、毎年大好評で「本当においしいから米はここで買うことに決めている」と10㎏袋を抱えて話す人もありました。隣接の精米所も休みなく動いています。そばはもちろん、お米は、豊かなむらづくりに励んできた犬甘野の象徴です。
新しいものを生み出す工夫や努力
そば好きの人のあいだでも定評のある犬甘野そばの一番人気は、そば粉8割に亀岡産の山芋をつなぎにした二八の手打ちです。早々に売り切れになることもあるそうです。風土館 季楽は開設から27年を迎え、これまでの積み重ねの上に研究と工夫を重ね、経営努力を続けています。そばのメニューも、きつね、山かけ、月見、おろしなどの定番のほか、そばそのものの香りや風味を、ていねいにとった出汁で味わえる「そばがき」もあります。
犬甘野米のおにぎりや、お餅は、そばに足して、しっかりおなかを満たしたい人にもうれしいメニューです。ぜんざいやあん餅の小豆もすべて季楽で炊いています。日曜日限定の、山菜ごはんや草餅は待つ人多しの人気ぶりです。
季楽でのゆっくりした時を過ごしてもらいたいと力を入れる一方、そばは亀岡市の特産品として出荷を喜ばれていることから、季楽で販売のほか量販店へも出荷しています。「そばパスタ」は打ったそばの端を活用した商品で、ごみを出さず、そばのまるごと活用です。ドレッシングでサラダ風に、また和え物にもよいとスタッフの方に教えてもらいました。
壁には、そば打ち体験をした地元の小学生から寄せられたメッセージを貼ってあります。「自分で作ったそばはおいしかった」「これからも、そばをたくさん作って人気者になってください」など、顔がほころぶ素直な感想が書かれています。窓に面したカウンター席は、目の前に広がる景色を眺めながら食事ができます。
きびきびと立ち働く女性スタッフの、細やかな情のある接客も気持ちよく、それも季楽の雰囲気の重要な要素になっています。一人一人が、自ら考えながら楽しく働く季楽の雰囲気に、心地よい時間を過ごすことができます。「コロナ以前に驚くほど人が来ていたわけでもないし、また、コロナになっても来店数や売り上げは以前とさほど変わっていません」という言葉にも季楽の強みを感じました。
循環型農業で地域の将来に希望を
「楽しみながら農地活用」「美しいふる里 みんなのおもい」と書かれた看板が周囲の景色に溶けこんで立っています。ふしぎと説得力を感じます。この二つの言葉は、机上のことではなく、まさに犬甘野営農組合がこれまで築き、今も取り組んでいるテーマです。
元組合長の和崎邦夫さんに6年ぶりにお会いしました。変わらぬ意欲で「来年2月で80歳になるけれど、米や野菜を作っていれば健康でいられる」といたって元気な「生涯現役」農家さんです。昨今の異常気象で、去年こうだったからという経験則ではだめで、毎年考えながら農業を続けないといけない状況だと話されました。
昭和50年代後半に入ると、農業に従事する人が減り、農業を中心とする犬甘野でも地域の崩壊が懸念されました。そのようななかで、みんなで地域の自然環境と農業を守ろうという機運が高まりました。そこで3つの集落が一緒になって営農組合として組織化し後に法人として設立しました。
稲からの転作として始めたそばの栽培や製粉、製麺技術も努力して習得し、研究を重ねました。このようにしっかりした土台があったことで、そばや地元の味の提供、加工品製造、販売への思い切った展開ができたのでした。そばの花が咲き、稲穂が揺れる景観は、収益をもたらすとともに、ふるさとの資産となっています。
和崎さんは「30年前からCo2を出さない農法にいち早く取り組んできた」と犬甘野の先見性を力強く語りました。エコファーマー認定項目の一つ、たい肥を入れた土つくりには、近くの和牛肥育場の牛糞を利用しています。循環型農業の実践は地元の他企業と共同して安全で地球に負荷をかけない農業を継続することにつながっています。
肥育場では、現在約70頭の黒牛がいます。一頭につき1回に5㎏の餌が必要であり、朝6時と午後3時の2回餌やりをするので、10㎏が必要になります。牛舎の清掃もあり休む間もない仕事です。「ことみ」「ひさこ」など一頭一頭に名前が付けられていて、餌を食べる合間にこちらに顔を向けるなど愛嬌も感じます。2年間育てると聞き「情がわきませんか」と聞くと「やっぱり情がわくねえ」という答えでした。そのつらさも含めて、本当に大変な仕事であることが深く実感されました。
持続可能な社会と口にするけれど、食料を生産し、そこに住み暮らすことで地域の自然や文化を守る人たちの尊さ、そのおかげで今があるということを強く感じました。少子高齢化や空き家問題などは、全国各地が抱える課題です。それにどう向かっていくのか。犬甘野の「楽しく農地活用」のスローガンが後押ししてくれているように感じました。
犬甘野風土館 季楽(いぬかんの ふうどかん きら)
亀岡市西別院町犬甘野樋ノ口1-2
営業時間 10:00~16:00
定休日 木曜日