人と産地と 一杯のコーヒー

京都は喫茶店の多いまちです。昭和の老舗喫茶店が健在な一方で今、20~30代の経営者によるコーヒー専門店も注目され、京都の喫茶店文化に新しい風が吹いています。今年7月2日、京都駅に隣接するキャンパスプラザ京都1階に店舗をオープンした「コヨーテ」は、中米のエルサルバドルの生産者から直接コーヒー豆を買い付け、コーヒーが育った土地や、農園で働く人々の姿や思いも一緒に届け、双方の未来へとつなげるコーヒーブランドです。エルサルバドルのコーヒー農園で、一緒に仕事をして信頼関係を築き、生産者と消費者の間に立つ存在でありたいと、この事業を立ち上げた、バイヤーでもある門川雄輔さんも現在29歳です。

意志を込めた「コヨーテ」の名

コーヒーチェリー
コーヒーチェリー

もともとコーヒー好きだった門川さんでしたが、大学生の時にバックパッカーとして中南米を旅するなかで、コーヒー農園で収穫を手伝う機会がありました。そこで、豆はチェリーと呼ばれるさくらんぼのような美しい赤い実であること、収穫は想像以上に重労働であり、コーヒー栽培には多くの人の手がかかっていることを知りました。この時「農作物」としてのコーヒーを実感した体験がその後の「コーヒーを仕事にする」選択のみなもとになりました。コーヒーの魅力をより深く感じるようになり、卒業後はコーヒー製造会社へ就職しました。JCTC(ジャパン・カップテイスターズ・チャンピオンシップ)という、コーヒーの専門家がしのぎを削る「カッピング」の競技大会で決勝に進むほど、技術や知識を深めました。しかし、門川さんが描いていた、コーヒーそのものや、生産者とつながる仕事に直接関わる部署の担当にはならず、悶々とした思いを抱いていたそうです。
COYOTE外観
その時、JICA(ジャイカ)青年海外協力隊の「エルサルバドルでのコーヒー農園支援」の募集を知り、コーヒーの生産について現地で学ぼうと決心し、退職した後2018年に、エルサルバドルへと飛び立ち、農園でマーケティングの仕事をし、経験を積みました。「農作物であるコーヒーは、天候など様々な要因で、毎年まったく同じように品質の良いものを生産することは不可能です。それでも生産者は、良いコーヒーを作るために努力を惜しまず励んでいます。その年の品質だけで判断するのではなく、長期にわたって努力している、信頼できる生産者のコーヒーを買い付けています」と、門川さんはコヨーテの生産者との関係の明確な指針を語ってくれました。
ちなみに「コヨーテ」とは、コーヒー売買の中間業者(搾取する)のことなのだそうです。新規事業に、皮肉な攻めた言い回しとして、名付けたところにも並々ならぬ思いが受け取れます。
一杯のコーヒーに、どれだけ豊かな自然と人の営みがあるかを知り、そこをイメージして味わえば、コーヒーとの関係も、もっと楽しくなると感じました。

内装はワークショップの「共同作品」

カッピング
開店前の重要な仕事が、コーヒーの風味や香り、焙煎の適切さなどを確かめる「カッピング」です。ワインのテイスティングとよく似ています。集中した厳しい空気がこちらにも伝わって来ます。いくつも並んだカップを前に「この香りはいいね」「ローストはどう」などやり取りをして「これで良し」となると、お店で提供するコーヒーになります。
コヨーテでは、生産から流通まできちんと管理され、独自の風味を持つ「スペシャルティコーヒー」と、農園や生産者、品種など細かく分類された単一のコーヒー「シングルオリジン」を扱っています。運ばれてきたコーヒーには、産地の物語、そのコーヒーの個性について記された心のこもったカードが添えられています。シングルオリジンには生産者の直筆サインが入り特徴が、深く豊かな言葉でつづられています。
この日、門川さんが選んでくれたコーヒーには、生産者アントニオさんのサインのあるカードが添えられ「オレンジの花のような爽やかさ、グァバのようなフレッシュな酸と軽やかな甘みが印象的」と記されていました。
COYOTEのコーヒーコヨーテのシングルブレンド
オスカルさんのコーヒーのカードには門川さんとのやり取りが綴られています。オスカルさんは、門川さんをカディート(スペイン語で子猫の意味)と呼び、元気かいと笑顔で迎えています。親しい間柄がわかります。人柄とエルサルバドルの農園を想像しながら飲むコーヒーは、それはもう最高のおいしさです。
コーヒーもワインのように、時間によって味の変化を楽しむことができることを知りました。本当によいコーヒーは、冷めると飲みこんだ後に、脂肪分のとろっとした感じを味わえるのです。コーヒーには、まだまだ新な発見と魅力が尽きません。
COYOTEの店内コヨーテの寄木テーブル
ゆっくりした気分に沿ってくれるような内装もとても良い雰囲気です。これは工務店さんが取りまとめ役になり、20名ほどで取り組んだワークショップの内装と聞き、それも新鮮な驚きでした。キャンパスプラザの一画である場の性格を生かした、つくり過ぎないけれどきちんと仕事がされていて、みんなで楽しく作業した空気感があらわれています。寄木細工のような味のあるテーブルもワークショップの作品です。

COYOTEの藍染ののれん
コーヒーチェリーを咥えた、まさに「コヨーテ」なのれんです。

多治見焼のドリッパー
入り口の印象的な藍染ののれんは、スタッフさんが型もつくり、染めまでやったと聞き、驚きの連続です。「ものをつくることがすきなので、楽しくやりました。ここは西日がきついので、藍の色がいい具合に落ちついてきました」と話してくれました。
くち当たりが良く、手に収まりやすいカップは福井県の窯のもの、ドリッパーは多治見焼と聞きました。エルサルバドルのコーヒーに、日本のものづくり産地の手仕事も参加して、空間をかたちづくる要素になっています。人も内装もモノも「寄り合う」おもしろさにあふれています。

京都とコーヒーの新しい発信の場

コヨーテのカフェラテ
朝のカッピングが終わり、開店時刻になりました。緊張感のある雰囲気だったみんなの顔がぱっと笑顔になりました。常連のお客さんのようです。「おはようございます」のあいさつを交わし、香り高い一杯のコーヒーで一日が始まれば「今日もいい日になりそう」と思えることでしょう。スタッフのみなさんの楽しく働いている様子が生き生きとして明るい店内の雰囲気をつくっています。
またコヨーテはヴィーガンに対応しています。ヴィーガンは肉、魚のほか卵。乳製品、はちみつなど動物性由来の食材を使わない食生活です。コヨーテには仲間が作る焼き菓子も置いてありますが、完全に植物由来の原材料で作られています。カフェラテも牛乳を使わず、オーツミルクを使用しています。それぞれを味わってみて、バターや卵を使ってなくてもコクがあり、ほのかでありながら甘みもしっかりあり、本当においしいと感じました。
ヴィーガンについて「特別なもの」と思っている人が大多数だと思います。しかし実際に食べて飲んでみて「ヴィーガンは、だれにとっても体によく、作物本来の滋味を味わえるもの」と実感しました。ヴィーガンやアレルギーのある人も、だれもが安心してコーヒーやお菓子を楽しめるお店として、この点でもコヨーテが牽引していくのではないかと感じました。

門川さんは「コーヒーは職人気質の気難しい世界と思われていますが、まずは居心地のいい空間だな、コーヒーがおいしいなと思ってもらい、そこから段々深くコーヒーの話になった時、おっ、けっこうよく知ってるやんとなる。そして一杯のコーヒーから生まれる、どこでできた豆だろうという思いにつながっていけばうれしいなと思います」と語りました。
他府県からのコーヒー好きのお客さんも多く、門川さんやスタッフがすきな喫茶店やごはん屋さんを紹介することもあるそうです。場所は京都駅に隣接する京都の玄関口です。コヨーテが思う京都、コーヒーの物語についての発信を多くの人が受け止めていくことでしょう。そんな新しい京都の入り口になってほしいと願っています。そして門川さんが描く「エルサルバドルのコーヒーをもっと、もっとたくさん買いたい」という構想も、実現にむかって進んでいくと感じました。

 

COYOTE the ordinary shop
京都市下京区東塩小路町939 キャンパスプラザ京都1階
営業時間 7:00〜19:00
定休日 毎週月曜日(祝日の場合は営業)