天井から太い電気のコードが何本も下がり、おじさんが、いかにも重そうなアイロンを巧みに動かしているクリーニング屋さん。以前はごく普通に見られた光景でしたが、今は取次のみの店舗がほとんどです。クリーニング店を利用する人や機会が減少していることは確かですが、そのなかでも「ここへ出したら心配ない」と、お客さんの信頼を得て長いお付き合いを続けているお店もあります。右京区にある「太清クリーニング」もそんな、頼れる「まちのクリーニング屋さん」です。手を休めることなく忙しく作業されているなか、代表の瀬戸達生さん、恵子さんに話をお聞きしました。
様々な機械や道具が並び製造現場のよう
普通は見せてもらうことはまずない、クリーニング屋さんの中へ入らせていただきました。
洗いが終わったシャツが何枚もハンガーにかけられ、工場や病院のユニフォームに交じって七五三に着たのか、かわいい晴れ着がひときわ目を引きます。「衣」というものは、節目となる晴れの日、そして毎日の仕事の場にかかわっていることを物語っています。
衣類の種類や工程によって使い分ける機械や道具が並んでいます。アイロンのほかに、肩や衿を立体的に仕上げるアイロン台の馬、袖、ズボンやシーツなどそれぞれ専用のスチーム、奥にはドライ用、水洗い用の大きな洗濯機と乾燥機が据えられています。
瀬戸さん夫妻と昨年からお手伝いいただいている方と三人がそれぞれの工程で、きびきびと仕事を進めています。さながら製造業の現場のようです。「そこさわったら、やけどするし気ぃつけてや」という瀬戸さんの声にそばを見ると、袖の仕上げに使う横に長い器具から高温の蒸気が噴き出していました。このほかにも、ドライクリーニング用の石油系溶剤や、しみ抜きなどあと処理に使う揮発性の高い薬品など、取り扱いに注意が必要なものがあります。きれいに仕上げるだけではなく、仕事中のけがや事故を防ぐためにも細心の注意と機械の正確な操作が重要です。
それにしても、預かってから仕上がるまでに、驚くほどたくさんの細かい仕事があります。ポケットの中やボタン、ほつれ、シミの有無などのチェックに始まり、素材や種類などによって、ドライ、水洗い、手洗いなどに分け、洗い、アイロンがけ、仕上げ、出来上がりはたたみかハンガー掛けなのかのほか、お客さんの要望があればそれも加味して仕上げます。
一日にワイシャツなら50枚から多い時は70〜80枚、それにスーツなどが加わります。重いアイロンを使って仕上げることも、強烈なスチームの出る機械を使っての仕事は、夏にはさぞつらい重労働だと思います。しかし雰囲気はなごやかで明るく、阿吽の呼吸でスムーズに仕事が進んでいきます。一着、一着ていねいに扱う様子を見ても、お客さんを大切にする個人店ならではの行き届いた仕事を感じます。
住込みの修行を3年半
太清クリーニングは、瀬戸さんのお父さんが昭和41年に開業しました。瀬戸さんは高校を卒業する時にお父さんから「東京のクリーニング専門学校へ行くか、福知山で住込みで修業するか」を選択するように言われ、住込みを選びました。「まだ18歳の遊びたい盛りに東京へなんて行ったら、勉強そっちのけになるやろなあ」と思ったからです。
修業時代はつらいこと、大変なこともあったけれど、がんばったその3年半があったからこそ、その後に帰って来てお父さんと一緒に仕事ができたのだと語りました。
新しい機械の展示会には必ず行って情報を吸収し、新規のお客さんを増やすために営業も徹底し、一軒、一軒回りました。「最初はけんもほろろで、話しもさせてもらえなかったけれど、3回めには会ってくれてお客さんになってくれた。あの頃は営業もクリーニングについての勉強も本当にがんばった」と当時をふり返ります。信用してもらうまでは大変だけれど、一度お客さんになると、他のクリーニング店を使うということはなく、その頃のお客さんは、そのまま続いているそうです。
展示会には必ず足を運び確かな情報を得て「いいと思う機械はすべて入れた」という時代を読んだ積極的な設備投資が、功を奏して家族経営のクリーニング店を支えています。太清クリーニングでは、集荷・配達も行っていますが、タブレット端末を導入して出先でも処理を可能にして、預かり品を一括管理できるシステムになっています。取り入れるものは取り入れ、技術革新や省力化をすすめたことが、個人店の良さを生かす経営につながっています。
家族で経営していてすごい
近くの小学校の2年生が職場見学で訪れ、その感想文が壁に貼ってあります。恵子さんは「子どもたちはまっ白な素直な状態でものを見るので、時々はっとさせられることがあります。感想を聞いて、初心を大切にして毎日の仕事をていねいにしようと思いました」と話してくれました。
「お父さんの背広はこうやって洗ってもらっているということがわかった。クリーニングをするのに、こんなに時間がかかって大変だなと思った」そして「かぞくぜんいんで、しごとをしていてすごいとおもった」と感想が綴られていました。
作業の合間にお客さんがやって来ます。みなさん長いお付き合いで恵子さんと親しくやり取りしています。「お父さんが定年退職してスーツやワイシャツを着ることは減ったけど、ずっとここへお願いしています。親切やし、きれいにしてくれるから」という、お客さんの言葉です。
高い技術力のある太清クリーニングでは衣類以外にも「洗えるものは洗います」と依頼に対応しています。取材時には紳士用の夏の帽子がありました。これからも使いたいという持ち主の愛着が感じられます。
ファストファッションの台頭や昨年からのコロナの影響で、仕事や授業がリモートになり、行楽や食事なども含め外へ出かける機会が極端に少なくなりました。衣料品の不振やクリーニング店への打撃も大きかったと思います。しかし瀬戸さんは、ファストファッションの衣類であっても、これは長く着たいと思えば出す人は出すと言います。もちろん、影響がないわけではないけれど、まったくクリーニングが必要なくなるとうことではないということです。そして「きれい仕上げた時はすごく気持ちがいい。そしてお客さんが喜んでくれた時は本当にうれしい」と言葉をつなぎました。
わきあいあいと手ぎわよくズボンのプレスをしていた従業員さんは、なんと一年前に入った新メンバーで、長年のお客さんと聞きこれにも驚きました。恵子さんが嫁いで来た時より前からのお客さんで「家族同然」なのだそうです。心強く欠かせない一員となっています。小学生の感想に「かぞくぜんいんで、しごとをしていてすごいとおもいました」と書いてありました。家族で生業を続ける太清クリーニングのようなお店の存在が、人が暮らす京都のまち証しであると改めて感じました。
太清クリーニング(たいせいクリーニング)
京都市太秦棚森町6-63
営業時間 8:00~20:00
定休日 日曜日、祝日