鴨川沿いの柳が芽吹き、風にそよいでいます。今年は桜の開花も早く、三月の末には満開という予想が出ています。花の名所がにぎわうのも間近です。京都でもっとも華やかな祇園にある様々なお店も春の装いで、道行く人もうきうきしている様子です。
いち早く季節の訪れを教えてくれる花屋さんは、明るい色にあふれ、華やいだ気配に満ちています。次々とお客さんが訪れるお忙しいなか「ぎおん 花重(はなじゅう)」のご夫妻に話をお聞きしました。
お客様は何でも知っている先生。毎日が勉強。
古くは平安京と奈良を結ぶ道であったと言われる大和大路は、祇園の花街の地元として、専門店や長く営業を続けるお店が並ぶしっとりした雰囲気の通りです。インバウンドからコロナ禍を経て、新しい飲食店やゲストハウス、駐車場にかわるなど大きな変化を経て、そこからまた様相を変えています。
しかし、そのようななかでも変わらずに、しっかり家業を続けるお店も少なからずあり、地元に根を下ろしたそのたたずまいが、通りに落ち着きを与えています。「花重」もそういうお店の一つです。
早咲きの桜、鮮やかな黄色のミモザや可憐な鉢植えが出迎えくれます。花重は「枝もの」が多いことも特長です。店内には黒文字、青文字、山茱萸(さんしゅゆ)まんさくなど、普通はなかなか見ることのない花木が、生い茂るように立っています。目の前に早春の野山が広がっているようです。
お客様には祇園の料理屋、旅館、お茶屋さんが多く、注文も季節感を大切にした和花が多くまります。床の間、玄関、客室と、それぞれの場所と季節、行事、様々な取り合わせを考えて花材を選ぶ、知識と美意識を備えた目利きの方ばかりです。
「いつもお母さん方に教えてもらっています。」と語るご主人に「長年花の仕事をされていても、まだ知らないことがありますか」と聞くと「まだまだ知らないことのほうが多いです。毎日が勉強ですわ」と明るく答えてくれました。
花の知識だけではなく、日本の文化としての理解が必要です。京都を拠点にして奈良や大阪、神戸など近隣へ足を延ばす連泊のお客様に「お部屋の花を毎日替えられています。日本のおもてなしですね」と、言葉をつなぎました。一日の小さな旅を終えてもどって来たら、昨日とはまた趣の違う花が入っていたら、きっと心地よく、自宅でくつろぐような気持ちになれるのではないでしょうか。「お客様に心地よく過ごしてもらう」ことを大切にする旅館とその求めに一生懸命こたえる花店。「もてなす」「もてなし」という言葉の本来の意味を思い出させてくれました。
全国の産地の信頼できる人の手によって届く花
伺った時はお茶花としてもよく使われる多くの種類の椿が集まっていました。
胡蝶侘助(こちょうわびすけ)白玉椿、乙女椿、そして長崎県五島で発見され、幻の椿と言われた玉之浦など、咲き方や色、大きさも様々です。洋花は一年に2~3回咲かせられますが、和花や枝物は一年に一度、その季節だけのものなので仕入れがとても難しいそうです。市場だけでなく、産地の個人を指定して入れる花もあります。その時々のお客様の求めに一番かなう仕入れ先に発注します。早く出荷したい産地に対し、お客さんは「ぴったりの季節、この時にほしい」という思いがあるので、そのタイミングをはかる調整も大事です。それがスムーズに運ぶのも長年の信頼関係が築かれているからこそ可能なことです。ことに最近のように、暑い期間が長く続くとその影響はとても大きく、仕入れに苦労されるそうです。その時に生きるのがやはり、長年培ってきた生産者さんとのネットワークです。
山野草や枝ものは、華やかではありませんが、地味ながら自然界の季節感を運んでくれる存在感があります。うっすら黄緑色の小さなつぼみをつけた枝が目に入り、たずねると「青文字の花です。全部が全部花をつけるわけではないので、育つ条件や切り時がよかったんでしょうね」という答えがかえってきました。こういう言葉にも産地との関係が垣間見られます。
最近の気がかりは、産地で仕事をされる方の高齢化で、若い世代の後継者をつくることが急務となっています。「若い人に継いでもらいたいけれど、じゃあ、あんたやってくれるかと私に言われたら、とてもできませんし、難しいことではあります」と言われました。後継者問題は業種を問わず、全国で大きな課題となっています。自然と向き合いながらの仕事は生やさしいことではないと思いますが、なんとか志ある若い人が見つかればと心から願う気持ちになりました。
手をかけ笑顔で話しかければこたえてくれる
店内は、舞妓さんや芸妓さんのうちわや青竹の花入れなどがはんなりした雰囲気をかもしだしています。花重は市場のセリ人でもあったお祖父さんが並行して開き、すでに創業100年くらいにはなっているそうです。それから現在まで、変わることなくこの場所で花店を営んでいます。
究極の京都が集約されている祇園で、料理屋、旅館、お茶屋さんを相手に100年も営業を続けていることは驚きですが「何年何月に始めたとか、書いてあるものがあるわけでもないし」と軽く言って笑っています。
途中で「福寿草はありませんか」と、高齢の男性がたずねてきました。「ちょっと、うちにはないのです。福寿草は鉢植えなので園芸店のほうがあるかと思います。ただ時期的に少し遅いかもしれませんね。すみませんねえ」と、ご夫婦でとても丁寧な応対をされました。「ここで長く店を続けていくことは、誰に対しても丁寧に花店としての対応をされることなのだ。それはどんな仕事でも同じことなのだ」と、教えられた気持ちでした。
「たくさんの花を盛りこむ洋花に対し、和花は主役に一種を足すだけ、引き算の美です。真逆の感覚ですね。でも花屋ですから、もちろんアレンジメントでも花束でも何でもやりますよ。洋花も扱いますし。これは今日入ってきた忘れな草です」りっぱな胡蝶蘭も並んでいます。お店のお祝い事に胡蝶蘭に代わるランが出て来ないのだそうです。
世相や業界など、奥深い話が続きます。「たとえばお正月飾りの根引の松でも、本来は男松と女松があって大小がついています。その習わし通りにお渡ししてもお店によっては、きちっと左右同じにしてほしいと希望されることもあります。意識も時代につれて変わりますし、押し付けるものでもありませんし。本来の形はしっかり守りながら、柔軟にやっていくことが必要ですね」と話されました。
和花や山野草はマニア的なお客さんが多いので「負けんように勉強せんとあかんのですわ」と、それが苦ではなく、楽しそうに話されました。「前にいただいた桃の花が次々つぼみが開いてまだ咲いています」と伝えると「それはきちんと手をかけてくれてはるからです。ありがとうございます」と本当にうれしそうに返してくれました。そして「毎日、きれいやなと見ているだけでもこたえてくれます」「きれいに咲いてねと毎日声をかけています」とご夫婦で話され、本当に花を大切にする心が伝わってきました。
「同級生でもお商売の家はここに残ってます」そうで、時代の波は押し寄せてもしっかり京都の営みは続いていると確かに感じることができました。
お店には早咲きの桜が数種類が入っていて「啓翁桜(けいおうさくら)」という名も初めて聞きました。鮮やかな色の菊は洋花で「日本の菊は9月からですね。やはり日本のものはその季節だけのものですね」と話されました。花重は、だれでも気軽に入ることができる心やすいお店です。花や自然が身近になり季節を知る楽しみを見つける暮らしが始まります。
ぎおん 花重(はなじゅう)
京都市東山区 大和大路四条下ル博多町64
営業時間 9:00~17:00
定休日 日曜、祝日