はんなり 京都のおひな様

梅は見頃、そろそろ桃や桜の花だよりも聞かれる季節です。
桃の節句をお祝いするおひな様が飾られたお家には、華やいだ雰囲気が漂います。


町家のほの明るい光に、おっとりと気品のあるおひな様や、すべてが小さく愛らしいお道具が浮かび上がっています。女の子のすこやかな成長と幸せを願う、ひな祭りの福を、おすそ分けしていただきました。

ひな段にはこんなお道具も

1月に「京町家の断熱ケアリフォーム」でご紹介させていただいた、京都のまち中に建つ町家にお住まいのお客様は、掛け軸や豪華な打掛も飾り、個人のお宅とは思えない、すばらしい桃の節句のしつらいをされています。


雅な屏風が立てまわされた、段飾りのおひな様が二対並び、素朴な愛らしさの土人形や木目込みの立雛も付き従うように飾られ、ほのぼのとした華やぎと明るさに満ちています。目を引くのは、一番下の段に長持ちやたんすと一緒に飾られた白木の通り庭(お勝手)のミニチュアです。井戸や流し、かまど、ざるやおひつ、すり鉢等々がきちんと納まっているのです。これは、大正期頃から始まった京阪神にのみ見られるものなのだそうです。


雲の上の殿上人のお内裏様に、こんなにも庶民的で、女性の日々の暮らしと結びついた一式を飾ることを、いったい誰が思いついたのか、すてきな発想をした人がいたものです。しかも、折り畳み式になっていて、四角の箱として仕舞うことができ、箱を開けば「お勝手再現」となります。「すぐれもの」などという言葉では足りない、発想の豊かさと技です。職人さんも楽しみながら、心を込めて作ったんかな、などと想像します。
そして、さらなる驚きは、このミニチュアお勝手元の二体のうち一体は、購入されたものをお手本にして、お母様がつくられたということです。実際に見ても、どちらがどちらとも判別しにくい出来ばえです。技術はもちろんのこと「買わずに自分でつくってみよ」と思って事に向かう実行力に敬服します。

豊かさを生む、ていねいな暮らし

ミニチュアお勝手元の製作者であるお母様は、日頃から住まいの町家を一生懸命守って来られました。襖の小さなほころびは、花形にきれいに切り抜いた紙を張って繕い、お庭も手入れされ、今あるものを大切に、とてもていねいに暮らしておられます。

生活様式の変化もあり、季節に合わせてしつらいを変えるお家も少なくなっています。一年に一度、おひな様にお出ましいただくのも大変なお手間入りです。
「そう言えば、最近おひなさん飾ったことないわ」「飾るのも大変やけど、きちんと仕舞うのはその何倍も面倒」という声も聞きます。
それをいとわず、このようにおひな様を飾ることができるのは、普段から毎日をていねいに暮らしておられる、その積み重ねなのだと思います。日々のちょっとしたことを工夫し、楽しむ。その厚みなのだと感じます。
おひな様の一式を、今は娘さんが管理保管されています。様々な思い出とともに、お母様の暮らしぶりも受け継がれたのではないでしょうか。
京都の豊かさ、奥の深さはこうして育まれてきたという思いを深くしました。

西陣のお酢屋さんのおひな様


茶道の両千家に近く、昔から名水の地として知られる西陣の一角に、京都市の歴史的意匠建造物に指定されている、糸屋格子が美しい町家があります。創業百八十余年、昔からの製法を守る「林孝太郎造酢」です。代々伝わる貴重なおひな様を毎年期間限定で公開されています。


ひときわ気品高く、典雅な雰囲気をまとわれた一対のおひな様には、一緒に収められていた古い伝来書により、江戸末期に在位された孝明天王から林家が賜ったものであることがわかったそうです。また、代々の当主が茶の湯をたしなみ、趣味人であったことから古いお人形を蒐集されて市松人形や、大変珍しい琴を弾く江戸時代のお人形なども一緒に展示されています。保存状態も大変よく、縁あって林家にある時代を経たお人形を多くの方に見てもらえたらと、公開されています。(今年は4月3日火曜日まで)

孝明天皇から賜ったおひな様は「引き目鉤鼻」その通りのお顔をされていて、展示されている大正、昭和のおひな様とも違います。現代はまつ毛が長く、目も大きくぱっちり。時代とともに変わる様子がわかります。
現当主七代目の林孝樹さんは「この伝統的な建物や古いものを残し、伝えていくことも京都の文化であり、大切なことと考えています」と言われました。旧家の奥深く仕舞われていた由緒あるおひな様と巡り合うことができるのも京都に住む幸せです。
建都も、住まいを通して、京都の文化をつないでいくお手伝いをさせて頂けるよう、がんばってまいります。

 

(有)林孝太郎造酢
京都市上京区新町通寺之内上ル東入道正町455
営業時間 9:00〜17:00
休業日 第2、第4土曜日・日曜祝祭日