クリスマスの華やかな色があふれる繁華街をよそに、古美術、墨、お茶、洋菓子などのお店やギャラリーや書店が並ぶ寺町二条界隈は、いつもと変わらない静かな雰囲気です。文化芸術系の店舗に交じり、暮らしを感じる鮮魚店や青果店が軒を並べています。目を引く、町並みに調和した木造の白い洋風建築は、明治40年、御所近くのこの地に開業した洋菓子の草分け「村上開新堂」です。ドアを開けてみましょう。
村上開新堂のお菓子の系譜
村上家は代々宮中に奉仕し、遷都の際には東京へ移り、引き続き御用を務めました。京都村上開新堂初代となる清太郎氏は、伯父にあたる、東京村上開新堂の初代、村上光安氏に洋菓子の製造を習い、明治40年に現の地に開業しました。
その後、各種博覧会の審査員に推され、東京大正博覧会では金杯を受賞。大正から昭和期には、現在の大丸松坂屋の食堂の喫茶部門を任され、各種学校や自治会からの注文も多く、地元に支持され、名実ともに第一級の西洋菓子舗となりました。バターやミルクの味や香りに初めて出会った当時の人々は、その話題に花を咲かせたことでしょう。
大正時代には、初代によって、紀州のみかんを使ったゼリー「好事福蘆(こうずぶくろ)」が完成しました。今も当時と同じ味わいと意匠が受け継がれる代表銘菓となりました。こうして、村上開新堂のお菓子は広く知られるようになりましたが、昭和15年頃には、砂糖が配給制となり、約10年間休業を余儀なくされました。しかし昭和26年に再開を果たし、ロシアケーキや缶入りクッキーなどの焼菓子が製造されるようになりました。
村上開新堂のお菓子は、素材の良さと、ていねいなつくり方がそのまま伝わる、てらいのないシンプルな美味しさです。好事福蘆は「ふたにも果肉が残っていますから、搾って召し上がってください」とお店で教えられたとおり、ゼリーに搾ると、たっぷりの果汁に、たちまち香りが立ちあがってきました。11月から3月までの限られた季節の味です。
ロシアケーキは、はじめサクッとしてほろっとする、独特の食感です。赤いチェリーや橙色のあんずジャムが乗った形も楽しくなります。今では製造している所は全国でも数店しかないそうです。焼菓子は均一的ではなく、それぞれの個性が感じられます。「素朴で懐かしい」という言葉では言い尽くせない深い味わいに、老舗の味を感じました。
文化歴史博物館さながらの店内
焼菓子4種類と、ロシアケーキをお願いしました。箱詰めや包装ができるまでに少し間があり、店内を見させていただきました。漆喰の壁、高い天井、木製の棚、照明具もとても凝ったつくりです。古いガラス、モザイクのようなタイルも今では製造されていないものです。「開新堂」の扁額は、明治の三筆と言われた「日下部鳴鶴(くさかべめいかく)」の揮ごうとのこと。元彦根藩士で、大久保利通に使えたこともある書道家なのだそうです。店内にはこんな歴史の素材も見つけることができます。
天井には、今ではすっかり見ることもなくなった気がする、箱にかける紙ひものロールがつられています。従業員さんの包装紙で包んだり紐をかけてゆるみなく結ぶ様子に見入ってしまいます。今の暮らしのなかで「待つ」ことができなくなっていると感じます。
しかしここでは、待つことができるというより「待つことを楽しめる」のです。90年たった建物は、衰えも感じさせず、日々愛おしんで手入れされているのだなと感じました。
お菓子の箱は、銀ねず色にエジプト文様の包装紙に、ぶどう色の紐が良く映えて、きりっと結ばれています。そして包装を取ると、なんと掛け紙に幅広の真っ赤なリボンが結ばれていました。これを、お使いものにしたらどんなに喜ばれることか。今の暮らしのなかでは、贈答、お使いものという言葉も行為も少なくなっていますが、村上開新堂のお菓子とその包みは儀礼だけではない、相手を思いやる自分自身の心のゆとりが持てる贈物があるということを教えてくれた気がしました。
「村上開新堂らしさ」ということ
四代目の村上彰一さんは「昭和初期の建物の中で、お菓子を味わいながらゆっくりしてもらいたい」と、店舗の奥の和室をカフェとしてリノベーションしました。
店舗からカフェへの通路は茶室の路地のような趣きです。カフェは個性の異なる三つのスペースからなっています。正面に坪庭の見える広いスペース、壁に黒谷の和紙を張った、照明の陰影が美しい二人用茶室を改装したクラシックな雰囲気の三つです。内部は、鶴の透かし彫りが施された床の間の羽目板や、竹を瓢箪の形に細工した欄間など、職人の技とセンスがあちこちに見られます。
濡れ縁と庭が見える場所は、季節の移ろいを感じることができます。そして濡れ縁へ出ると店舗と隣り合っている工房でお菓子を焼く、甘い香りが漂ってきて幸せな気持ちになれます。だれも考えたことのない錫のカウンター、北欧の家具や入口の李朝のタンスも違和感なく心地よく調和しています。
彰一さんはまた、お店としては35年ぶりとなる新商品をつくりました。クリームのようになめらかでコクのあり手みやげにもなる、その名も「寺町バニラプリン」と、アーモンドの香りが豊かなマドレーヌ、苦みのある塩キャラメルが味を引きしめるダックワーズです。「これまでの味をしっかり守っていきたいと思います。ただ変えないというのは何もしないということではありません。新しいことも必要です。トレンドに流されずに、しかも若い世代へのアプローチできることが必要です。新しいことのかたちがカフェでありプリンなどの新商品です」と語ります。
そして村上開新堂らしさとは、シンプルであきのこないお菓子、そしてこの場所のこの建物で営業を続けるということまで含めてのことです。その意味で、カフェの開設やプリンなど新商品の開発は、まさに村上開新堂らしい新しい一歩です」という明快な言葉に、四代目の矜持と、流されない芯の通った自信が伺えました。
取材の時、60代と思しき男性のお客様がカフェにみえ「子どもの頃から、ここのロシアケーキをよう食べてました」と、思い出につながるお菓子に久しぶりに出会えて懐かしそうでした。四代目、彰一さんが語った「この場所に、この建物が存在していること」の大きさと深い意味を感じた取材でした。
建都も地域に根付く企業として、これからも京都のまちとと営みが継承されるために、力を尽くしてまいります。
村上開新堂
京都市中京区寺町二条上ル東側
営業時間 10:00~18:00
定休日 日曜、祝日 第3月曜