京都のまちなかの細い通りに、様々な緑にあふれ、個性的でありながら自然な感じの花屋さんがあります。よい風合いに錆びたプレートにペンキで記された「noix」とは、フランス語で木の実、くるみのことです。店主が学び、今の仕事の礎となった、フランスアルザス地方の風土のすばらしさへの敬意と思いが込められ、かけがえのない体験につながる名前です。
京都の町並みにしっくりなじみながら、外国の町角のような雰囲気も漂わせるノアの魅力と、京都の生業のしなやかな強さを、花屋四代目、丸山沙記さんの言葉を借りてお伝えします。
花屋の実家を自らリノベーション
上長者町(かみちょうじゃまち)猪熊東入る(いのくまひがしいる)。歴史のある、いかめしい名の町内にノアはあります。丸山さんが生まれ育った実家を店舗兼住まいにしている、まさに職住一体の花屋さんです。
高校の園芸コースへ進み、専門的に学んだことを生かし、鉢植えや草花について、お客様に適切なアドバイスができます。店内にも外にも大胆に緑が配され、高い天井や窓の取り方など、ここが町家であるとは思えないモダンかつ古き良き時代の趣きもある空間となっています。
3年前、烏丸にあった店舗を移転し戻って来た時に、思い切ったリノベーションをしました。構造的な大きなところは、工務店さんにお願いしましたが、もともとインテリアが好きだったこともあり「できることは自分でやろう」と壁や天井のペンキ塗りや表の花壇は、自ら手掛けました。花壇つくりに孤軍奮闘していたところ、工務店の職人さんが見かねたのか「やったるわ」と、助けてくれたそうです。
丸山さんは、華奢でやさしい雰囲気のなかに、強い思いやパワーを秘めた方とお見受けしました。それがお店の空間やディスプレイに表れ、訪れる人を「また来てみたいな。次はどんなものがあるのかな」という気持ちを抱かせるのだと思います。
お客様の好みもその時々で変わり、今はグリーン多めの草花系や、ドライフラワーにできるものを相談されることが多いそうです。花束やアレンジなど「自然ぽく」というのは一番難しいとという言葉も理解できる気がしました。また、花は実際の季節を先取りして店頭に並びます。「来る季節を待つ」という、日本人の感性である季節の楽しみ方について「季節ものはテンションが上がりますね」と語りました。
花の種類の多さや微妙な色合い、それぞれの花に合った水揚げの仕方など、日本は栽培農家のみなさんがとても頑張っていてくれると、敬意を持って話されました。
また花屋も同業者同士、仲が良く、1店舗ではロットが多くて無理な花は、ほしい店で分け合うなど、協力し合っているそうです。以前は「競争相手」とみなしていた間柄だったそうですが、若い世代の人たちが参入することで、今は良い方向に変化し、発展しているのだと感じました。
フランス アルザス地方で培われたデザイン
丸山さんは、フランスのアルザス地方の花屋さんで働き学んだ経験があります。クリスマスツリー発祥の地と言われるストラスブールに近い村で、秋から冬の数か月を過ごしたのです。パリよりドイツやスイスのほうが近いという、日本人は一人もいない村で「日本人がいる」と、噂になったくらい日本とは遠い地です。よくぞその地へ一人で行ったと、その行動力に感嘆します。
クリスマスイブまでの約4週間を「アドベント」と言い、家々にはリースやオーナメントを飾り、ろうそくを灯し、この時だけのお菓子を食べたりして楽しく過ごすのだそうです。一年のうちで一番にぎやかで楽しい時のようです。この期間の花屋さんの店内は、それぞれドライフラワーや木の枝や実を使った手づくりのリースや吊り提げ型のスワッグや様々な飾りでいっぱいになるのだそうです。
息が白い寒いアルザスの冬、色とりどりのリースやオーナメント、ろうそくの灯はどんなに美しいでしょう。この時はまだ日本では、スワッグはもちろん、リースも一般的には知られていませんでした。丸山さんは伝統的なクリスマスリースやオーナメントの作り方など多くを学んだのでした。
「言葉のこともあるし、よく一人で行れましたね」という問いには「フランス語は1年くらい勉強しましたが、片言で話しているうちに段々お互いのことを知って通じるようになるのです」また「なだらかな丘が続いて、そこに羊の群れがいたり、かわいい家の集落があって、また丘があってという風景で、移動する時でもいつでも飽きるということはなかったですね」と語りました。
そしてノアの店名については「部屋を借りていた家に大きなくるみの木があったのです」と、目を輝かせて教えてくれました。独立してつくったお店の名前に本当にふさわしく、源なのだと感じました。
朝8時開店。お仏花もギフトも配達もあり
ノアは、定休日の木曜と月曜、金曜を除いては毎朝8時に開店します。朝早く開けるのは、ご近所のおなじみのお客様がお供え用の花を買いにみえるからです。こんなに早いのは大変と思いますが、丸山さんは「家と店が一緒なので、朝ごはん食べててもお客さんがあれば、すぐ出ていけますから、特別にどうと言うことはないのです」と、実にあっさりと答えが返り「住まいと店が一緒というのは便利です。私が配達や仕入れでいない時は、アレンジなどは無理ですが、それ以外のことなら家族が対応できますし、夜の配達にも行けます」と続けました。
ノアのインテリアは、全体に経年変化の味わい、あたたかみのようなものが感じらます。実際に古いラジオ、ミシン、頑丈な金庫などがディスプレイされて、いい雰囲気をつくっています。ラジオはおじいさんが使っていたもの、ミシンと金庫はご近所の方からの頂き物です。高齢のご近所の方が金庫を見て「こういうふうに使こうてるの」と感心されたそうです。その情景を思い浮かべると微笑ましくなります。
アンティーク風の植木缶は、「家族にも手伝ってもらいました」という、ペンキを塗りコラージュを施したオリジナルです。好きな缶を選んで好きな植物を植えて楽しむ人も多いそうです。また「一輪挿しに飾りたいので、1本だけでもいいですか」という方も増えているそうです。このような楽しみ方や、フランスのように、手みやげやちょっとしたプレゼントに気軽に花を贈ることが多くなればと思います。
丸山さんがインスタグラムにあげたアレンジメントなどを見て「こういう感じに」という注文も入るそうです。
花や緑のある暮らし、花で知る季節感、お仏花など暮らしの習わしとともにある花。ノアは、それを満たし、何でも相談できるうれしい、まちの花屋さんです。
Noixノア
京都市上京区上長者町通猪熊東入る杉本町462
営業時間 月・金 11:00~19:00
火・水・土 8:00~19:00
日・祝 8:00~17:00
定休日 木曜日