こんなのがほしかった 洋服生地の着物

たくさんの人が着物姿で、京都のまちのそぞろ歩きを楽しんでいます。うきうき、うれしそうです。「着物を着てみたい」と思う人は多く、観光地でのレンタル着物体験はちょうどよい機会になっていると思います。

「気軽に着られて普通にかわいい、手ごろな値段の着物があったらいいのに」こんな思いをかなえてくれたのが「ミミズクヤ」の、ありそうでなかった洋服生地の着物です。お店は祇園祭の「郭巨山(かっきょやま)」の鉾町内「膏薬辻子(こうやくのずし)」という、まことに京都らしい路地にあります。着物の新しい窓を開いた、ミミズクヤ店主、花山菜月さんに、おしゃれの選択肢の一つとして楽しむ着物のことや、京都の真ん中のご町内のことなど、たくさんのお話を伺いました。

「店を開きたい」夢をかなえる


四条烏丸の近く、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな路地は、一瞬、よそ様の敷地内へ足を踏み入れるようで「お邪魔します」という気持ちで、一歩路地へ入ると、落ち着いたたたずまいを見せる家が並んでいます。その中の一軒は、窓越しにすてきな柄のうちわが見え、何やらおもしろそうな、心を引かれる雰囲気をまとっています。屋号は「ミミズクヤ」と、木製の小さな銘板がはめ込まれているだけです。

中へ入ると、畳の間と土間に、着物や帯に羽織、下駄、うちわ、帯留めや半襟、そして帽子やがま口バッグなどの小物まで、わくわく、どきどきするアイテムがいっぱいです。「今度こんなの着てみたい」「この組み合わせもいいかも」と、これまで持っていたおしゃれの枠が、自然と取り払われていきます。デザインや色あいがモダンでかわいいだけでなく、一点一点が商品としてきちんとしっかりしていて、しかも買う側にうれしい価格設定になっています。ミミズクヤというお店の骨格の確かさを感じます。

花山さんは、大学では心理学を専攻し、目の錯覚について勉強したそうです。「目に見えていることが正しいとは決まらない。ものの見方、とらえ方を大学で学びました」と語ります。そして、みんなから聞かれる「なんでミミズクヤなの」については、先輩に「チュンチュンさえずらないところがミミズクに似ている」と言われて、気に入っていたので決めたそうです。お話を聞いていて、心理学と物静かなミミズクもどこかイメージが重なるし、なるほど、これ以上の店名はないだろうと感じました。

花山さんは、学生時代から喫茶店や雑貨屋さんなど、様々なお店めぐりをして、店主も、やって来るお客さんも個性様々で、人と人が集まる楽しい空間が生まれていることに素晴らしさを感じていました。そして「いつか私も、いろいろな人が集まる店を開きたい」という思いが芽生えました。ものを作ることが好きだったこともあり、布地も素材の一つと、大学卒業後は布地の専門店へ就職しました。面接で「将来は店をやりたい」と宣言し、毎月きちんと貯金もしていたそうです。会社では、サンプルの製作やワークショップの担当、生地の仕入れまで、一連の経験を積むことができました。サンプルとして洋服生地の着物を作ったら大好評でした。「反物にはない自由な柄付けや配色。そして安く、洗濯も家でできる。気軽に着られて、洋服の小物を合わせたり、帯結びも工夫できる」自分自身もほしいと思う、着物や帯が生まれました。木綿のワンピースやシャツのように着心地がよく、身近で気軽だけれど、洋服とは違うかわいさ、おもしろさを楽しめるオリジナルです。
ミミズクヤの商品が、布地という素材を理解し、それぞれの布の特性を生かして作られているのもうなずけます。また、「商品をお客さんに売る」ということの本質も、この時に勉強されたのだと感じました。「良い会社でした」と花山さん。かくして2014年3月、満を持して「ミミズクヤ」を開店しました。

人のつながりから生まれ集う商品たち


ミミズクヤには、下駄やうちわ、着物姿のおしゃれ度が増す素敵な帽子や帯留めなど、着物まわりをアレンジする小物も充実しています。それはすべて人とのつながりで、生産者やデザイナーのみなさんと、良い出会いがありミミズクヤに集まっています。実際に産地へ赴いたり、顔を合わせて打ち合わせをするなかで、また新しい商品が生まれます。

たとえば、広幅の洋服生地で着物を作ると端切れが大量にできます。これを何とか活用したいと考えたのです。うちわは有名な産地である丸亀市、下駄はこれも伝統のある大分県日田市に発注しています。端切れをうちわの地張り、下駄の台張りや花緒にして、モダンで新鮮な、ミミズクヤらしいオリジナル商品が生まれました。食材を最後までおいしく使いきる、京都の「始末」につながっているようにも感じます。

また、花山さんは何十パターンもある生地に一つ一つ名前を付けています。そのネーミングがユーモアがあって、とても楽しいのです。紫の地色に白く細かい水玉は「ぶどうサワー」ピンクやオレンジの模様がよく見るとアイスクリームのコーンに見える生地は「アイス小紋」そして「目玉焼き」「手裏剣」「ドロップスドット」など、着物選びをいっそう楽しくしてくれます。これらのタグやポップもみんな花山さんの手書きです。

ボディにはアクセサリーのような感覚でバッグや帽子がセットアップされています。最近は同世代の若い人が、お母さんと一緒にお店に来ることもよくあるそうです。お母さん世代の人も、洋服生地のお手頃価格の着物なら、思い切って冒険もできます。ミミズクヤは、着物に抱く様々なイメージを良い意味でくつがえし、すそ野を広げています。

町内の一員としてルールを守る


久しぶりに降った雨に、路地の石畳がしっとりと濡れています。この路地は「膏薬辻子」という名前がついています。辻子とは大まかに、大通りから入り、折れ曲がって通り抜けができる路地とされているようです。膏薬とは、ずいぶん暮らし密着の名前がついたものですが、膏薬辻子のあるあたりは、天慶の乱で戦死した平将門の霊を鎮めるため、空也上人が道場を開き「空也供養」の地となりました。その「くうやくよう」が訛って「こうやく」となったと伝えられているそうです。

この町内はかつては、実際にお住まいのお家ばかりでしたが最近は店舗も増え、ホテルも建設されました。京都の町並みと住環境の保全が課題となるなかで、膏薬辻子の町内は、江戸時代に町内のルールを定めた「町式目」に習い「膏薬辻子式目」をつくり、大きく張り出されています。その式目には「新釜座町にお住まいの方や土地や家屋をお持ちの方、および店舗経営者や従業者は安心と心地よさのなかで住み続け、営業をし続けるために、先人達から受け継いだ静かさや美しい町並みに代表される風情ある良好な住環境を守ります」と書かれています。花山さん達、店舗として建物を借りて営業をしている人たちも、門掃きや清掃など町内美化を心がけています。お借りして営業のかたちで活用することで、町家も息をつなぐことができます。

京都の夏はまた各段の暑さですが、表に打ち水をすると裏の坪庭の方へ風が通り抜けるそうです。「本当に京都の町家は兼好法師が言う通り、夏を旨として建てられているんやなあと実感します。そのかわり冬は寒くて寒くて、アイロンがけの作業を多くして暖をとっています」と笑いました。そして「ここへ来るとみんな、ゆっくりのんびりされてます」と続けました。店主とお客さんの良い間合いが生まれる空間です。このお家も、ご家族でお住まいだった町家です。とても良いご縁があってお借りすることができたそうです。漆喰の壁やどっしりした柱や建具など、この空間と着物や帯が心地よく調和しています。
住む人だけでなく、訪れる人もまた、先人達が残してくれた京都の美しい町並みを大切にする心がけを忘れてはいけないのだと「膏薬辻子町式目」は諭しているようです。建都も、それぞれの町内のみなさんのその時々の課題を解決し、住みやすく美しい京都を継承するために、一層努力をしてまいります。