早くも6月も半ばとなり、初夏の太陽を浴びて、田んぼでも畑でも、作物がぐんぐん育っています。多くの種類の露地ものの夏野菜が出回る時期になりました。
新鮮な旬の京都産の野菜を当たり前のように手に入れることができたのは、身近に八百屋さんがあったことに加え、農家さんが直接売りに来てくれる「振り売り」という京都独自の販売スタイルや直売所の存在が大きいと思います。
「昔大八車やリヤカー、今は車」で振り売りは続いていますし、直売所もたくさんあります。安心して買うことができるうえ、野菜の知識やおいしい食べ方、農家の仕事について知ることができます。
地下鉄北大路駅を含むエリアにある北大路商店街は、喫茶店、フルーツパーラー、玩具、履物、和菓子、理髪店など今はまれな多様性を保った商店街です。商店街の東側は鴨川に続き京都の自然を身近に感じ、近くの大谷大学の学生さんが行き交う若々しく明るい雰囲気があります。アーケードの中ほどにつばめの巣がありました。見事なつばめ返しで餌を運ぶ親鳥と、力いっぱいさえずるひなの姿に心が和みます。毎年やって来るつばめたちの子育てと巣立ちを見守る、商店街のみなさんのやさしさが伝わってきます。
北大路通の北側に「時待ち本舗」と力強く彫り込まれた木の看板が掲げられています。時待ちという言葉に込められた思いが感じられます。この直売所は、鷹峯で代々農業を営む樋口農園さんが運営されています。樋口さんを含め6軒の農家さんの野菜や加工品が店頭に並んでいます。
朝10時過ぎ、軽トラで、収穫されたばかりの本当に生き生きとした、水分をたっぷり含んだ野菜が運ばれて来ます。5時、6時には畑へ出られるそうです。トマトの真っ赤な色は追熟させたものとはあきらかに違います。花落ちのきゅうりもありました。トマトやきゅうりは、おいしい塩を付けて丸かじりしたくなります。なすの、ピンと張ったぴかぴかの皮と、とげが痛いヘタは、だれにもわかる新鮮さの証。じゃが芋は、手をかけてつくる畑の土が、実を守るようにうっすら付いています。上賀茂から届いた小松菜は、たっぷり葉が厚く柔らかそうです。はちきれそうに元気な野菜を目の前にしただけで、エネルギーをもらっている気がします。
11時の開店早々からお客さんの姿が見えます。一番は、若いさわやかな感じの男性、和食のお店の料理人さんでした。「若いし、とても研究熱心で将来有望な人」とは、時待ち本舗のスタッフの方の言葉です。他にもプロの方がお店で使う野菜を調達しにやって来るそうです。ここに集まる野菜は、料理人魂を揺さぶる野菜です。
農家さんからお客さんへ、京野菜の知恵をリレー
お客さんはご常連さんが多いようで、お店の方とも気安く話しをされています。ご近所付き合いの延長のような心安い雰囲気です。
「今日は漬物ないの」「淡竹ありますか。他ではなかなか売ってないし、ここならあるかと思ったんやけど、ちょっと遅かったみたいやなあ」などと、親しくいろいろなやりとりをされています。「なすは、炊いたり焼きなす以外どんなふうにして食べてはります?」「油を引いて焼いてかつお節とお醤油に生姜が、やっぱりおいしいなあ」「目先を変えるなら、焼いたなすの上に山芋のとろろをかけて、わさびを乗せるのもおいしいよ」と、料理談義も弾んでいました。
自転車や徒歩で来られる距離という方が多く、一様に「ここのお野菜はおいしいし、安心やろ。このお店があって、ほんま助かってるわ」と言われていました。また、同じ野菜でも農家さんによって微妙な味の違いがあり、それぞれにお客さんの好みがあるのだそうです。たとえば、トマト。酸味と甘みのバランスの良いもの、すっきりした甘さのもの、濃く深い甘味のものと、個性があるそうです。
販売を担当されているみなさんも全員、野菜作りに携わった経験のある方だと聞きました。的確で親身な受け答えが、いっそうお客さんの「野菜思い」の気持ちを高めていくのではないでしょうか。本当においしい野菜をいただいて、自然に味覚が研ぎ澄まされ、そのことが京都の家庭の味、いわゆるおばんざいの、ぞれぞれの家庭の味を作っていくのだと思います。そのことに、この時待ち店舗のような直売所が、京野菜の特徴や調理法、習わしなどを多くの人にリレーするとても良い拠点になっています。
今こそ、あって良かった振り売りや直売所
上賀茂の森田さんは、野菜と一緒に小松菜の漬物も運んで来ました。冬には絶品のすぐきも作られるそうで、待っている人も多いそうです。
今年は天候が不順だったため、野菜を育てるのは大変だったそうです。去年は台風21号をはじめ、猛烈な暑さが続くなど厳しい気象条件でした。今年は豪雨や台風が来ませんようにと願うばかりです。
森田さんは、人とかぶらないものを持って来るように心がけているそうです。「いろいろあったほうが、買いに来ても楽しいやろ」と笑って話しました。その大変さもあると思いますが、森田さんはその苦労を楽しんでいるようにもお見受けしました。
スマートフォンには、加茂なすを持って満面の笑みの森田さんや、きゅうりのお吸い物など画像がたくさん保存されています。写真も大好きなのだそうで、いつも畑の土や作物と話している森田さんでなければ撮れない楽しい画像が満載でした。
運営者である樋口農園の樋口さんも、野菜を積んでやって来ました。たくさんの農園で、子どもたちの農業体験を受け入れていますが、樋口農園でも小学生や中学生の体験学習を受け入れています。稲刈りを始め、作物の収穫はみんな喜んでやっているけれど、先日の真夏日のなかでの水やり体験は「農業って、こんなにしんどいとは思わなかった」という正直な感想をもらしていたそうです。収穫の喜びや楽しさと同時に、つらい作業も含めての農業なのだということを実感したのではないでしょうか。
おとなでも、京都の野菜や農業について知らないことがたくさんあります。いくつになっても新しいことを知ることができる学び舎のような所が、直売所であり振り売りではないでしょうか。
樋口さんは「このキャベツでも虫が食べた穴があったり、たまには中に虫が入っていることもあります。でも、それを、こんなんあかんと言うのではなく、虫が食べてるんなら安心やな、大丈夫やなと思ってもらえるようになりました。今、お客さんの意識はそこまで来ています」と語ります。
生活様式や食生活の変化、少子化が進むなかで、コミュニケーションの場ともなるこの方式はむしろ、これからの時代に大きな役割を発揮する販売方式だと思います。京都の農家さんは、名のある料亭やレストラン、有名シェフが太鼓判を押して、通う農園がいくつもあります。そのなかで、そういう取引もあるし、振り売りや直売所も大切に楽しくやっていきますよ、というスタンスを感じます。振り売りや直売所について、また今後も取材を続けていきたいと思います。
農家さんの仕事に感謝しておいしくいただくことで、私たちの暮らしに大切なことが見えてきます。建都は、家族や地域、京都の景観や文化につながる住まいづくりと、地域のコミュニティーについて、京都の地元密着企業としての役割を果たしてまいります。
京野菜時待ち食(時待ち本舗)
京都市北区小山北上総町41
営業時間 11:00~18:00
定休日 日曜日