町家で学ぶ 普段の京都の家庭料理

草木の緑が勢いを増し、梅雨入りまでの間の、心地よい季節になりました。
商店街のお店には、目利きの主人が仕入れた野菜や魚が並び、気軽に今日のご飯ごしらえの相談に乗ってもらえます。
そんな頼りになる「京都三条会商店街」のすぐ近くの町家に、控えめな看板がかかっています。実家は三条会の鮮魚や乾物を扱う食料品店、この地で生まれ育った山上公実(やまがみひろみ)さんが主宰する「キッチンみのり」です。京都の家庭料理や保存食の教室、暮らしに役立つ講座が開かれ、食を通して人が出会い、つながる場となっています。

乾物や旬の素材を知るきっかけに

キッチンみのり主宰の山上公実さん

山上さんは、飲食店で調理の仕事に就いた後、2016年11月に、築90年の自宅で「キッチンみのり」を開きました。旬の地場野菜や魚、乾物を使った、体に良くて食べあきない、そして経済的な京都の家庭料理に、薬膳の知恵や、山上さん自身がおいしいと思った、他の国の味も取り入れた料理を提案しています。

乾物は栄養価も高く保存がきき、便利で優れた食材です。山上さんも子どもの頃からお母さんが作る、乾物を使ったおばんざいの味に親しんできました。しかし「もどし方がわからない」「どう使ったらいいかわからない」という人も多いことから「乾物クッキング」に力を入れています。干しいたけや昆布、豆などおなじみの乾物を、和風はもちろん、洋風、中華風にとバリエーションを持たせた使い方を提案し、「いろいろ応用できる」と喜ばれています。いずれもシンプルで、いちいちレシピを見ないでも、家ですぐ作れるように考えられています。
「味付けは食べる人の好みに合わせればいいし、繰り返し作っていくことで、その家の味になっていきますね。」と、山上さんは語ります。身近な素材を生かした、肩ひじの張らない健やかな家庭料理の教室です。

乾物クッキング以外にも、魚のさばき方教室、みそや梅の仕込み、季節の養生ごはんなど、楽しく学べて暮らしに役立つ教室が開かれています。また、食材だけではなく、オリジナル鰹節削り器作りや、食器の簡易金継講座、木桶職人さん、森林組合の方の木の話など、食にまつわる道具や技術にまで及ぶ、興味深い魅力的な講座が開かれています。
講師は、農家さんや蔵主さん、山上さんが関心のあるワークショップなどへ参加してつながりができた人たちです。
「自分がいいなと思うものをみんなでシェアする感じ」で、広がっていきます。

ダイシン食料品店三代目の山上顕司さん

毎回大好評の魚のさばき方教室の講師は毎回大好評の魚のさばき方教室の講師は山上さんの弟さんで、実家のダイシン食料品店三代目の顕司さんです。親子で参加したいというたくさんの声に応え、包丁を使わず簡単にできる「いわしの手開き教室」が開かれました。
ダイシンから届いたトロ箱に入ったピチピチのいわしを前に、最初は遠巻きにしていた子どもたちも、すぐに手開きできるようになりました。開いたいわしはハンバーグや照り焼き、つみれ汁、骨は骨せんべいにしてみんなでいただきました。「めっちゃ楽しかった」この教室の後、「いわしを買って帰ってお父さんに教えた」「海釣りで釣れた鯵をさばいた」など、うれしい後日談が聞けました。
今、魚の原形を知らない子、魚嫌いの子が多いと言われていますが、それは「機会がないだけ」なのです。おいしくて体にいいものには体が反応します。

乾物も魚も、ちょっとしたきっかけがあれば、その良さやおいしさをわかってもらえます。キッチンみのりの教室やワークショップは、そのきっかけとなっています。そして、みんなで、わいわい楽しく学び、ご飯をいただくなかで「おいしい食べ物は、やっぱりきちんとと伝わっている」と確信することができています。

築90年の町家という場の支え


5月の気持ちよく晴れた日、乾物クッキング昆布の会が開かれました。出汁のみの使い方をしていることがほとんどの昆布を、そのまま使って食べる、昆布の活用をテーマにした教室です。始めに、昆布の栄養や産地と種類、それぞれの特徴と、使う主な種類の関東と関西の違いなど、これを聴講するだけでも「昆布=乾物って奥が深い、偉い食材なんや」と感心します。この日はデザートも含め、6品を作りました。昆布を余すことなく使い切り、栄養面なども考え、他の食材と組み合わせて活用できるという、発見がいっぱいの昆布編です。

4組2人ずつ組んでの調理は、初めて顔を合わせた人同士でも和やかにスムーズに進みました。2回、3回と参加されている人がほとんどで、毎回参加の方も。
リピーター率の高さも理解できます。
出来上がった昆布料理を囲んでの食事は、とてもおいしく楽しいひと時でした。この日は、台湾の料理研究家の方の参加もあり、ちょっとした国際交流もできました。

奥に長い台所で後片付けをしながら「天井の高さがすごい」「いい光が入ってくるね」「あんなに煮炊きしたのに匂いや空気が全然こもってないね」と町家の構造のすばらしさを実感されていました。ゆっくり静かな時間が流れ、坪庭の美しい緑に目をやり、障子や畳のある部屋でくつろがせていただきました。

山上さんから「次回取り上げる食材はあらめです。8の付く日に八の末広がりのめでたさから、良い芽が出るようにと食されてきた食材です。」という教室の紹介も、しっくりきます。

床の間の材や欄間の彫刻など、細部にも凝った造りがなされていますが、山上さんは、堅苦しい使い方はされていません。スパイスや仕込みものを入れたガラス瓶や壺も、いい感じに収まり雰囲気のある空間が生まれています。
現在、中へ入ることができる町家は、実際に住んでいない、見学のために開けている町家が多いと思います。山上さんは、料理教室に来て「普段住んでいる町家」も見てもらえたらと思っています。参加者のみなさんは、畳と障子に壁、すべてが木と紙と土で成り立っている建物に「落ち着くし、ほっとする」と口々に言われていました。「この町家という場に支えられています」と山上さん。食を通した生き方やつながりの場として、築90年の町家は新しい役割を得てがんばっています。

普通や普段を大切にする暮らし


山上さんの実家のダイシン食料品店の平日の午後3時。お客さんの波が一段落する時間ということですが、料理人さんが二人、三人とバイクや自転車でやって来て、三代目の顕司さんや料理人さん同士、話しながら品定めをしています。
この日は、週に4日、網野から直送の旬の魚が入る日に当たっていました。「ここはいい魚を置いているので、いつも来ます」と全幅の信頼を置いています。ご近所らしいお客さんも、もう晩ご飯の買い物に来始めました。
「かつおの刺身を1パックとっといて。後で来るし」「85歳やけど、10分くらいやし歩いて来てる」と、常連のお客さんたち。きりっと美しく、素人目にも「ぜったい旨い」とわかるお刺身や、料理人さんも買って行く素直においしいお惣菜も次々並んでいきます。

右端が一般的には甘鯛と呼ばれる「ぐじ」です。ぐじを店に置くのは京都の魚屋の矜持

顕司さんが、お店を継いだのは20年前のことです。番頭さんが定年を迎えることになり「今なら教えてやれる」ということで、サラリーマンを辞めてお店に入り、番頭さんについて中央市場へも行き、魚のプロとして必要なことを身につけました。
「小さい頃から見ていたし、食べることも好きやから、店へ入ったことは、そんなにたいそうに思わなかった」そうです。そして「うちは普通の魚屋なので、地域密着で、地元の人が普段にいるものが揃う店であればいいと思います。身の丈にあった商売を自信を持ってできることを大事にしています」と、考えは明快です。
一方、プロの料理人さんが目当てにやって来る丹後直送の魚は、家庭用では扱えない、おもしろいものを仕入れるのが、魚屋としての醍醐味です。高級魚の部類に入る“ぐじ”があったので「普段でも“ぐじ”があるのですか」と聞くと「京都の魚屋は“ぐじ”を置いています」と、きっぱり返ってきました。それが何とも恰好がいいのです。そして「仕入れは網野直送もありますし、全国から魚が集まる中央市場からも入れています。こだわりの京と、まちの魚屋として必要とされるものの仕入れのバランスですね」と続けました。

奥さんの麻衣子さんが自転車で「すぐそこなので」と、高齢の一人暮らしの方のお家に注文の品を届けに行きました。
山上さんも子どもの頃、お母さんについて近所へ配達に行った時「毎度おおきに、ダイシンです」と言うと「お使いか。えらいな」とほめてくれたそうです。その思い出を聞いた時、そこに、お母さんの味と同じように、山上さんの料理の原点を感じました。
「季節の養生ごはん」の「養生」という言葉に込められた思いも伝わってきます。「軸にするのは、家庭の料理をおいしく健康に」とぶれることがありません。「京都ブランド」という名前やイメージにおもねることなく、本当の京都の暮らしを支え、大切にする山上家のみなさんの仕事にすがすがしさを覚えます。
京都というまちの良さを生かしながら暮らしていくことに、目を向けていこうと気づかせてくれた取材でした。建都も、まちと人のつながりを大切にする中小企業として、さらに地域に貢献してまいります。

 
キッチンみのり
中京区姉大宮町東側102

ダイシン食料品店
京都三条会商店街内