西陣の京町家 古武家のお精霊さん迎え

立秋を過ぎても猛暑日の続く京都ですが、それでも心なしか空が高くなり初秋の気配が感じられます。
お盆に、普段は離れて暮らしている家族が久しぶりに顔を合わせ、にぎやかなお家も多いことでしょう。それぞれの家庭の流儀のお盆行事を通して、ふるさとや家族を思う大切にしたい時になっています。
「西陣の京町家 古武邸の端午の節句」でご紹介した西陣の京町家 古武さんのお宅に伺い、ご家族も交えてお盆についてお話を聞きました。

八月に入ると始まるお盆の準備と行事


古武さんのお宅では、端午の節句飾りの片つけをすませると、室内を夏のしつらえに替えます。梅雨入り前の大仕事です。良い色艶になった網代や葭戸。すだれから庭の緑が透け、風が吹き抜けるような涼感を誘います。
玄関やつくばいに生けられた、むくげやすすきが野の風情を漂わせています。

普段は閉められている襖を開けて、お仏壇の扉を開きます。10年前に、それまで住んでいたお家からお移り頂いたということです。お仏壇の引越しは、お寺さんに来ていただいてお経をあげてお性根(おしょうね)を抜き、魂の入っていない容れ物として運び、新しい場所にきちんと収まるとお性根を入れ戻すそうです。こうしたところにも、何かにつけ、ご先祖様を大切にする日本の心がうかがえます。

古武さんがお参りにいく千本焔魔堂

古武家のお精霊さん(おしょうらいさん)をお迎えする行事は、まず五日から七日頃に、大徳寺の塔頭にあるお墓にお参りし、お経をあげていただきます。お墓参りがすむと近くの、大きな閻魔像を祀る千本えんま堂にお参りします。
戒名を描いてもらった卒塔婆を水に流し、迎え鐘をつくのが毎年の習わしとなっています。えんま堂は正式には引接寺(いんじょうじ)と言いますが、親しみを込めてみんな「えんま堂」と呼び、五月に行われる「大念仏狂言」でも知られています。八月七日から十五日までのお精霊迎え、十六日のお精霊送りには多くの人が訪れます。
何枚もの卒塔婆を流す参拝者とお寺の方の「ご先祖さんが、たくさんかえって来てくれはって、にぎやかなお盆になってよろしいね」というやりとりに、あたたかい地域密着のお寺の雰囲気があります。
迎え鐘をつかせていただいた時、今に感謝し、ご先祖様を精一杯おもてなしするという、お盆行事の心根に触れた思いがして、しみじみと胸が熱くなりました。お盆行事の簡略化は時代の流れですが、しかし、このような静かな心を取り戻してもくれるのもお盆の良いところです。
おかげさまで、今年もつつがなく準備完了。

お盆の迎え方もお家によってそれぞれ違いもあり、朝昼晩と毎日かわる献立のお膳などは簡単にされていますが、大事な芯のところは踏襲されていると感じます。
古武家では、十三日から十五日の三日間をお盆として、十六日は大文字の送り火を拝んで、あちらに戻られるご先祖様をお送りしています。
白いご飯、お吸い物、煮物、白和え、お漬物のお膳はおがらの箸をつけて、三日間毎朝お供えし、蓮の葉と槙の葉を入れたお水も替えます。
お吸い物は湯葉と麩にみつば、炊き合わせはにんじん、椎茸、いんげん、高野豆腐、白和えはごぼう、きゅうり、椎茸など。昆布出汁に、具は彩りも美しく、寸法に切り揃えてきっちり盛り付けられています。このお膳に加えて、十三日はお迎えだんご、十四日は白むし(白いおこわ)とおはぎ、十五日は送りだんごをお供えします。他に、野菜や果物、蓮や菊の形をした落雁のお菓子や故人の好物だったものを蓮の葉の上に盛ります。

八月に入ると、お膳や盛り物に敷く打ち敷きなどお盆用品一式の点検や、買い物の算段と俄然忙しくなります。主の博司さんはお仏壇や什器をあらため、妻の純子さんはお膳の献立やお供えを調えます。純子さんの実家は仕出し屋さんをされていたということで、料理やきれいな盛りつけはお手もの。床の間の掛け軸や花器は、息子さんの邦敏さん担当です。
「蓮の葉が小さいなあ」「手に入らへん年もあったなあ」「昔は精進揚げも山ほど作って、にぎやかで楽しみやったけど」などと話しながら、今年もいつもと同じようにお盆の準備ができたことにほっとしている様子でした。

すばらしい金蘭の打敷きや用具一式は、博司さんのお母さんが毎年使われていたもので、納めてあるダンボール箱には、お母さんの手で「お盆用品、お供え用お盆」などと書かれています。毎年出す度に、ご両親が健在で親戚一同が集まったにぎやかなお盆や、お子さんが小さかった頃のことなど懐かしく思い出すそうです。「夜店で買ったカメを、お盆に神泉苑の池に放したのは、子ども心に供養のつもりやったんかな」「盛り物は鴨川まで運んで流してた」と、今では思いもよらない話が繰り出してきます。なんとものんびりした良き時代の京都です。

お寺も商店街も気心知れた付き合いが続きます


床の間に「夢」の墨跡が掛けられました。「夢」の書は仏事に掛けることになっていると、書画にも詳しい邦敏さんに教えていただきました。
「お昼時に申し訳ありません」とお寺の住職さんが見え、棚経をあげられました。朗々とした声と独特の調子のお経を聞くうちに自然と「有り難い」心持ちになってくるから不思議です。
読経が終わると少し世間話をして、また次の檀家さんへと向かわれました。先々代からのお付き合いだそうです。その関係があって、お昼にかかる時間でしたが、失礼ながらと訪問されたのでしょう。古武さんも、そんな気心の知れたお付き合いを嬉しく思っているようでした。

お盆に欠かせない蓮の花や葉、槙、盛り物などは、コーナーを設けてスーパーにも並び、ずいぶんと便利になったと聞きます。特売商品の目玉だけではなく、地域の慣わしに沿った商品を扱うことは良いことだと思います。
一方、地域密着の商店街もその特長を生かして、日々の暮らしを支えています。千本えんま堂の近所の上千本会も、そんな商店街です。果物、生花、食料品、和菓子など専門店が並んでいる点も魅力です。

普段使いの季節のお菓子を作る京都でいうところの、「おまんやさん」の店頭には、生菓子協同組合が作ったお盆のお供え一覧が張り出してありました。おまんじゅうに使うという餡を丸める無駄のない流れるような職人さんの手作業は、いつ見ても感心します。このお店で、お迎えだんごや送りだんごを、蓮やほうずきは並びにある花屋さんで、定番の野菜やほうずきなど上手にパック詰めされた盛り物や果物は、その先の青果店でと、お盆に必要なものはここで揃いそうです。気のおけない商店街が身近にあり、わが家で家族がお盆を迎えられ住み続けられる、そんなまちが京都の典型であるように、建都も京都に根付く企業として、さらに力をつくしてまいります。
お盆に託して、今年は大きな災害がありませんようにと祈ります。

 

千本えんま堂 引接寺
京都市上京区千本通蘆山寺通上ル閻魔前町34