東風吹かば梅香る 京都青谷の春

冬とは思えない暖かい日が続き、寒風のなか、他の花に先がけて咲く梅も、今年は特に早い開花となりました。古くから梅の名所として知られていた、京都府南部の城陽市青谷地域の約1万本の梅が咲き誇っています。
昨年「山城青谷地域 希少な梅で新しい風を」でご紹介しました、青谷梅工房代表の田中昭夫さんは、毎年開催される「青谷梅林梅まつり」を盛り上げようと、いつも楽しい企画を考えています。今年はさらに「青谷梅林の魅力を梅工房がバージョンアップ」と、画期的な内容となっている様子です。春うららの一日、青谷を訪れました。

アートのある梅林へ、はじめの一歩


梅工房の梅林店を目指して歩いて行くと、木の高さほどに、円錐形に張られたロープが見えてきます。「陽」と名付けられたこの作品は、剪定された梅の枝で、淡い紅梅色に染められています。江戸時代、染の媒染に使う烏梅をつくるために広大な梅畑があったという、青谷の歴史を掘り起こして生まれた作品です。近くにテーブルと椅子が置かれ、ゆっくりした時を楽しんでいる人の姿が見られます。小道をはさんだ向かい側には4作品が展示されています。それぞれ時とともに変化する日の光を受けて、印象も変わります。

田中さんは、のどかな里山をゆっくり散策できる青谷の魅力をさらに進化させ、もっと多くの人に足を運んでもらうにはどうしたらいいかと考えていました。そこでひらめいたのが、現代アートが展示される瀬戸内の島々のような「アートのある梅林」です。田中さんがモデルとした瀬戸内国際芸術祭は、香川県をあげて取り組んでいる超大型の芸術祭で規模の違いはありますが、テーマに掲げている「海の復権」は「城州白で地域を元気に」という梅工房の思いと、根本は共通しています。そこで協力してくれる人を、つてを頼りに探しました。普段から多くの人とかかわりを持っている田中さんの強みで、知り合いを通じて、京都造形芸術大学の卒業生と在学生の協力者が見つかったのです。

3年前から梅まつりの期間中、梅林にも店を出していますが、そこがアートを展示する会場です。腰の高さまで茂った草を刈り、竹林を切り開いた場所では竹の根っこや頑固な切り株を掘り越しました。この重労働は、造形大のみなさんも一緒にやってくれました。作品の設置も含め、寒い中での作業は大変だったことと思いますが、より思いのこもった展示会場になったのではないでしょうか。作品が点在する梅林は、周囲の自然と調和した青谷の新たな景観をつくり出しています。
作品展示は3月20日(金)まで。

四季折々、歩けば感じる青谷よいとこ


さえぎるもののない空とのどかな田園風景が広がり、気持ちが解き放されていくように感じます。田んぼで何かをついばんでいる、はとに似たつがいの鳥がいました。長いくちばしと足が鮮やかな黄色をしています。「けり」です。その鳴き声から、この名がついたそうです。きっと環境が良くて、子育てしやすいのでしょう。

梅工房を通り過ぎてすぐ、旧道の趣きのある道を進むと、お茶のいい香りが漂ってきました。慶応三年の創業以来「決して天狗になってはならぬ」という家訓を守り、「天狗の宇治茶」を商標にする、伝統の宇治茶一筋の茶問屋「碧翆園」です。碾茶で名をはせるお茶の名産地城陽の茶業を支えています。碧翆園の加工場と古い民家が並ぶ一画は、とても雰囲気があります。

梅林をたどる道々は、満開の菜の花と、咲き方や色が微妙に違う梅の花を楽しむことができます。うぐいすが盛んに鳴いています。姿は見えませんがすぐ近くのようです。完璧と思う鳴き声と、あきらかに練習中の鳴き声が交互に聞こえ、すれ違う人と思わず笑いあって会釈しました。
梅林の規模や絢爛な雰囲気ではなく、田中さんも言われているように、まわりの山々や民家と一体となった里山としての景観が青谷の魅力なのだと実感しました。

城陽酒造の杉玉
青谷特産の城州白

梅の郷めぐりの終わりは、JR青谷駅すぐにある、創業明治28年の「城陽酒造」と和菓子店の「梅匠庵若松屋」へ。若松屋では、大粒で香高い青谷特産の希少な梅、城州白を使ったどら焼きや大福など、地域根ざしたお菓子を作っています。気取らずにおいしい親しみのあるお菓子が並びます。以前はそれぞれの町に一軒はあった和菓子屋さんらしい和菓子屋さん。貴重なお店です。線路を渡ると、新酒ののぼりがはためく城陽酒造が見えます。他府県ナンバーの車も次々と入って来ます。こちらの「梅サイダー」は梅工房でも定番品として置いています。また、城州白の梅酒は「梅酒バー」でもほとんどの人が注文する、ご当地自慢の梅酒です。豊かな自然、旧村の面影を残す民家。そして梅とお茶。その特産品を生かしたお酒やお菓子のお店。季節の移ろいとともに、また違った発見があることでしょう。ゆっくり歩いてみれば楽しさは尽きない、そんな思いを抱きました。

青谷地域と梅工房の明日の夢


田中さんは「まず、地元の人が行ってみたいなあと思ってもらえる梅まつりにすることが今の課題です」と語っていました。梅まつりを短期間のイベントで終わらせるのでなく、地元の人がかかわることで、日常的な結びつきをつくり、青谷を盛り上げることができないかとも考えています。そこで今年の梅まつりでは、梅工房の梅林店で「体験イベント」を企画してもらいたいと呼びかけました。去年の秋から取り組んだ結果、6つの体験ブースが決まりました。お箏、かじや、梅の枝の鉛筆づくり、染め物、ウクレレ、ヨガと本当に個性ある体験ブースが企画されました。また飲食ブースの9品の中には、龍谷大学のゼミ生によるおにぎりもありました。大変残念なことに、これらの企画は今日の状況にかんがみ中止となりましたが、この経験とつながりは必ず今後に生きると感じています。

田中さんは、このような体験や季節のイベントをつくりながらも、やはり本業の梅事業に向ける時間をもっと生み出したいと強く思っています。城州白を中心とする質の良い梅の安定的な生産と、梅を使った商品開発です。違う業種、違う世界の人たちの出会いから「青谷の梅を使って、こんなふうにすばらしいものができるのだ」という喜びは、大きな支えになっています。
城州白のブランデーをつくられた、千葉県の房総半島にある「mitosaya薬草園蒸留所(みとさややくそうえん蒸留所」代表、江口宏志さんとの出会いは、田中さん自身にとっても、また城州白という梅にとっても新しく切り開かれた可能性でした。江口さんから送られた城州白のブランデーのボトルのラベルに「FROM AODANI UMEKOBO」と梅工房の名前まで書かれていた感激は生涯忘れることはないと語ります。江口さんは「自然からの小さな発見を形にする」という目標に基づく、志あるものづくりをされています。
田中さんは、昨年の京のさんぽ道の取材のなかで「やっていることに夢があるかどうか。みんなで取り組むことでも、自分自身が夢を感じているか、です」と語っています。これからも梅と深く向き合い、楽しく地域とかかわり盛り上げていく。その夢の実現にむけて、今日も一日梅に思いをめぐらせ、梅園へ出かけます。

 

青谷梅工房
城陽市中出垣内73-5
営業時間 9:00~16:00
定休日 日曜日・祝日

 

城陽酒造
城陽市奈島久保野34-1
営業時間 平日 8:30~17:30
土曜日9:00~17:00
定休日 日曜日・祝日

 

梅匠庵 若松屋
城陽市市辺五島7-4
営業時間 9:00~19:00
定休日  月曜日