青谷で40年 信用第一の和菓子店

訪ねた先は、前回の「東風吹かば梅香る京都青谷の春」で、少しご紹介しました和菓子店です。自店であんを炊き、その誠実で間違いのない味は、地元のみなさんからの信頼も厚く、お祝い事や季節の習わしなど、暮らしの折々を彩るお菓子として喜ばれています。
また、青谷特産の大粒で香り高く、果肉の味わいに特徴のある希少な梅「城州白(じょうしゅうはく)」を使ったお菓子を開発し、青谷地域盛り上げの一翼を担っています。こういうお店が近所にあったらうれしいと思う和菓子店「梅匠庵 若松」のお店で話をお聞きしました。

普段のお菓子に使う自家製のあん


ローカル線ののどかな気分に満ちるJR山城青谷駅の改札口を出ると、目の前が梅匠庵若松です。建物を見ただけで「きっと美味しいに違いない」と感じさせるたたずまいです。
店主の久保川守さんは、修行時代を含めると、55年の経験を積んだ職人中の職人です。独立して、はじめは宇治で開店し、その後青谷に店を構えて40年になります。移転する時「青谷の少ない人口で商売をするのは難しいよ」と言われたそうですが「地域のみなさんに可愛がってもらえて、あてにしてもらえる店に」と、一心にお菓子作りに励んだ積み重ねの年月です。「気がついたら40年たっていたというのが実感です」と静かに語ります。

中に城州白がまるごと入った梅大福

久保川さんの「和菓子はあんが命」という言葉にも、重みと力があります。和菓子にもいろいろな種類がありますが、生菓子にもお茶事やお客様用の上生菓子と、朝に作りその日のうちに売り切る「朝生菓子」略して「朝なま」と呼ばれる庶民的なものがあります。おなじみの大福やお団子、さくら餅や柏餅などがそれにあたります。
今、和菓子店で、自家製のあんを炊いている店は少ないのではないかと思います。若松の魅力、良さは、このような気軽な朝なまのお菓子にも、自家製あんを使っていることです。ここが美味しさをぐんと格上げしていると感じます。
お客様から「あんたのとこ安いなあ」と言われるそうですが、久保川さんは「毎日食べてもらう、おやつのお菓子やから。みんなに可愛がってもらって、続けていくことが一番大切」と、ためらうことはありません。質実ともに地域に根差したお店なのです。

頼もしい跡継ぎの存在が励みに


以前は町なかによく見かけた、若松のような和菓子屋さんが、めっきり少なくなった気がします。久保川さんは「この稼業も跡取りの問題が大きい。その点うちは本当にありがたい」と語ります。和菓子の道へ入って10年目という、跡継ぎの武田圭祐さんにも話をお聞きしました。
武田さんは、久保川さんの娘さんと同じ製菓学校で学び、洋菓子店に勤務した後に、結婚を機に若松へ入りました。洋菓子で使う小麦粉とバターやクリームなどの素材に対して、和菓子は油性のものをほとんど使いません。何もないところから作るのは和菓子も洋菓子も同じですが、慣れるまでは戸惑いながらの毎日だったそうです。そして「父の仕事を見ていて、和菓子は確かに職人の勘というものがあると感じます」と続けました。

久保川さんは「あんを炊いた時、時間は計るけれどそれだけではない。その日の気温や湿度、豆によっても違いがあるので、それを見極めて炊くのが難しい。しゃもじであんをすくってみて、今日はどうや。もういいか、もう少し炊くかと、ぎりぎりのせめぎ合いで、100点と思ったことは一度もない」と語りました。

武田さんの語った「和菓子職人の勘」は、毎日一緒に仕事をするなかで、心から感じたことであり、深い敬意が込められています。また久保川さんも、何度も跡継ぎの大切さを言葉にし、「これからは若い人の時代やから、どんどん前に出てきてもらう」と、武田さんを頼もしく思っている様子が言葉の端々に、にじみ出ていました。二人の和菓子に対する姿勢や、気持ちの通い合いが若松のお菓子のぶれない美味しさを作っています。

家族で担う「和菓子で地域に貢献」


若松には常時40種類近くのお菓子が並びます。そのほとんどが自家製造です。
イラスト入りの商品ポップは、武田さんの奥さんが作っています。梅まつりの期間中は、建物の外側に商品のパネルを張り出すなど、若松の和菓子をより多くの人に知ってもらうための工夫を惜しみません。

祝儀不祝儀、季節の贈答用、ちょっとした手みやげにと、以前は暮らしのなかにお菓子をお使いものにする習慣がありました。しかし今は、核家族化も進み、生活習慣の変化も伴い、以前に比べるとその需要は格段に少なくなりましたが、先日はお孫さんのお誕生の内祝いにとお赤飯の注文がありました。もちろん、お赤飯も若松製です。渡す日時からの逆算で、小豆を水につけるところから始まります。
店内には、お赤飯や上用まんじゅうの箱の見本や、季節の行事と人生の節目のお祝いの一覧が張ってあります。おめでたい事をお祝いする心をあらわす贈答の習慣をよみがえらせて、人と人のつながりをもう一度結び直せたら、どんなに良いことかと思いました。

和菓子作り教室は地元の新聞にも取り上げられました

久保川さんは、城陽市観光協会「梅の郷青谷づくり特産品部会」の主催の地域の方を対象にした和菓子作り教室での講師を務め、武田さんは、城陽高校の授業の一環として、和菓子作りを教えました。体験した高校生が「すごく美味しい」と言ってくれたと嬉しそうでした。和菓子を知らない若い世代に食べてほしい、和菓子で季節を感じてほしいという願いは、地道な取り組みのなかで必ずかなえられると思いました。

城州白を使った大福、マドレーヌ、どら焼き、ようかんなどは、青谷の地元の手みやげとして好評です。そして贈られた先の方が「美味しかったから、買いに来ました」と来てくれる時は本当にうれしいと、菓子屋冥利に尽きる物語もたくさんありそうです。
創業以来の看板商品「茶人好み」は、白あんに抹茶を練りこんだ桃山仕立てのお菓子です。城陽はお茶も有数な産地で、京都府の「お茶の京都」の広報にもこの茶人好みが紹介されました。
「信用が第一。いつも安定した美味しさでなくてはだめ。毎日緊張してお菓子を作っている」という、久保川さんの言葉に、裏切ることのない誠実な仕事への姿勢がどんなに大切なことかを教えてもらいました。和菓子のおいしさは人をつなげ、青谷の地域の幸せにつながるに違いないと感じた一日でした。
まもなく、店頭に柏餅が並ぶ風薫る季節がやって来ます。

 

梅匠庵 若松
京都府城陽市市辺五島7-4
営業時間 9:00~19:00
定休日 月曜日