味のある 千本出水界隈

京都は通りの名に特徴があり、東西の通りと南北の通りを組み合わせて所在地をあらわしています。千本通と出水通は、とても簡単な名前ですが、果たしてそのまま「せんぼん」「でみず」と読んでいいものかどうか迷う通り名です。
南北の千本通は平安京の朱雀大路にあたります。一説には葬送の地、船岡山へ至る道であるため、千本の(たくさんの)卒塔婆が建てられたことに由来するとされています。壮大な朱雀大路が葬送の道すがらであったとは、イメージが結びつきにくいのですが。
一方、東西の出水通は、平安京の近衛大路にあたり、またその名の通り水が豊富な所であり、水質も良いことから名水の湧く井戸も多くあり、この地に聚楽第を造った豊臣秀吉や千利休が茶の湯に使ったと伝えられています。そして良い水は、酒、豆腐、湯葉など水が命の京都の名産品の味わいを鍛え、磨いてきました。豆腐店の店先

「うちはまだ新しい。100年やから」

千本出水あたりは、室町時代から酒造りが盛んでした。地元の方の話では「昔は造り酒屋がたくさんあって、仕込みの時期には、小学校までお酒の匂いがしてきましたえ」ということでした。
今では「洛中の蔵元」は一軒だけとなりましたが、おいしいお豆腐屋さんは健在です。
水槽に入った豆腐
地元がお守りする千年前に創建された神社の隣りの豆腐店は、この道60数年、三代目で御年83歳のおじさんが、娘さんの助けもかりながら、82歳の奥さんと切り盛りしています。
長さ40センチ近い大きなお揚げは、作るのが難しく、ほかではほとんど作られていないのでは、ということです。焼いておろし生姜と生醤油をかけた熱々や、青菜や大根などその時期の野菜と炊いたり、焼き豆腐を合わせた「夫婦炊き」にと重宝します。ひろうす(飛龍頭)は夏はお休みで、そのかわり、柚子がふぅと香る絹ごし豆腐の出番です。
おじさんは毎朝バイクで、お得意さんへ配達もしています。年季の入った道具や機械は、きちんと手入れされ、代替えのきかない働き手です。「このお店、だいぶ古くからされているんですか」と聞くと「うちはまだ新しい。100年やから」と、事も無げな答えでした。

昭和の人と値段が現役のご近所

豆腐店のご主人と手作り油揚げ
絹ごし一丁と特大のお揚げ一枚で340円也。いつも申し訳ない気持ちになりますが、おじさんはほがらかです。以前、雑誌の取材を受けたこともあるけれど、つい最近はラジオの取材があったと嬉しそうでした。町内を行き交う人が減っていく現状にも一喜一憂せず、驕ることなく、毎日おいしいお豆腐を作ることに精を出す誇り高き人。
斜め向かいの44年続く女性店主の喫茶店は、毎日やって来るご常連にとって、なくてはならない憩いの場です。コーヒー1杯350円。モノの値段は安さだけではない。店の主人の心意気がつくり出す値打ちなのだと思いました。