集いの空間と暮らしが 共存する京町家

活用しながら継承する京町家のご紹介の2回目は、前回のカフェ オリジと同じく西陣の地域にある喫茶・ギャラリー「好文舍(こうぶんしゃ)」です。
親しくしている作家さん達の個展やワークショップ、生け花教室など、様々な企画で人が集い交流し、コーヒーを飲みながらくつろげる場を提供したいと、物件を探している時にめぐり合ったのが現在の京町家でした。
明治時代に建てられた建物、路地や中庭を含め、前の所有者の方がていねいに暮らし、使っていたことが感じられる空間です。住まいとなる部分をはじめ、必要な改修を施して2018年12月1日にオープンしました。「まずこの町家があり、建物がかもし出す空間に合ったことをやりたいと思いました。そして身の丈に合った、自分自身もほっとできる場にしたかったのです」と語る、オーナーの宇野貴佳さんにお話を伺いました。

地域密着の「おてらカフェ」の運営

宇野貴佳さんと星めぐりの器展開催中の陶芸家白川三枝さん
宇野貴佳さんと星めぐりの器展開催中の陶芸家白川三枝さん

宇野さんは東山区の「おてらカフェin金剛寺」の運営にも携わっています。以前から地域密着のお寺の存在に注目し「地域の人が気軽に集まれる場をつくりたい」という宇野さんの思いに共鳴されたご住職の協力を得てスタートして6年になります。地域のみなさんが月に一度、気軽に立ち寄り、コーヒーを飲みながら交流できる場として定着しています。
金剛寺のおてらカフェ
「コーヒーの淹れ方体験」清水焼、歌舞伎文字の勘亭流、日本庭園など、様々な分野で活躍する専門家による「遊びと学びのワークショップ」「住職の朝のお勤め体験」など、京都の文化に身近にふれ、昔から地元の人々のより所であったお寺に親しむ良い機会になっています。
申し込みは不要、ワンコイン500円、だれでも参加できます。毎月第3水曜日、朝7時から10時まで、清浄な空気の境内で、初めて会った人も顔見知りの人も、みんな和やかに過ごせる最高の朝の始まりです。

おてらカフェで知り合った勘亭流書家さんの「好文舍」名入りうちわ
おてらカフェで知り合った勘亭流書家さんの「好文舍」名入りうちわ

宇野さんはこのおてらカフェを運営するなかで、地域にだれもが気軽に足を運べる場の必要性を改めて感じ、また、ワークショップで作家のみなさんと知り合って「工芸を、もう少しみんなの手に渡したい」という思いを強くし、喫茶・ギャラリーの開業を具体的に描き始めました。そこで縁あって現在の建物に出会い「西陣におもしろく楽しい場を提供する」ことが実現しました。

「暮らし方を方向づける建物」を大切にしながらも無理のない改修

好文舎の中庭に面した部屋
「好文舍」という文人好みに感じる名前のいわれを聞くと「改装の時に中庭の植栽に梅の木を植えました。中国語で梅は好文と言うので好文舍にしました。ずっとあたためていた名前とかではなくて、植えた梅の木が先だったのです」と笑って軽やかに答えました。
建物は元、呉服関係の仕事や展示に使われていたそうですが、どことなく、はんなりした雰囲気が漂っています。玄関の間と庭に面した部屋を展示と喫茶に使われています。
好文舎の床の間好文舎の富士山の欄間
りっぱな違い棚やめずらしい富士山と雲の透かしのある欄間がはめられた奥の座敷は、通常より規模の大きな展示企画や、お客さんが立て込んできた時など、その時々で適宜に利用されています。
座敷は明治時代の建築で、ガラス戸の細かい組み方の桟やガラスもその当時か、入れ替えたとしてもずいぶん古いものですが、閉めきりにするのではなく、あくまでも「大事に使って維持する」ことを実際にされていることに「建物は、使って意味があり、それが大切にすること」と改めて感じました。
好文舎の濡れ縁
濡れ縁に使われている古い木材と竹の組み合わせが素晴らしく、これも見応えがあります。お世話になった大工さんは宮大工もされていて、数寄屋建築にも詳しく素晴らしい腕のある方とのこと。使われている木材と竹は、この家に仕舞われていたものを見つけて再利用したそうです。
元の所有者の方も、いずれ役に立つ時のためにと取っておき、何十年もたってから、それを生かす目利き、腕利きの職人さんが存在することに、京都の底力を感じました。
中庭に面した部屋のガラス戸は、古い建具を売る店で見つけたそうですが、この建物にもきちっとはまっています。しっかりした木の枠に、波打って見えるガラスがはめられたかなり古いものです。去年の京のさんぽ道「雨の季節の西陣の京町家 古武邸」で「京町家は一定の寸法で建てられているので、他所の家の建具でも再利用することができる」という当主の古武さんの話を再認識しました。
好文舎の縁側
宇野さんは、できる限り元の姿を残すように改修を進める考えでしたが、すべてを町家普請にすると「驚くほどの金額」で到底かなわなかったそうです。
それで、住まいのところは、予算が折り合い、家族が暮らしやすく使い勝手の良い改修を施し「新しい職住一体」の京町家になりました。この町家改修は、今後、持ち家をどうするか悩む方、町家に住みたいけれど資金が心配、暮らしにくいのではと思案されている方にも一つの生きた事例になるのではないかと感じました。
資金の面はもちろん重要ですが、それに加えて家族、設計や工務店のみなさんが「職住一体の京町家」への思いを共有することができたからこそと感じました。

地域の魅力を高め、ものづくりのまちの可能性を広げる

好文舎の入り口
白麻ののれんをくぐり、路地を入って玄関の戸を開けると沓脱石(くつぬぎいし)があり履物を脱ぐ。障子を開けて中へ入る。敷居を高く感じる人もいるでしょう。ややもすると固くなりそうですが、宇野さんは「場を提供して運営する側」に徹し、だれもがくつろげるように、ごく自然な配慮を欠かしません。
「若い人にしたら気が張ると思います。ですから、どこから来ましたかとか、よくここが分かりましたねとか、必ず声をかけるようにしています」そしてお客さんの様子を感じながら、常連さんとそこに居合わせたなじみのないお客さんを引き合わせて、気づまりな思いをしないように声をかけますが、その絶妙な頃合い、間合いに感心します。喫茶の間の床の間には、ご近所に住む常連さんで日本画家の方の、折々の季節の絵が掛けられています。

この絵を見て話しが弾むこともあり、ある時はその日本画家さんを居合わせた若い大学生のお客さんに紹介すると、長いこと、楽しく話しが続いたそうです。
奥のほうで聞こえる、ゴリゴリゴリという音は、注文ごとに、がっしりした業務用のミルでコーヒー豆を挽く音です。これも何やら楽しい要素になっています。
作品の展示場所や出窓、廊下の隅など、あちらこちらに季節の花がとても良い雰囲気で生けてあります。これは宇野さんのお母様が、身近に見つけた花を生けていらっしゃるそうです。また、メニューにある梅シロップはお母様と奥様のお手製です。
落ち着いた、ものづくりのまちであるこの地域は、近所を歩けばすてきなお店もたくさんあるので、連携して地域を盛り上げていきたいという思いで、宇野さんは楽しい仕掛けをしています。

宇野さんが炊く小豆あんが秀逸なあんトースト
宇野さんが炊く小豆あんが秀逸なあんトースト

近所の和菓子屋さんとケーキ屋さんのお菓子を買って好文舍へ来たお客さんは、注文した飲み物と一緒にここでいただくことができるのです。また「本日のお菓子」はこの和菓子屋さんの季節の生菓子が用意されています。先日ここで展示企画をされた清水焼の若い作家さんのお皿がお菓子としっくり合っています。庭の緑も相まって目でも美味しさを味わえます。
「これもローカルなつながりがあるからできることです」と宇野さんの言葉に、人とのつながりは新しい試みが生まれる可能性を秘めていると感じました。スマートフォンで「ここらへんのカフェ」を検索して来た若い人たちも、京町家でのゆっくりした過ごし方を楽しんでいると思います。
「ただいま」や「宿題終わったよ」の声が聞こえ家族の応援が感じられる好文舍は、京町家と暮らしと仕事、地域と人の、希望のある関係を示してくれています。

 

喫茶・ギャラリー 各種教室 好文舍
京都市上京区油小路通上長者町上る甲斐守町118
営業時間 10:00~18:00
定休日 日曜日