季節を映す 和菓子の楽しみ

茶の湯の文化と歴史に磨かれ、育まれてきた京都の和菓子は、小さいながらひとつの世界感を表す芸術品のようです。
茶席のお菓子となるきんとんは、芯となる餡玉のまわりに、色付けした餡をそぼろにして付けてあります。形はみな同じで、そぼろの色使いと、お菓子に付けた銘だけで季節や慶びの心などを表現するので、職人さんのセンスと腕の見せどころと言われます。春まだ浅い頃の「下萌え」に始まり、春の山、かきつばた、紫陽花、そして秋はこぼれ萩、嵯峨野など菓銘と色使いが相まって、季節の情景が漂います。
つくね芋の皮で餡を包んだ薯蕷(じょうよ)饅頭もまた、表面にさっと一筆はいた色や焼印で、季節が表わされています。京都には、小さなお菓子に込められた思いをくみ取り、共有する豊かな文化が色濃く残っています。
一方、普段使いの美味しいお菓子を作る身近なお店は、肩ひじ張らず、気軽に入ることができます。店頭に並ぶおだんごやお餅の類を見て「おやつに買って帰ろかな」と、あれこれ迷いながら、やっと決めます。包んでもらうあいだ、お店の人とひと言、ふた言話すのも楽しい。包みを受け取った時「あれも食べたかったなあ」と、心残りを感じつつ、満ち足りた気持になります。こういうお店も、いつまでもあってほしい京都のひとつです。

映画の街で愛されて100年

太秦を走る嵐電
京都のまちをゆるゆる走る、通称「嵐電(らんでん)」は、通勤・通学や買い物など、市民の足として活躍しています。
この嵐電に乗っていた時、みかさ、よもぎだんご、うば玉などと書かれた張り紙が目に入りました。みごとな墨文字とお店のたたずまいに、きっと美味しいお菓子屋さんだと思いました。

田井彌六代目と娘さん
田井彌六代目と娘さん。家族みんなで創業143年の老舗を盛り立てます。

店頭に並ぶ和菓子
そのお店「田井彌本舗」は、嵐電帷子の辻(かたびらのつじ)駅のすぐ近くにあります。
明治7年(1874)東山区で創業し、50年余り祇園で営業を続け、昭和4年に現在の地に移転し、以来143年、四季折々の和菓子や、季節の習わしに沿ったお餅やお赤飯など、京都の暮らしに根ざした美味しいお菓子屋さんとして、地元で愛されています。
太秦へ移転した昭和4年は「日活太秦撮影所」が建てられた翌年にあたります。まさに日本映画の黄金期の生き生きとした時代の息吹きのなかで商いをされてきたのです。
俳優の田村高廣さんは、多井彌本舗のお菓子が好きで、東京の自宅へも送ったという、映画の街らしいエピソードを聞きました。小栗康平監督作品「泥の川」の渋い演技の田村高廣さんが相好を崩して「おっ、京都から届いたか」とか言ったのかな、などど想像すると、今は亡き名優に親しみを覚えます。

待ってました、栗赤飯

田井弥本舗の栗ご飯
お店の、くり餅、栗赤飯の張り紙を見て季節の到来を知ります。きんとんや薯蕷まんじゅうも秋の装いになっています。
お赤飯や白いお餅も作ってくれる菓子屋さん、言うところの「おまんやさん(お饅頭屋さん)」は、京都の特徴でしょう。田井彌本舗も、お赤飯、お祝やお正月のお餅を作っています。なかでも栗赤飯は、毎年多くのお客さんが待っています。
お菓子の名前を書いたすばらしい墨文字は六代目の奥さんが書かれています。この美しい文字も田井彌の一部です。
ある日の夕方、中学生の女の子が「これ一つください」と言って、くり餅を指しました。「和菓子が好きですか」と聞くと、少しはにかんで「はい」と答えてくれました。
家族で切り盛りする、まちのお菓子屋さんが、これからも京都の暮らしの習わしと、季節を知る楽しみを教えてくれます。

 

田井弥本舗
京都府京都市右京区太秦堀ヶ内町28
営業時間9:00~19:00
不定休