夏を送り 秋の気配漂う

二十四節気の暦では、今は立秋の次の時節、処暑(しょしょ)にあたり「暑さがおさまる頃」です。ことのほか厳しかった残暑が影をひそめるまであとひと息。夏を送る行事をすませると、空は高くなり、吹く風にも心地よさを感じます。夏の名残りを惜しみつつ、秋の訪れを心待ちにしています。

子ども達のお楽しみ「地蔵盆」

地蔵会(じぞうえ)
夏休みの思い出に「地蔵盆」と応える京都人は多く、辻々に大切に祀られているお地蔵さんは、京都のまちを強く印象付けています。
八月の末に、それぞれの町内ごとに行われる地蔵盆は、子どもの健やかな成長と、町内の安全を願う行事であり、地域のつながりのたまものと言えます。少子高齢化や職住分離の生活などにより、地蔵盆の伝統も変化してきていますが、今も多くの町内で守り伝えられ、子ども達の夏休みの最後を楽しく彩っています。
中京区の山崎町町内のお地蔵さんは、西木屋町三条下ル、高瀬川沿いの祠に祀られている大日如来です。「彦根藩邸跡」の標柱が如来さまをお守りするかのように脇に建っています。京都のまん中の繁華街、普段は子どもの姿を見かけることのない地域ですが、地蔵盆には、町外に住む子ども達が必ずやって来ます。
数珠回し
直径3メートルくらいもある、長い数珠を囲んで輪になって座り、読経に合わせて、その数珠を回していく「数珠回し」も行われています。年上の子が年下の子の面倒をよく見ています。お菓子をもらい、ゲームや福引に歓声をあげる子ども達。福引の景品やお菓子は、お世話役が飛び回って、今人気のものが集められていました。
最年少の参加は、今年の七月七日生まれの女のあかちゃんでした。地域の様子は変わっても、山崎町町内会には、つながりを大切にするまちの精神と機能が生きています。子ども達の姿は、繁華街の町内をひと時、生き生きした暮らしのまちの表情に変えていました。

お地蔵さんに供えるお膳

お地蔵さんへのお供えのお膳

お供えを作る伊藤さん
「普段お店で使っている食材でお供えも作っています」と気負いなく語る伊藤さん

山崎町では、地蔵会(じぞうえ)=地蔵盆の日と、大日如来の縁日である28日にお参りをされています。お供えするお膳は、近所に住む伊藤さんが担当しています。
28日の献立は、白飯、豆腐のすまし汁、野菜の炊き合わせ、ずいきのごま味噌、ぬか漬けでした。出汁は昆布と乾椎茸でとり、前の晩からの準備です。時代の流れのなかで、簡単にしようと思えばそうなりそうな、こういう目に見えないところも変わりなく手をかけて行われています。
読経がすむとお供物やお飾りはさっと片付けられ、祠の扉を閉じ、今年の夏を仕舞いました。

萩の花に漂う秋

萩の花
残暑のなかで、楚々とした姿を見せてくれるのが萩の花です。山上憶良は、万葉集で「萩の花、尾花、葛の花・・・」と秋の七草の筆頭にあげ、花のなかでは一番多く詠まれています。乱れ萩、こぼれ萩、萩の宿など美しい季語からは、いかにも枝がしない、風に揺れ、こぼれるように咲く萩の花の様子が目に浮かんできます。
京都には、萩の名所や似合う場所が点在し、萩祭や花の見頃には多くの人が訪れますが、桜や紅葉に比べれば、ひっそりしたものです。山道や水路の端、家の庭に咲くつつましさが、日本人の感性に合うのでしょうか。正岡子規も、こんな句を残しています。
 
萩 咲 い て   家 賃 五 円 の  家 に 住 む
 
しばらくすると秋のお彼岸です。お菓子屋さんの店先に「おはぎ」と大きく書かれています。春は牡丹の花にちなみ「ぼた餅」、秋は皮がやわらかい新小豆を使うので粒あんにし、その粒が萩の花に似ていることから「おはぎ」となったと言われています。
これも暮らしと季節が密接な日本だからこそ。こんな小さな楽しみを見つけながら、秋を待つことにしましょう。
おはぎ