喫茶店で始まる 京都の朝

足早に駅の改札を出て、せかせか歩いている時、どこからか漂ってくるコーヒーの香りが、あわただしい気分をなだめてくれます。
京都は喫茶店が多いまちと言われます。雑誌やムック本でも、京都のおしゃれなCafeとスイーツとか、京都人おすすめの店などとして紹介されています。
京都に住んでいる者としては、チェーン店が増えたというのが実感なのですが、それでも大きな通りから少し逸れると、ひっそりとたたずむ、いい雰囲気の店に出会います。近所の人や出勤前の人たちが、スポーツ新聞を広げたり、世間話をしながらモーニングコーヒーを楽しんでいます。こういう喫茶店に入れば、朝の始まりは上々です。

スイーツやカフェではない「喫茶店」という場所


阪急電鉄の西院駅周辺は、たくさんの飲食店がひしめいています。20〜30代の人たちが入りそうなワインバーから、テレビドラマの撮影場所にもなった、立ち飲みの店や居酒屋まで集まった駅裏の一画です。人通りも少ない朝7時に、もう店を開けている喫茶店イデヤがあります。現店主のご両親が昭和30年代に始めてから60年近く、この地で営業を続けています。

60年近い年月の、物語が感じられる店内

店内は広く,時を経ていい味わいを出しているテーブルに椅子、ソファー。東側の窓からは、やわらかな光が差し、常連のお客さんが思い思いに、朝のひと時を過ごしています。「気取りのない、いつもの朝」という空気が心地よく感じられます。
初めて入った時のこと。ミックストースト(ジャム&バター)の小とブレンドコーヒーを頼みました。しばらくして、お待たせしました、どうぞと、テーブルに置かれたトーストの分厚さに、てっきり間違って普通サイズがきたのだと思い(普通にしても厚い)「あのう、トーストは小をお願いしたのですが」と言うと、「これ小なんです」という返事に驚きました。なんと5枚切りです。普通サイズのボリュームは如何に。
このミックストーストと、ていねいに淹れてくれたコーヒーの朝食をとった日は、一日、力が途切れません。気分が乗っている日も、何となく気が重い日も、ほっとひと息つけるのは、こういう喫茶店です。
お客さんと一緒に、長い時をかけて重ねてきたなかで醸し出される、その店の空気感こそ「喫茶店」という場所の、ほかでは得がたいものなのだと思います。

代替えをつくらない家具や道具

コーヒー通とは言えない私でも、イデヤのコーヒーを最初に飲んだ時から、飲み口がやわらかくおいしいと思い、好きになりました。イデヤでは、今でも初代から引き継いだ、ネルドリップ式で淹れています。ところが、今まで仕入れていた所がこのネルフィルターの製造を中止してしまったそうです。「今あるフィルターがいつまでもつか」と、気がかりです。


開店した時からあるソファーや椅子も、何回かシートの張り替えをしたそうですが、いつも頼んでいた職人さんが高齢になり「次の張り替えの時には、他にやってくれる所を探さなあかんと思うけど、職人さんおるんかなあ」と言われました。そして「張り替えるのと、新しいのを買うのと、かかるお金は変わらへんのやけどね」と続けました。

京都の良さが生きている喫茶店の存在

お客さんは常連さんが多いですか」と聞くと「そうやね、ほとんど常連さんやね。そやからお客さんは、ほとんど年寄り。若い人はハンバーガー屋やチューン店に行くし、コンビニの100円コーヒーを売り出してからよけい来なくなった。安いし、歩きながら飲んだり、気楽に長い時間いられるしね」と、現状をほがらかに笑って話してくれました。
今のところ、華やかに取り上げられたり、行列ができたりはしない。そういうことより、開店の時からの「お客さんにとって居心地の良い、コーヒーのおいしい喫茶店」出あることを大切にして営業を続けるイデヤ。こういうところに京都の底力、京都の奥深さを感じます。そしてこの層の厚みが、多くの人にとっての「また訪れたいまち、京都」なのだと思います。