梅雨の曇り空の下に、鈍く光る屋根瓦が、低層の町並みに、落ち着いた美しさをつくりだしています。その屋根には、風雨に耐え、魔除けとして家を守る鍾馗さんの姿が見えます。
京都は、昔から鍾馗さんを大切にしてきました。普段は見上げることしかできない鍾馗さんと間近に出会えるという興味深い企画を知りました。町家を改装したシェアオフィスを会場にした「瓦と鍾馗さん」へ行って来ました。
屋根から下り立った鍾馗さん
会場は築約100年の、生糸問屋、そして内科小児科医院として使われていた京町家です。
西陣の生糸問屋としての風格とともに、町内のかかりつけのお医者さんとしての親しみも感じる空間です。
玄関と広い表の間に、鍾馗さんが「百体百様」といった趣で並んでいます。鍾馗さんは古代中国の歴史上の人物で、鬼に襲われた悪夢から玄宗皇帝を救ったという逸話から、鬼を払う神さまとして祀られるようになりました。やがて、瓦製の鍾馗さんを民家に置くようになり、関西、特に京都は多くみられるそうです。
町家の空間をうまく生かした展示に、それぞれの鍾馗さんたちの個性を発揮しています。迫力のある「本家」鍾馗さん、表情もしぐさも愛嬌のある鍾馗さんと、ゆっくり対面するように楽しく見ていきました。格子を通してさし込む淡い午後の光が、陰影をつくりだして作品としての魅力を感じさせてくれます。
鍾馗さんをプロデュースしている光本瓦店の光本大助さんは、多くの社寺仏閣、文化財、民家の仕事にかかわる瓦職人「現代の名工」です。瓦屋根の工事現場で古い鬼瓦や鍾馗さんに出会います。光本さんによって「救出」された、職人の技がひかるその一部も展示されていました。
珍しい狛犬も、ちゃんと「阿吽」の2体揃っています。これは穴をふさいだりした所をそのままむき出しにしないように取り付けたものだそうです。職人さんの高い技術とともにあそび心、しゃれ心が感じられ「粋やねえ」と声をかけたい気持ちになります。腕もいいけれどセンスも光っています。
瓦屋根の現場からは、たくさんのことがわかるのだと知りました。とても奥が深い仕事です。
きれいな衣装を身に付けたかわいい鍾馗さんが目を引きます。これは娘さんのなお子さんの作品です。子どもの頃から、ものを作ること、それも絵をかくなど平面よりも立体が好きだったそうで、大学で陶芸を専攻し、卒業してからも陶芸家を目指し、経験を積みました。愛らしい3体は「NEW STYLE NAOKO PRODUCE」として発表しています。
「鬼師さんの鍾馗さんは迫力がありますが、私のは、家の中でにらみをきかす、かわいくて、楽しい新しい鍾馗さんです。」家に帰って、こんな鍾馗さんが迎えてくれたら、魔除けだけでなく、思わず微笑む癒しの鍾馗さんになってくれそうです。
なお子さんは陶芸の技法と異素材が融合した、独自のアクセサリーを制作していますが、師匠について日常に仕える器も手がけています。土をろくろで成型する時「手が覚えてきたな」と感じると語ります。土と向き合っている人の確かな実感です。
「今回の展示は師匠が担当してくれました」とのこと。帯を使ったディスプレーや、ひな壇のような並びなど、この町家の空間がみごとに生きた展示でした。これから様々な、なお子プロデュースの「NEW STYLE」が生まれてくるのか楽しみです。大助さんと二人で「父娘の温故知新」のような企画展を思い描きました。
シェアオフィスを地域に開く取り組み
リノベーションされた町家シェアオフィスは、現在3つの事務所が入っています。できるだけ元のかたちを残そうとした改修で、そこここに、かつての人や営みを感じることができます。○○銭という墨の文字も鮮やかな、壁の下張りの反古紙もそのままです。水屋や格子など使えるものは使い、建具などの一部は、古道具店で探してきたものもあります。
季節の草花が自然そのままに生けてあるのも、清々しく、建物に沿っています。すべてスタッフのお母さまが育てているものだそうです。
展示の間だけでなく、奥の仕事スペースも見せていただきました。はしりのスペースをうまく生かし、りっぱな梁が通った高い天井、緑が気持ちをリフレッシュしてくれる庭など、すばらしい環境です。
医院として地域のみなさんに親しまれた家だったこともあり、表の間を、商家の「店の間」に見立て、地域のみなさんに参加してもらえる「ミセノマ」企画を行っています。今回の「瓦と鍾馗さん」で25回を数えます。6月16日には、光本大助さんの「瓦と鍾馗さんのお話」も開かれます。光本さんは「京都府瓦工事組合」町家を再生し次世代へ受け継ぐための相談窓口である「京町家作治組」「古材文化の会」などの活動もされ、京町家とそれを支える職人の技術の継承に取り組んでいます。
「ミセノマ」がある笹屋町通は京のさんぽ道でご紹介した「カフェ オリジ」の近くです。町並み保存と環境を保つ取り組みを、地域でされています。
課題をかかえながらもそれぞれの場所で「京都のまちと暮らし、生業」を成り立たせる営みが続けられていることを感じました。
光本瓦店有限会社
京都市北区大北山原谷乾町117-8
町家シェアオフィス「ミセノマ」
京都市上京区笹屋町通 大宮西入桝屋町601