「ヘタ」と名付けた 職人の矜持

かつては地元京都民が週末の外出を楽しんだ新京極も、清水や嵐山などと同様に多くの観光客でにぎわい、外国語が飛び交っています。
繁華街の新陳代謝は激しく、店舗も入れ替わっていますが、ずっと同じたたずまいのお店を見るとほっとします。そのなかで「ヘタな標札屋」という強烈な名前の看板と言えば「ああ」と思い当たる人は多いと思います。「へた」は腕に覚えのある職人の心意気です。
ひさしを並べるお隣は、泉式部ゆかりの誠心院というこれ以上ないほどの、京都な立地の、表札とともに手の仕事が伝わる陶器が並ぶお店で話をお聞きしました。

観光都市の繁華街の表札屋

新京極商店街
常日ごろに使う商店街というより、観光で訪れた人や、家族や友だちと食事や買い物をする新京極。そこにある表札の専門店の存在が際立っています。「光昭堂」は昭和10年(1935)の創業ですから今年で88年を迎えました。明治になり東京遷都ですっかり意気消沈してしまった京都をまた盛り立てようと、当時の槇村正直京都府知事が付近の寺院の境内を整備して造った南北の通りが、新京極です。芝居小屋、寄席、そして映画館や飲食店が立ち並んでとてもにぎやかだったようです。
へたな表札屋 光昭堂へたな表札屋 光昭堂
光昭堂はその新京極の変遷を見つめてきました。「ヘタな標札屋」と名付けたのは先代で「自分の書く字に誇りを持っていたのやと思います。ヘタと言い切るとこがすごいと思います。」と語ってくれたのは当代の奥様です。当代は大学の法学部で勉強した人でしたが「息子は父親の跡を継ぐもの」として粛々として表札の仕事についたそうです。
へたな表札屋 光昭堂
現在はマンションが増え、表札を目にすること自体少なくなっていますが、それぞれの家にふさわしい表札はまさに「家の顔」です。年月を経た木造の家、モダンな時代を写した家など、表札はその家の一部のようです。
材質も桧、桜などの木質に大理石、陶製など多種多様です。それぞれの注文に合った文字を書ける書き手に仕事を割り振るのも仕事です。和装業界の悉皆屋さんのような、言ってみればプロデューサーのような役目と言えるでしょうか。
「大学の法科を出て、その勉強はこの仕事に直接関係なかったけれど、英語ができたので外国のお客さんと話しが通じてたしね。英語を日本語に訳して文字を書いてあげて喜ばれました」そして「人間だれもみんな、いくつになっても勉強が大事やね。勉強することで人は大きくなっていく」と続けました。けれんみのないその言葉は、しっかり胸に響きました。

表札と陶芸の共存、新たな選択

安藤陶房の器
表札とともに店内のかなりのスペースに並んでいる陶器は宇治市の炭山工芸村に「安藤陶房」を構える娘さん夫妻が作製しています。清水焼の伝統に学びながら、自由に日常的に使える食器がつくられ、その数々が、暮らしの一場面のようにディスプレーされています。
「私の父は清水焼の問屋をしていましたので、子供の頃から食器は清水焼でした。娘たちがつくっているのは土ものなので、最初は磁器とは口当たりが違うなあと思いました。けれどなれると、土ものは水分を吸いますから、ご飯が美味しくて。土ものの良さですね」作品はつくった人の個性があらわれるそうで、娘さんははっきりした性格なので作品も大胆なものが多い。反対に娘婿さんは、絵付けなども優しい雰囲気なのだそうです。
安藤陶房の器
外国の風物をもとにしたエキゾチックな文様、野原に咲いてるかのような花一輪など違う個性が湯呑、ご飯茶碗やカップなど、日常使う食器が思い思いに彩られています。どうぞ手に取って見てくださいと、すすめてくださったので、ひとつずつたなごころで包むようにして見ていきました。手にすっきりおさまります。探していたのは少し大ぶりの湯呑みでしたが、青磁色をしたフリーカップに決めました。下のほうに、ぐるっと金彩が施されています。厚く盛るように描かれた金彩は、下のほうのぐるりだけというのも潔いデザインに感じます。ろくろと絵付け、夫婦合作と聞きました。店内には清水焼の問屋をしていた頃の茶器なども展示品として置いてあり、土ものとの持ち味の違いを知ることができます。
安藤陶房の器
表札の店に陶器を置くようになったのは、少しでも展示する場所を増やし、娘さん夫妻の助けになることを考えてのこと。多くの人にまず知ってもらうことが大事と踏み切ったそうです。今現在、陶芸も他の伝統産業も従事する人が少なくなっている現状があります。そのようななかで、例えばこうした「異素材」の手仕事を組み合わせることもできれば、また新たな展開が生まれると感じます。
へたな表札屋 光昭堂
「新京極も本当に変わりました。これまでと同じ場所で店を続けているところは本当に少なくなりました。うちも跡継ぎは決まってませんけど。でも身内でなくても、だれかこういうことに興味を持つ若い人が、インターネットも使いながらこの店をやってもらえたら、きっと面白いことができると思います。そういう人はどこかにいると思いますしね」そして最後に「私もまだまだ勉強することがあります。人間は勉強せんとね」とくり返されました。「ヘタ」に込められた職人さんの誇りと志を教えられました。志ある若い人が「光昭堂」のヘタの心意気を継承されるよう、願っています。

 

光昭堂(こうしょうどう)
京都市中京区新京極通六角下ル中筋町487-6
営業時間 11:00〜
定休日 なし