石清水八幡宮門前の 名物餅

昔から栄えた街道筋や名のある社寺の門前には、必ずと言えるほど、名物の食べ物があります。なかでも手っ取り早くお腹を満たしてくれるお餅は、多くの旅人の旅の楽しみにもなりました。今も変わらぬ味の名物餅は、参詣を終えたひと休みに、またおみやげにと、時代を超えて人々に愛されています。

はちまんさんの門前に、なくてはならぬ店

日本三大八幡宮に称せられる、国宝石清水八幡宮

梅雨の晴れ間、久しぶりの石清水詣でをしました。境内の空気は清々しくひんやりして、木々の生気を感じます。うぐいすのさえずりがすぐ近くに聞こえます。「お見事」と、声をかけてやりたいほど、高く澄んだ声で鳴いていました。同じ「ほーほけきょ」でも、求愛はやさしく、縄張りの宣言や、警戒している時は、低く鳴くそうですが、本当に珠をころがすような、美しい鳴き声でした。
八幡宮が鎮座する男山は、都の裏鬼門にあたり、鬼門の比叡山延暦寺と並び、都を守護する神社として、朝廷や貴族から篤く敬われてきました。そして地元では「はちまんさん」と親しみを込めて呼ばれ、時代を越えて多くの人々の信仰を集めてきました。一昨年に、国宝の指定を受け、八幡の歴史と文化を生かして地域をもっと元気に楽しくしようと、地元の気運も盛り上がっているようです。

一の鳥居の前にある、昔は旅籠だった趣きのある建物が「やわた走井餅老舗」です。走井餅は、江戸時代中期に大津で創業し、湧き出る「走井」の名水を使い、餡を包んだお餅を作ったことが始まります。独特の形は、平安時代の名刀工、三條小鍛冶宗近が、走井で名刀を鍛えた故事にちなみ、刀身をかたどったものと伝えられていまするそうです。明治43年、六代目の四男井口嘉四郎・イト夫妻により、本店と同じく、清らかな水の湧く現在の地に開店されました。以来100年、親子三代にわたるお客様もあるように、訪れる人みんながほっとできる、八幡様のお参りコースになくてはならないお店です。

名代名物 走井餅と邪気を祓い夏を無事こせるように願う水無月

今回は走井餅と、水無月をいただきました。走井餅は、その手間暇や苦労を感じさせない、さらりとした美味しさにあらためて感動。食べる人が「作る大変さ」を、いちいち思わなくてもいい「お餅ですから、気楽においしくどうぞ」という心を感じました。
水無月は、むっちりした、外郎生地に豆の風味が生きる小豆が一面に乗っています。6月晦日は「夏越の祓」(なごしのはらい)です。昔、昔宮中では、夏を無事乗り切れるように願って、氷室に保存した、貴重な氷のかけらを口にしたとか。この氷のかけらの形を写したと言われる水無月をいただいて、茅の輪をくぐれば、今年の夏も大丈夫な気がしてきます。

小さなことでも、こういった季節の決まり事は、ばたばたした毎日を送っているだけに、気持ちが少し和らぎます。

相槌神社のある東高野街道


一の鳥居の横の道を少し進むと、どこか旧街道の面影のある道に出ました。京都から高野への道「東高野街道」(ひがしこうやかいどう)です。河内長野で、堺から南下する西高野街道と合流するそうです。平安時代の末期、全国を行脚した高野聖によって、高野山参詣が盛んになり、たくさんの人々が行き交った道です。

「八幡相槌神社」(やわたあいづちじんじゃ)という額が掛かった小さな社と、今は使われていない井戸の跡、そして「山ノ井」と刻まれた石標がありました。由緒にはざっと「創建は不詳。伯耆国の刀工、大原五郎太夫安綱が鍛冶する時、相方がいなかった。すると神様が来られて“相槌”をつとめてくれた。よってここに神様を祀ることにした。また、走井餅とも所縁のある、三條小鍛冶宗近もここの山ノ井の水を使った。以来、1000有余年守られている」という内容が記されていました。
相槌は、鍛冶の仕事で二人が交互に槌を打ち合わせることをさしていました。そこから、相手の話にうなずき、巧みに調子を合わせること、という意味になったようです。よく知っている諺の語源の名を奉った神社との思わぬ巡り合いでした。地元のみなさんが大切に守って来られたそうですが、傷みも出てきて、今「次の千年への歴史を共に繋ぎませんか」と、募金を呼び掛ける文書が張ってありました。

新しい建築の民家が多いなかで、軒の低い、いかにも街道沿いに似合うお菓子屋さんがありました。使い込まれた蒸籠や、石臼など、今も現役の道具が目を引きます。東高野街道は、歩けばまだまだ楽しい発見がありそうです。

何年たっても、訪ねて行けばそこにある嬉しさ

多くの参拝者で賑わった、八幡淀川井筒浜の旅籠にあった、定宿を示す講札が飾られる走井餅の店内

やわた走井餅老舗は、十代目の娘さんが、次期当主、十一代目になるべく家業に専心しています。新しいメニューや季節のお菓子、新商品の紹介など、ブログはほぼ毎日発信されています。八幡のはちまんさんのおひざ元で育った土地っ子の目線で綴るブログは、仕事のこと、子どもの頃から見てきた折々の行事、豊かな自然が教えてくれる四季の変化、そして地域のにぎわいつくりの取り組みなど、とてもいい感じで中身がぎゅっと詰まっています。その中で、走井餅を伝えてきた代々の人々や、廃業した大津の本家の「走井」を月心寺というお寺として守っておられる、日本画家橋本関雪のお家のみなさんへの感謝がていねいに記されているのが印象的でした。
十代目であるお父様も「本家がちゃんと残り、走井が守られていてこその走井餅です。どれだけ感謝しても、し尽せません。本当にありがたいことです」と話しておられました。おふたりのこの言葉からも、時代は激しく変化しても、淡々と日々の仕事を実直に続けていくことの大切さを教えてもらった気がしました。お餅の味、お客様がほっとできる心遣いは、そこから生まれているのだと思います。子どもの頃のうれしかったこと、それぞれの人の楽しい思い出につながる大切な場所が、今も同じように迎えてくれる。それがやわた走井餅老舗です。

 

やわた走井餅老舗
八幡市八幡高坊19
営業時間  8:00~18:00
定休日 毎週月曜日