お盆間近の猛暑の日、京都府南部久御山町の東一口(ひがしいもあらい)を訪ね「東一口のふる里を学ぶ会」(以下学ぶ会)のみなさんの、お精霊(おしょうらい)さんにお供えする「しんこ団子」作りにおじゃましました。会場は、壮大な長屋門を構えた国登録有形文化財「旧山田家住宅」です。威風堂々とした旧家を背景にして、なごやかにみんなで励むお団子作りは壮観です。現在は久御山町が管理し一般公開されています。
学ぶ会ではこれまで、この旧山田家住宅の清掃や、ここを拠点にして、地元に伝わる行事や食文化の継承を中心に、しっかり地に足のついた活動を続けてきました。
京のさんぽ道では、前回まで3回連続で町家の活用と継承についてご紹介してきましたが今回は番外編として、歴史的な文化財をふるさとの文化継承の実践の場とすることで、地元の人々が活用と保存の担い手となっている東一口の特集です。町家や地元の習わしをどう維持し、次世代へつなげていくかが課題となっているみなさんにとっても、再生継承への希望の糸口になればという思いでお届けします。
巨椋池と東一口の大庄屋山田家
京都府南部の久御山町「東一口(ひがしいもあらい)」は、かつてあった湖のように大きな「巨椋池(おぐらいけ)」の南西に位置しています。巨椋池が干拓で埋め立てられるまでは、漁業で栄え「京都府南部 東一口のお正月のにらみ鮒」でご紹介したように、川魚を使った豊かな食文化が今も受け継がれています。
山田家は、江戸時代には近郷13か村をまとめる大庄屋の家柄にあり、巨椋池の漁業を取り仕切る重要な役も務め、名字帯刀を許されていました。瓦葺きに漆喰の土蔵造りの長屋門と同様の造りの塀をめぐらせた堂々とした姿は、山田家の格式とともに東一口の歴史をも感じることができます。
北側には前川が流れ、桜並木が続き、お花見、葉桜、紅葉と四季それぞれに美しい風景を楽しむことができます。
また長屋門は、一般的には収納や働く人の部屋に使われていましたが、こちらの長屋門は来客の控えの間としても使用できるように床の間を設えたりっぱな造りで、文化的、建築史のうえからも貴重な建物です。現在は「展示室」が置かれ、干拓以前の巨椋池の様子や漁業について知ることができます。竹製の大きなざるなどの漁具、新たに収蔵された実際に漁に使っていた舟など、往時の東一口がしのばれます。
主屋の式台のある内玄関をはじめ、内部の欄間などの建具や襖絵、釘隠しに至るまで意匠を凝らした素晴らしい技が見られ、江戸時代の大庄屋の由緒と格式を伝えています。このように山田家は、古くから漁業のまとめ役を果たした地元からの信頼も厚い家であり、また代々守って来られた貴重な歴史的な建造物の邸宅がこの地域の象徴として現在もあるということは、本当に素晴らしいことです。そして今、地元のみなさんの学びと交流の拠点として新たな役割を果たし、新しい歴史を築いています。
季節ごとの行事を楽しく学ぶ
お盆にお供えするしんこ団子作りの当日、旧山田家住宅には朝早くから作業台や大きな蒸し器が運び込まれ、8時にはお団子作りが始まりました。お盆の精進料理やお団子も家の味付けや流儀があり、それぞれに行われていますが、おさらいのような感じで、説明書を聞きながら作業が進みました。
火にかけた米粉をダマにならないように、また焦がさないように混ぜていきますが「ふつふつしたら弱火にする」という、ふつふつの見きわめや火加減、火を止めるタイミングなどにコツがいりそうです。
その後、生地をこねますが、思いのほか力がいり、みなさん汗だくになっていました。こねあがった生地を小分けして丸め、細長く伸ばしてから両端をつまんで二回ひねり、決まりの形に仕上げます。これもなかなか難しそうでしたが、器用な会員さんの手ほどきで、きれいに形が揃っていきました。蒸し上がったら風をあてて冷まし、つやを出します。
用の済んだ蒸し器やボールを、男性チームがささっと洗い始め、日頃の活動ぶりが見てとれました。動きがとても自然なのです。つやつやのお団子の試食は、いっそう楽しそうな雰囲気で話もはずみました。
お精霊さんの迎え方、六地蔵めぐりや六道参りなど、東一口の習わしについて次々と豊富に話題が出てきます。にらみ鮒の取材でお世話になった鵜ノ口彦晴さんのお家も、お精霊さん迎えをきちんとされています。7日にお墓参りをし、ご飯、いとこ煮、きゅうりの酢の物、椎茸とぜんまい煮、漬物のお膳をあげ、13日の朝に果物などをお供えし飾りつけ、夕はかぼちゃ煮と始まり、その後14日15日16日まで、おはぎ、なすのおひたし、あらめとお揚げの炊いたん、そうめん、すいかなど朝昼夕と決まった献立のお供えをします。鵜ノ口家では、しんこ団子は16日の朝10時頃にお供えするそうです。
「お精霊さんの献立を書いた帳面がある」「お盆は家を空けられへん」という言葉には、大層なことをしているという雰囲気はなく、毎年お盆の行事を続けられている晴れやかな心を感じました。大切なことはこうして受け継がれています。「昔は新仏様のある家は船大工さんに頼んで舟を造ってもらって、その舟にお供えを乗せて宇治川に流していた」「六道参り」や「六地蔵参り」など聞けば聞くほど興味深い話ばかりです。また「昭和28年の洪水の時は家が浸かった」と聞き、山田家が洪水対策として、石積みをして道路より高くしているという説明も現実に必要性があったのだと実感することができました。
おみやげにいただいたしんこ団子の包みは、まだほのかにあたたかく、その日の集まりの余韻のように感じました。
多彩な活動を生む、会員の引出し
学ぶ会では毎年、お盆に欠かせない蓮を用意して「蓮の生け花教室」を開いて喜ばれています。コロナウイルス感染を避けるために、去年今年と学ぶ会の活動は大幅な縮小を余儀なくされ、恒例のこの蓮の生け花教室も中止せざるを得ませんでしたが、蓮の花の配布は今年も行いました。お盆に間に合うように、12日の早朝に会長の片岡清嗣さんが蓮を運んでくれました。
お供えを盛る大きな葉、お浄めの水に浮かべる小さな葉、巻いた葉に花は開いたものとつぼみが用意されました。会員さんが育てている蓮です。
かつて巨椋池は蓮の名所として知られ、多くの種類の花が咲き誇り、蓮見舟も繰り出しました。やがて干拓によって巨椋池が農地となり姿を消してしまいました。その蓮の種を大切に拾い出し、みごとに復活させたのが、会員さんのお父さんでした。その蓮が引き継がれ、学ぶ会のお盆の生け花教室に使われています。鵜ノ口さんの軽トラで蓮畑へ案内していただきました。
かつて豊かな漁場であった巨椋池跡には、農地が広がり、京野菜の重要な産地となっています。農道にサギが舞い降りて来て、なかなかどきません。鵜ノ口さんは「人間が近づくと逃げるが、軽トラだと逃げない。トラクターで畑を耕していると、ミミズや小さな虫が土のなかから出てくるので、鳥が行列を作って後をついてくる」と、毎日畑へ出ているからこその何とも微笑ましい、愉快な話を聞きました。東一口の地域と学ぶ会からは、どんどん興味深い話に出会うことができます。
鵜ノ口さんは「みんなそれぞれの引出しを持っているので、いろいろなことができます」と語ります。伝承の料理、コンサート、映画上映会など「引出し」の多彩さも学ぶ会の特徴です。地元の文化をより深く知り、普段の暮らしのつながりから、幅広い世代が活動に参加し地域を持続させる力となっている「東一口のふる里を学ぶ会」にこれからも注目していきたいと思います。
旧山田家住宅
京都府久御山町東一口35