京都裏寺町 若冲ゆかりのお寺

裏寺町通り。短く「うらでら」と呼ばれる京都の繁華街の真ん中の通りは、お寺と個性的なお店が並び、京都だからこそと感じる独特の雰囲気をつくり出しています。
ここに伊藤若冲ゆかりのお寺があります。開創から740余年の歴史を刻んできた、若冲と伊藤家の菩提寺である「宝蔵寺」です。プライスコレクションをきっかけに、若冲の作品と人物像が広く知られることとなり「若冲ブーム」が起きました。宝蔵寺は、忘れられていた時代も含め、若冲が建立した墓石や所蔵する作品を修復し、守っています。
先日行われた「寺宝展」に伺いました。回りの環境は著しく変化して、お寺を見下ろすようなビルが建っても、宝蔵寺は変わりなく、おだやかな日々を願うお参りの人々をあたたかく迎えています。ご住職の小島英裕さんに話をお聞きしました。

若冲とその仲間が目の前に

寺宝展
寺宝展最終日は春うららの気持ちよい日となりました。裏寺町通には大きなお餅を捧げ持った大黒様が目を引く、寺宝展のポスターが道案内のようにはり出されています。
伊藤若冲は、宝蔵寺のすぐ近く、錦小路の青物問屋の長男として生まれました。若冲とは300年以上前からのご縁でつながっていることになります。宝蔵寺では毎年若冲の誕生日である2月8日に合わせて「生誕会」と「寺宝展」を行っています。今回は初公開の作品が3点、若冲筆の「髑髏図」「竹に雄鶏図」も展示されています。
宝蔵院
普段は公開されていない本堂では「若冲応援団」のみなさんが受付のお手伝いをされていました。こうした活動も、宝蔵寺を支える大切な力になります。廊下づたいに手入れの行き届いた中庭を見ながら展示場の書院へ。美術館とは違う、木造畳敷きの空間が作品との間を近づけてくれる気がします。実際に、直に間近に鑑賞できることはとても貴重です。
おかあさんと小学生の息子さんも「すぐそばで、直に見られることがうれしい。貴重なチャンスだと思って来た」と話してくれました。
芸大生支援プロジェクトの第一弾作品 漆
往年の画家の作品だけではなく、寺院の活性化と、芸術大学の学生活躍の場を提供する「芸大生支援プロジェクト」による漆の作品が2点展示されていました。若冲の髑髏図と松本奉時の蛙図が立体になるという刺激的な試みで、学生や若い作家をこんなふうに応援していくことはすばらしいと思いました。お寺と大学・芸術のコラボレーションという、このような活動こそ京都の本領発揮だと感じました。
若冲筆 竹に雄鶏図

中央は初公開「大黒天図」
中央は初公開「大黒天図」

若冲は、鮮やかな色彩や象や鶏、野菜などの絵の印象が強かったのですが、今回髑髏図と竹に雄鶏図を見て、これまでまったく知らなかった若冲を垣間見たと思えました。弟の白歳や弟子、影響を受けたと思われる画家の絵は、奔放というか自由というか、何物にもとらわれていない力強さ、そして軽さ、おもしろみやほほ笑ましさも感じました。
また大黒天図の「讃」の意味は「こころをただし、正直にして、陰徳につとめる 奢らずむさぼることもない。これを名付けて大黒となす」とあり、思わず襟を正す気持ちになりました。
またポスターになった「大黒天図」を描いた北為明(きたいめい)は、若冲の弟子とみられ、作品は希少なのだそうです。
住職のお話によると、確かにこの画家の作品とするには資料をさがして分析したり、研究者や各分野の専門家の力を借りて、本当にこつこつ地道な月日をかけて、あきらかにされるということでした。「離れていた点と点がつながり、そして掛け軸へつながって謎が解ける時がくるのです」と、話された表情は本当に明るくうれしそうでした。
寺宝展
若冲が参考にしていたという古色のついた二幅の大きな軸もありました。所蔵品の保管はさぞ大変だと思います。順番に函から出して、チェックしていくということでした。「木造ですごく寒いけれど、乾燥しているから保管にはいい」と笑って話されました。お寺という存在が果たしてくれている役割の大きさを感じました。

開かれたお寺への大きな力「どくろ」

宝蔵寺の御住職
寺町や裏寺町のお寺は普段は公開されません。宝蔵寺も「若冲のお寺」として認識されているのは研究者や美術関係など専門家がほとんどでした。住職は、観光寺院のようにはできないけれど、もう少し開かれたお寺にしたいと考え、住職に就任したら若冲の絵の公開をあたためていたそうです。それには何か関心を持ってもらえるもので、すそ野を広げたいと思い考えついたのがどくろの御朱印でした。

伊藤若冲生誕会特別ご朱印
伊藤若冲生誕会特別ご朱印

これがSNSで広がり、全国、全世界に存在する「どくろファン」の間に広がったのだそうです。ご自身も「どくろがこんなに反響と広がりがあるとは思いませんでした」と、うれしい予想外だったようです。住職自身も「得意ではなかったのですが」と言われていましたがホームページを充実させ、「双方向がいい」と、SNSでの発信をされています。反応があるとうれしいけれど、何もない時は「なぜかな」と少しがっかりするそうです。ちょっとほほ笑ましくもあるお話でした。印象的だったのは「本当にうれしい瞬間をアップするようにしている。自分が喜びを感じたことでなければいくら書いても読んでくれる人が喜びを感じられないでしょう」という言葉です。自分自身が感じた喜びを素直に、飾らず、おもねず綴ることの大切さを、自分自身に重ねて問いかけました。寺宝展は様々なことを気付かせてくれました。

お寺のあるまち、暮らすまち

宝蔵院寺宝展
若冲ファン、どくろファン、ご朱印ファンのみなさんの応援が大きくなり、応援する会も含めて「みなさんのおかげです。世話をする末裔の方もいなくなって荒れていた若冲が建てた伊藤家のお墓や、竹に雄鶏図の修復など、多くの人の協力があったからこそです」と住職は語ります。住職もお寺の仕事以外に大学や他府県まで出かけてお説教や法話をされるなどの宗教家としての役目や、この裏寺町の町内会長も務めています。
これまでこの京のさんぽ道では、ぞれぞれの地域に根をはり、家族で営む生業をいろいろご紹介させていただきました。今回宝蔵寺さんを取材させていただき、寺宝展を応援のみなさんと一緒に家族で支えている姿を見て、共通するものを感じ、裏寺町は人が暮らしているまちなのだという思いを深くしました。
お寺が集まっているから寺町の名がついた通りでしたが、移転され、そこが大きなビルになる例も増えています。バブル期とその崩壊、リーマンショックという経済の波、また現状まだ続くコロナと、私たちをとりまく環境は厳しい状況が続いていますが、望みも感じることができました。
宝蔵寺
受付の応援は息子さんの大学つながりの友だちでした。「自然を感じられる場所でとても気持ちがよくて、本当にいい経験ができました」と笑顔で話してくれました。まわりの環境は否応なく変化しますが、日々の小さな積み重ねが必ず生きていくと感じました。そしてお寺は静かに手を合わせれば、気持がおちつく、だれにも開かれた場ということを実感しました。

 

宝蔵寺
京都市中京区裏寺町通蛸薬師上る裏寺町587
通常は本堂の一般拝観なし
伊藤若冲親族のお墓へのお参り、御朱印、授与品 午前10:00~午後4:00
(ただし御朱印は月曜休み)