梅雨の晴れ間 まとう着物は春単衣

外の喧騒とは別世界の空間。
梅雨入りしたとは思えぬ、爽やかさを感じる日が続いています。週末、着物好きのみなさんの小さな集まりに仲間入りさせてもらいました。会場は銀閣寺畔、大文字山を間近に眺める、哲学の道沿いの「白沙村荘 橋本関雪記念館」(はくさそんそう はしもとかんせつきねんかん)。
関雪は、大正から昭和にわたって活躍した日本画家です。代表作「玄猿」は、美術の教科書に載っていた「手を長く伸ばしたお猿の絵」と言えば、ああ、あの、と思い出す人も多いのではないでしょうか。関雪自ら設計し、30年の歳月をかけて完成させた庭園や、制作をおこなった大画室(おおがしつ)、茶室、母屋など全体が公開されています。

茶室に飾られた枇杷の枝
上がり框にびわの枝。邸内のあちらこちらに、季節のしつらいの心遣い

着物を楽しむ醍醐味

着物の装いの楽しみは、洋服ではできない色や柄の合わせ方、季節の表現、素材や意匠の多彩さ、小さくても決めてになる帯揚げ、帯締めなどの小物の組み合わせにあると思います。
きもの暦では、6月は裏の付いていない単衣(ひとえ)の季節。単衣は6月と9月のきものですが、同じ単衣でも6月は「春単衣」(はるひとえ)。少しだけ透けていたり、涼しげな装いを意識し、9月は「秋単衣」で、残暑であっても、秋を意識したしっとりした色あい、透け感のない質感のものを心がけるそうです。
こう聞くと「着物って、やっぱり面倒」と思いがちですが、これこそ、きものの醍醐味だと思います。

美しいきもの姿に、それぞれの物語

当日参加されたみなさんの装いも、渋目の紫の着物に白地の帯、きれいな浅葱色の着物と同系の小物、生成り色の着物に焦げ茶の帯、下の着物が透ける、微妙な陰影が美しい黒い羽織、半えりに自分でスパンコールを縫いつけたりと、取り合わせや工夫がすばらしく、とてもおしゃれでした。藍色の地に大胆な縞、凝った織り方をした麻の長じゅばん、プラチナ素材のメタリックな羽織紐など、お母さんのものを受け継いでいる話も好ましく聞きました。ひと昔前のものと言っても、モダンで洗練されていて、今見てもすてきでした。
年代も20代から70代まで幅広く、様々な人たちが「きもの」でつながり、和やかな時をともに過ごしました。輝くような緑、木々を通り抜ける心地よい風、小鳥のさえずり。時間もゆっくりと過ぎていきました。

扇型の器に盛られた和菓子
白沙村荘ゆかりの走井餅でお茶を頂く。庭の青もみじがさりげなく

普通の人が親しんでこそ、伝えられるもの

織屋さんや展示会を見学させてもらった時、「これはもう織れる職人さんがいません」という説明を何度か聞きました。ひと頃に比べると、着物を着る人、関心を持つ人は増えていると思いますが、産業、生業としては困難なことなのでしょうか。
でも今、つくり手、売り手、そして着る側が一緒になって、新しい動きが出てきているのも事実です。それぞれの立場でブログを通して発信したり、今回のような集まりを企画したりと、「着物を着る人を増やしたい」「着物が好き」「着物を着てみたい」という波が、小さくても確実に広がっているように感じます。
白沙村荘で過ごしたひと時は、着物を着ることで少し非日常を楽しみ、豊かな気持になれました。着物を着ることも、名庭を訪れることも、私たちのような、多くの普通の人が親しむことで伝えていけると感じた一日でした。
橋本関雪の美意識の結晶である空間が、そういう心持へ誘ってくれた気がします。