京野菜農家がつくる レモン

シェフや料理人からの求めに応じて、種類もサイズも様々な野菜を栽培する「オーダーメードの野菜作り」を確立した、石割照久さんを、昨年8月の京のさんぽ道でご紹介しました。フランスでの京野菜作りなど、言葉や業界の垣根を軽々越えて、いつも新しいことに取り組んでいる石割さん。
「今やっている、新しいおもしろいことは何ですか」の問いに、氏子である松尾大社のお祭りに始まり、次々と楽しい話が繰り出してきました。「石割農園便り その2」をお届けします。

「日本第一酒造神」松尾大社の氏子


松尾大社は洛西の地あり、京都で最も古い神社のひとつです。集団でこの地に移り住んだ秦氏は、大陸の新しい文化や技術をもって、一帯を開発し、ことに酒造りは秦氏一族の特技とされ、室町時代以降は「日本第一酒造神」と仰がれるようになりました。今でも毎年11月上の卯の日に、全国の和洋酒、味噌、醤油、酢などの醸造家が参集し、醸造安全を祈願する「上卯祭(じょううさい)」が行われ、醸造が終わる4月中の酉の日は、無事完了したことを感謝する「中酉祭(ちゅうゆうさい)」が行われます。日本各地の銘酒の菰樽が積み上げられた様子は壮観です。
古くから「卯は甘酒」「酉は酒壺」を意味するとされ「酒造りは卯の日に始め、酉の日に完了する習わしがあり、お祭りの日取りはこのことに由来するそうです。現在は日曜日に設定されていますが、神様を御旅所へお迎えする「おいで」とも言われる神幸祭は、旧暦三月中卯の日に、神社へお戻りになる還幸祭「おかえり」は、旧暦四月上の酉の日にとり行われていました。

代々の氏子である石割家でも、十代目当主の照久さんが白装束に身をつつみ、先日の神幸祭に参列しました。子どもの頃、おばあさんが「おいでは卯の日うとうと、酉の日とっとと、おかえりと話してくれたと懐かしそうに語った後「今、お酒と関係するおもしろいことをやっているんです」と続けました。

京都から、日本初のクラフトジン


2016年10月に京都の蒸留所から、ヨーロッパのジンの伝統に、京都をはじめとした和の素材を加えた、日本初のクラフトジンが発売されました。玉露、柚子、生姜、山椒、桧などの風味を楽しむ「飲んだ人が日本や京都を思い浮かべることができる」スーパープレミアムクラフトジンです。旬の時期を見極めての素材の確保、また、乾燥させずに使うため、その保存も難しく、素材の特性に応じて6種類のグループに分類して別々に蒸留するなど、大変手間がかかる作り方をしています。その繊細な味わいは、ジンを好きな人にも、これまで飲んだことのなかった人にも好評だということです。

レモンの花のつぼみ

一段と香り高いと評価された、石割さんが育てた柚子やレモンが「京都が誇る伝統と匠の技、繊細さ、先進的かつ革新的な感覚」が、すべて求められるクオリティのジンの一翼をになっています。
畑に案内されると、レモンは先がほんのり薄紫のつぼみ、柚子はまん丸なかわいいつぼみを付け、ブラッドオレンジは白い花が開き、甘い香りを放っていました。石割さんが自分の畑で研究を続けた有機肥料で育てたみずみずしい実を付ける季節が楽しみです。

次に京都から発信できるものは何か

今年2月、京都の和食文化への多大な貢献に対して、京都・食文推進会議より「京都和食文化賞」を受賞。

京野菜ももとは、日本の各地から都へ献上されたものを、その時代その時代の農家が工夫し研究して、やがて伝統野菜となったものがあります。京都の土地に合った特徴のある野菜です。京都の伝統野菜に指定されている水菜の収穫量1位は茨城県ですが、そうやって京都の野菜が広く作られることは良いことだと石割さんは語ります。
「それよりも万人向けでなかった京野菜も万人向けにしてしまったことのほうが考えないとならないこと。大切なのは特徴のあるものを作って、また京都から発信していくこと」と続けました。そして「どこの地域にも発掘すれば、おもしろいものは必ずあるはず。それを自分達で見つけて発信していけばいいことやと思います。万人向けに流されず、特徴のあるものを作ったほうがおもしろいしね。今、フランスでりんご酢を作っているんやけど、最初はすっぱくて、すっぱくて」と豪快に笑いました。

ブラッドオレンジの花

ブラッドオレンジも、京都では絶対うまくいかないと言われて、「よし、そんなら美味しいオレンジを作ったろ」と栽培を始め、良いものが収穫できるようになりました。次から次へ、やることがいっぱいあって飽きることがなく、楽しくてたまらないそうです。

おみやげに頂いたずっしり重たいキャベツからは元気いっぱい吸い上げた水分がしみ出し、膝が濡れるほどでした。今年の秋には「極秘のフルーツが収穫できると思うので、楽しみにしといて。これで一世風靡したいなあと思って」というわくわくする話ももおまけにもらいました。石割さんの農業の冒険はまだまだ夢の途中です。