底冷えの京都 みその仕込み

「節分の頃になると、やっぱり、よう冷えるなあ」があいさつ代わり。暖かいのが何よりのこの時期に、繁忙期を迎えるのが醸造の仕事です。みそや醤油、酒は、低温でゆっくり発酵することで、味わい深い旨みのあるものとなります。
寒気のなか、みその材料のかなめである麹作りに精を出す大忙しの加藤商店の4代目、加藤昌嗣さんが取材に応じてくださいました。

手作業中心の実直なみそづくり

100年を超える木樽6個が現役で活躍

加藤商店は、初代が醤油屋から木樽をもらって独立してから100年。多くの蔵が機械化を進めるなか、手作業の多い、ゆっくり一年かけて熟成させる、昔ながらの実直なみそづくりを続けています。
寒の頃は、材料のお米や大豆の新物が出回り、空気中の雑菌が少ないことから寒仕込みが行われます。みそは、どんな麹をどんな割合で使うかで、それぞれの味わいや個性が生まれます。いろいろな菌が混じることで、奥行きのあるいい味になります。工場を案内していただいた時「この中で、いろんな菌が生きています。蔵ごとに住んでいる菌は違います」と聞き、思わず蔵を見渡しました。

ありがとうございますと書かれた木の麹蓋

麹づくりは、蒸したお米に麹菌を付け、一晩置くと熱を持つので冷まします。加藤商店では、木の麹蓋に一枚一枚広げます。発酵して熱を持つと固まるので、手でほぐし上下を入れ替える「手入れ」を7~8時間ごとにくり返し、上側だけでなく、内部にも麹菌が付くようにしなければなりません。
たとえば昼間仕込んだ麹を夕方5時か6時頃手入れし、夜の11時頃また手入れします。その都度の「微妙な温度管理もめちゃ難しく」「麹は、ほんま厄介」なのだそうですが「寒いと麹自身ががんばって中に水分をため込み、明らかにいい麹ができます」と言葉に力がこもります。
この時期の加藤さんの1週間は、日曜に洗米、月、火、水曜日に仕込み、木、金、土曜にまたその工程をくり返しです。麹づくりを優先し、この状態が3月頃まで続くとのこと。そして、大豆と塩を合わせ、ゆっくり1年寝かせて、みその仕上げとなります。加藤さんがつくる麹は、この1年の熟成期間に合う麹なのです。
木蓋の上でただ今発酵中の麹の部屋は、湯気が立ちこめ、ほんのり甘い香りが漂っています。真夏の作業はどれほど大変でしょう。部屋の外はしんしんと冷えがのぼってきます。京都の底冷えと誠実な人の手から、真実良い麹が生まれます。

「まず地域が大事」の心を受け継ぐ


加藤さんが大学在学中の20歳の時、父親の芳信さんが病で倒れたことから休学し、必死にみそづくりに取り組み、後継ぎとなりました。最初は、遠方の取引先への配達時間に遅れ、戸も開けてもらえなかったという厳しさも経験しながら、芳信さんの教えや周囲の支えもあり、生業として継続することができ、大学もみごと卒業されました。並大抵のがんばりではなかったと推察されますが、現在の加藤さんは、そんな苦労の痕のようなものは感じさせない明るさで、みそづくりについて、熱心に語ってくれます。楽しくみそづくりをしている感じが伝わってきました。

加藤さんは6年前から、母校である二条城北小学校で、食育授業の一環として「みそづくり体験」の指導をしています。5年生の時に仕込み、1年間熟成させます。夏休みには涼しい場所に移すなど、こまめに管理して6年生の時に、実際にとてもおいしい、それぞれの手前みそが完成します。手間と1年という時をかけて生まれる、発酵の力を実際に体験する、すばらしい授業に貢献しています。今では、子ども達も楽しみにしているそうです。

父親の芳信さんは面倒見が良く、町内の役も進んで引き受けてこられました。地域のみなさんからの信頼も厚く、またご自身も「うちには、米もみそもある。何か災害が起きても、近所の人たちに炊出しができる」と常々話されているそうです。地域を大事にしてこその生業、という思いはしっかり受け継がれています。

加藤商店とみそづくりの明るい展望

出荷される麹

麹への関心が確実に高まり、定着していることを、加藤商店のみんなが実感しています。芳信さんの時代から、みそづくりをする宇治の婦人会に20年近く麹を卸しています。紹介、紹介で、加藤商店の麹の需要がどんどん広がっているそうです。1年に1度、待っていてくださる個人のお客様も多く、麹でつながる縁はますます広く、長くなっていく様子です。
お米は長年、新潟産のこしひかりを使っていましたが、今年は大量にコンビニに流れたため手に入らず、はじめて富山産のこしひかりに替えたところ、結果は吉と出ました。ダマになりにくく、とても扱いやすいそうです。
このような、その時々の変化や課題を柔軟に受け止め、安定的な収益の確保を進めながら、やりたいこと、加藤商店のこれからの構想を描いています。今は製造で手一杯で、配達はごく一部しかできてないけれど、もっと外へ出て人と会うこと。会えば新しい取引先を紹介してくれたり、お客様が感じていることを直接知ることができるからです。
明るく、話好きの加藤さんはお客様に好かれているそうです。さも、ありなんです。
今後の方向性についても「地域が一番」ときっぱり答えました。「地域で使ってもらえるものを、普通の値段で」ということをとても大切にしています。一番大事な麹づくりを、機械で行うところが多いなか、木蓋の板麹でつくっている芯を変えず「ここの麹がほしい、ここのみそがいい」という価値を保ち続けることです。取引先に、名だたる料亭もありますし、つくり手として高級路線をもっと究めることも考えています。そして「どれだけファンが作れるかです」と続けました。

子どもの頃、家がみそ屋だと言うのが恥ずかしかったそうですが、今は「みそをつくる仕事」と言うと子供たちから「ええなあ」と言われると笑いました。加藤商店のおみその袋の表に「手づくりほっこり愛情一椀」裏には「自然の恵みにありがとう」と書いてあります。麹やおみそ、そして、生産者のみなさん、お客様への感謝と、良いものをつくっていこうという心がまえが表れています。

職住一体の生業が続くまち


加藤商店は西陣の一画にあります。近所には、明治年代の看板を掲げる印章のお店、組紐屋さん、有職料理の老舗が続く、落ち着いた通りです。町内の人が気軽に言葉をかけあう、暮らしを感じるあたたかい雰囲気もあります。加藤さんのお宅は、外観は町並みに溶けこむ典型的な町家です。向かい側が工場になっています。取材で伺った時、母親の延子さんがたくさんの伝票整理のお仕事中、居間へ通していただきました。住みやすくリフォームされたそうです。お仏壇があり、フローリングの床には可愛いおもちゃが置いてありました。表格子を通して、寒の内にはめずらしく、あたたかい光が差し込んでいます。加藤さんがそうであったように、お子さんたちも、まわりの仕事をするおとなの姿を見て成長されることでしょう。

毎日振り売りで近所を回るお豆腐屋さん。こちらもお味噌汁には欠かせません

主役を張るものではないけれど、人生に欠かせないと言っても過言ではないおみそ汁。
今回の取材を通して、おいしいおみそ汁が食卓にのぼる、普通の暮らしを続けられることが、どんなに大切なことなのかを改めて感じることができました。住み慣れたまちと家で、生業と暮らしの文化が継承できるよう、建都は様々な時代の変化や課題を解決するためいっそう努力してまいります。

 

加藤商店
上京区猪熊通出水上ル蛭子町400
営業時間 月~金曜日 8:00~18:00 土曜日 8:00~17:00
定休日 日曜日・祝日