立春のころが一番寒いという、京の底冷えを実感する毎日に、湯気があがるあたたかかい食卓は何よりうれしく感じます。普段の食材を買いにくるおなじみの地元のお客さんが多い出町枡形商店街に、産地名が書かれた様々な昆布や鰹節、豆などが並んだ乾物屋さんがあります。
最近は乾物について聞いたり教えてもらう機会が身近には、なかなかありませんが「和食の基本はだし」と言います。日本の風土気候と昔の人の知恵が育んだ、すぐれた食材である乾物は、保存がきいて、濃厚なうま味を持ち体によい成分があると、いいことづくめです。今の時代こそ乾物を上手に活用したいと思います。
京都の食や素材、だしの取り方、さらに鰹節や昆布が育つ海の変化など、とても深く広い興味深い話を「ふじや鰹節店」店主 藤井英蔵さんにお聞きしました。
諸国名産が集まった京の都
千年の都の京都には、宮中や寺社へ全国から逸品が献上され、そのなかに今も伝統野菜として栽培されている野菜や、鰹節に昆布もありました。次第に京都でも野菜の栽培が盛んになり、風土にあった改良も重ねられました。鰹節や昆布も一般に手にすることができるようになり、海から遠く離れていることもあり、野菜と出汁すぐれた素材を組み合わせて独自の食文化が発達したと言われています。
藤井さんも「京都は特に格付け、ものの良しあしに厳しいところです。京の都には全国から超一級品、最上のものが入ってきたので」と話しておられました。お店に置いてあるきれいな銀色の煮干しは、ほっそりと小ぶりです。「小さいのを好まはる」ので、10センチまでのものを仕入れているということでした。普段使いの煮干しにも「好み」という表現に違和感がないのが京都のすごさとも感じます。
鰹節に昆布、小豆や黒豆、椎茸等々、乾物とはこんなにいろいろあるのだと知るだけでも、いい勉強になります。さらに何でも答えてもらえる先生がいる「まちかど乾物博物館」のようです。
専門店としての特色が大きな強み
ふじや鰹節店は「乾物は不況に強い商い」とうことで藤井さんのおばあさんが開業しました。藤井さんが小学校3~4年生頃から高度成長期に入り大阪万博もあり、商店街はたいへんな人出で沸き返ったような様子だったそうです。藤井さんも高校生の時にはバイクの免許をとり、学校から帰ると毎日、遠くは鞍馬あたりまで配達していたそうです。
それは経済活動が活発であったこともありますが、いつもお店で削った削りたての鰹節を買うことができ、昆布もきちんとしたまちがいのないものを届けてくれたからだと思います。
今お店にある鰹節削り機は3代目、使い始めて30年になります。製造メーカーは廃業してしまいましたが、かろうじて社員だった方がメンテナンスをしてくれているそうです。
こうして鰹節を削って袋詰めするお店はほとんどなくなり、乾物屋さん自体を見かけることがありません。以前は町内に2~3軒はあり、この枡形商店街にもほかに乾物屋さんがあったそうですが今はふじや一軒だけとなりました。
「食生活や暮らし方そのものの大きな変化のなかで、乾物屋としてどうしていくか」それは「ほかにはない商品がある。目利きが選び、作った商品でふじやというブランドにして専門店としての強みを大切にすること」と方向を定めました。
取材伺った日はいつもにも増して、鰹節のいい香りがただよっていました。鰹節を削る日に当たっていて、削りたての鰹節が次々と袋詰めされていきます。おいしいものは美しいと感じます。今では製造できる人はわずかとなった「薩摩形本枯節」を使っています。
1匹、1匹、職人さんが見定めて15㎏はある一本釣りされた鰹を4節に切り分けることから始まります。カビ付と天日干しをくり返し、7~8か月かけてやっと完成する最高の鰹節で日本料理には欠かせません。
ふじやは鹿児島県の熟練の職人さんのものだけを扱っています。昆布も普通出まわっているのは養殖物ですが、ふじやでは天然ものを揃えています。最近は海水温の上昇が続き、昆布の生育にも異変が起きているそうです。
これまでも取材などの折に「後継者はいるのですか、とよう聞かれましたけれど、後継者うんぬんの前に、売るものがなくなりそう」という危機感を抱いています。
お正月に作るたつくり用のごまめは、毎年宮津で11月に水揚げしたものだけを入れていますが、今年は不漁で非常な高値となり仕入れることができなかったそうで異変は広がっています。
長引くコロナの影響など社会の変化は個々の暮らしにも及んで、今は「すぐに食べられるもの、価格が安いもの」に傾いている状況ですがそのなかでも少しでも鰹節や昆布のことを知ってもらいたいと、切り出しや色が少しよくないといったもので買いやすい価格の「品質はそのままのお買い得商品」をつくっています。
地域のなかの店だから続いてきた
「変化のなかだからこそ、鰹節や昆布についての豊富な知識、お客さんにとって役に立つ情報」を商品と一緒に提供しています。乾物入門的なお客さんには、質問に答え相談にのり、乾物を取り入れた食生活のよいところなど、無理をしない利用の仕方をアドバイスしています。もうすぐ節分・立春ということで枡形商店街では「立春大吉大売り出し」中です。藤井さんはお客さん一人一人に、大売り出しのチラシを渡しながら「抽選会もあるので」と宣伝も怠りません。
ふじや鰹節店ではお寺やお宮さんのお供え用の昆布も納めています。藤井さんは「それがあるんで店をやめられへんかった」と笑いました。
また「鰹節の持ち込み」があり、削りを頼まれることもあります。「加工代をいただいている」そうですが、預かった鰹節は洗って蒸して乾燥させてから削り機にかけるそうです。「商店街でずっとやって来た乾物屋やから、こういうこともやらせてもらってます。」
鬼のお面と豆の横に栃木県産のかんぴょうが置いてありました。節分のころは巻きずしを作るお客さんが多いのだそうです。巻きずし用にと干し椎茸をしな定めしていたお客さんには「芯にいれるんなら薄いほうが巻きやすいから」と具合のよいものを選んであげていました。
京都というまちと暮らしをお互いに支えている枡形商店街とお客さん、そしてふじやのようなお店があることが、京都の誇りとするところだと思いました。地域密着のお店にははじめて知ること、発見がたくさんあります。
ふじや鰹節店
京都市上京区枡形通寺町東入三栄町63
営業時間 10:00〜18:00
定休日 水曜日