やさいと元銭湯 「もったいない」の親和性

銭湯も、まちに似合うもの、あってほしいもののひとつです。
長年、地域の人々の一日の疲れを癒し、雑談に花を咲かす交流の場でもあった銭湯は、残念ながら減少の一途をたどっています。消えゆく銭湯に歯止めをかけることは困難でもその一方で、銭湯の魅力を発信する様々な出版物や企画が生まれています。
「銭湯としての役目は終えたけれど、この建物を再び人が集う場にしたい。なくしてはもったいない」「不ぞろいだけれど、手塩にかけて育てた新鮮な野菜。廃棄するのはしのびない、もったいない」その思いと、関心を持った人々が寄り合い、新しい使命を持って動き始めた元銭湯があります。伝統的な銭湯建築の空間で人と人がつながり、これまでにない何かを生み出す場として生まれ変わった「九条湯」。そこは何度も足を運びたいと思わせる魅力にあふれていました。

営業終了後10年。人がつながる場として再開。

コワーケーションスペース九条湯
九条湯は京都駅から歩いても15分ほど、大通りから少し入ったところにあります。民家が並び「お町内」といった暮らしの営みが感じられる、静かなところです。そこに、思いがけなくという感じで、堂々とした「唐破風(からはふ)」の玄関を備えた伝統建築の建物があらわれます。2008年(平成20)に営業を終えた九条湯です。建物はそのまま残されました。
持ち主の方の「この建物を再び人が集まり交流できる場に」という思いを大切に、現在も運営を担う「猪ベーションハウス(イノベーションハウス)」が話し合いを重ね、改装ののち2018年に、多くの人が利用できる場としてのかたちが生まれました。以来、コロナの影響により運営の見直しを余儀なくされる困難もありましたが、多彩な人々が参画して、ワークショップや様々なイベント、飲食など活用が続けられています。
コワーケーションスペース九条湯コワーケーションスペース九条湯
九条湯は外観、内部も含め、伝統の銭湯建築も大きな魅力です。番台、大きな扇風機、柳ごおりの脱衣かご、色鮮やかなプラスチックのおけ、店名やキャッチコピーが書かれた鏡。次々におもしろいものを発見します。「カラーテレビの時代です」という強烈なコピーや「喫茶パール」には、店をどんなお店だったのかなと想像します。今も残るその一つ、一つに九条湯が刻んできた歴史を感じました。

天井はがっしりした角材を組んだ「格天井(ごうてんじょう)」その下には欄間がはめ込まれています。意匠は竹に雀。また、銭湯のタイルにも注目です。小さなタイルを貼り合わせ絵画のように表現したモザイクタイルやモダンなデザインや色合いのものなど様々です。古い伝統のある産業ではないけれど、タイル製造に携わった陶器産業の人々、職人さんの意欲を感じました。「九条湯タイルガイドツアー」などという企画もおもしろそうです。
高い天井、外から差し込むやわらかい光。表通りの喧騒と離れた場所でのひと時は、心身がゆったりとほどけていくような心地よさでした。

健康な新鮮やさいが主役のランチ

コワーケーションスペース九条湯
時代を経たレストランのような趣の内部。ゆっくりお茶や食事を楽しめます。木の床がやさしい脱衣場スペース、タイル張りが楽しくおもしろそうな浴室スペース。ずらりと並んだヴィンテージの雰囲気のラベルがすてきな、クラフトビールやご当地サイダーの瓶がおしゃれ感をかもし出しています。奥の厨房は調理しているところが見えます。浴槽の名残の岩がそのまま残っていたり、およそほかでは見られない映画のセットのようです。
コワーケーションスペース九条湯
飲食は現在、伏見区や久御山町で九条ねぎ、聖護院大根、金時にんじんなどの京野菜を中心に生産している「しんやさい京都」が水曜日限定で「しんやさい九条湯@農家メシ」を提供しています。ひと目見ただけでその元気さがわかる、安心して食べられる新鮮な野菜がいっぱいです。野菜の持ち味、その味の濃さにも感動します。香り、食感、複雑で繊細な甘み等々、野菜が持つ力を感じます。サラダの野菜は、大きくちぎる、せん切りにする、すりおろすなど細やかに工夫されています。
しんやさい京都はフードロスに取り組み、規格外の野菜を生かす循環を常に工夫し、また近隣の農家の余剰分の野菜を買い取り、加工・販売するなど、安定的な生産や農家の収入の安定のために貢献しています。九条湯では水曜日のランチのほかに、毎月第三土曜日は「もったいない野菜たち」がどっさり並ぶ「もったいないマルシェ」を開いています。

代表の石崎信也さんは「自分たちで生産しているから野菜の味や状態もわかっています。不ぞろいというだけで使わないのは本当にもったいない。野菜の潜在能力をもっと生かしたいと思っています。それには他分野も含め多くの人といかに、どんなふうにコラボレーションできるかが大切だと考えています」と語ります。今メニューに載っている「豆腐ティラミス アイスプラント添え(ヴィーガン仕様)」は、京都橘大学経営学部のゼミの学生さんと連携して誕生しました。日の目を見るまでは何回も試行錯誤を繰り返したと推察しますが、連携して多くの人に楽しんでもらえるかたちで完成したことは何ものにもかえがたい喜びだったのではと思います。
元気な野菜いっぱいのお昼ごはんは、おいしさとともに大切なことを伝え、気づかせてくれます。

人もやさいも建物も「もったいない」でつながる

コワーケーションスペース九条湯
石崎さんは、しんやさい京都と九条湯は「もったいないがキーワード。とても親和性があります」と語ります。長く歴史を刻み、多くの人の思い出のある貴重な銭湯建築も、規格外の野菜も「もったいない」は一致する思いです。
石崎さんはここに「人」も加えて考えています。ランチの提供は、スタッフそれぞれが持っている能力を発揮できる取り組みです。「人はそれぞれ個性や得意なことがあります。その力を発揮してもらわないのはとてももったいないことです。その点、飲食はいろいろな作業があるのでみんなが得意なことを生かせます。本当にいい仕事だと思っています。」しんやさい京都は実習生を受け入れていますが、農作業だけでなく調理実習が体験できるのも得難いことだと思います。生産という川上から、自分たちで作った野菜を、規格外でも工夫して調理し、喜んでもらうという川下までを体験できるということは、とても貴重です。
梶山さん
メニューの組み立てから調理まで引き受けているのは、和束町のお茶農家で働く梶山幸一さんです。「もともと調理の仕事をしていたし、好きなのでずっといつかやりたいと思っていました。」11時開店で、仕込み開始は9時。意外に短い準備時間に思いましたが「その日に入った野菜を見て、あまり手がかからず作れるように考えます。週一日なので作り置きはできないし、短時間で簡単は大事なのです」と聞き、なるほどと感心しました。SNSを見て来る人が多いそうですが「銭湯」で検索して滋賀県からやって来た人もありました。これから九条湯がどんなふうに進化していくのか楽しみです。「九条湯」の名前を継承しているところにも、家主さん、再生にかかわったみなさんの思いや願いが込められていると感じます。
一人で来てもだれかと来ても、おだやかな気持ちになれる大切な空間、生き生きと仕事ができる九条湯が末永く健在であるよう願ってやみません。

 

コワーケーションスペース九条湯 京都市南区東九条中御霊町65
しんやさい京都 ランチ:毎週水曜日11:00~15:00
もったいないマルシェ 毎月第3土曜日10:00~15:00
 
https://camp-fire.jp/projects/view/749392
多様な人がいきいき働けるユニバーサル農園めざしクラウドファンディングに取り組んでいます。