大切な本の橋渡し 気軽な古本屋

四方の棚ににびっしり本が並び、店の奥では博識の店主が書物のページを繰っている。こんな様子が思い浮かぶ古本屋さん。気軽にひょいとのぞける雰囲気ではないと感じる人もいるかもしれませんが「古本屋めぐり」も町歩きの魅力のひとつです。
文学書、専門書、新書、文庫本、古い雑誌や資料、地図や色紙に至るまで、新旧とりまぜて楽しい発見や思いがけない出会いがあります。ひとり静かに本の山脈に分け入る楽しさ、また、店主とお客さんとの気の置けない語らいも興味深い、良き時間が流れています。
だれかのものだった本。新しい持ち主となって手に取ると、以前の主と本の間柄を思ってみたりします。
ちょっと入ってみたくなる、そんな古本屋「中井書房」へ行きました。

本の山に分け入って出会う一冊

中井書房
本の配置にも、それぞれの古本屋さんの特長があらわれています。中井書房は全面ガラス張りの店舗が、明るく開放的な雰囲気をかもし出しています。ウインドーに書かれた「ちょっと入ってみませんか。お気軽な古本屋」のキャッチコピーと相まって「のぞいてみようかな」気持ちがそそられます。
中井書房の店主中井さん
中井書房は店主の中井和昭さんが、電子機器の会社のサラリーマンから一転して、平成7年(1995)に創業しました。サラリーマン時代は好景気の波に乗った時も、その後の不景気も経験されました。退職後、これから何をしようかと考えた時、思い浮かんだのが古本屋だったそうです。まず京都の古本屋をすべてまわり、その後、全国各地の古本屋めぐりを敢行されました。そして、老舗の古書店が多い京都で、まったく違う世界から参入し開業されました。直前の1月に阪神淡路大震災が起きましたが、予定通り4月にスタートしたこと、車いすでも店内を自由に通れるように通路を広くとったけれど今日まで車いすの人はまだ一人も来ていないことなど、おだやかに、楽し気にさえ見える表情で当時のことを語ってくれました。

古書店リストで同じ本の値段をチェックするが、以前は一冊調べるのに30分もかかっていたけれど、今はパソコンで瞬時にわかってとても便利になったこと。そこで「でもね、全然覚えられないです。お客さんがレジへ持って来た本を見て、あれ、こんな本あったかなと思うことがありますよ。脳が覚えようとしないのですね。どうせまたパソコンを使うやろと脳が働かないのです」と笑って続けました。
中井さんは「老舗でない古書店のいいところ」として「敷居が低くて、みんな気楽にゆっくり本を見ている」点をあげました。その自由な時のなかで「その人にとってのこの一冊、今日の一冊」を見つけることができます。
中井書房には幅広い年代の人が訪れ、学生も多くやってきます。今「書店ゼロ」の市町村が増えていますが、そういう地域からやって来た学生は、1時間以上、店内にいるそうです。多くの本を見て、そのなかから自分の好きな分野の本を選ぶという経験はとても新鮮で豊かな時間となっていると思います。中井書房は格好の書物の入門の場所になっているようです。

「蔵書一代」気がつけば30年

古美術商のような取り扱い品も

店内には「蔵書一代」と筆太に書かれたされた木の額があります。「本は持ち主にとっては、とても大切なものだけれど、本人以外はさほど思い入れはないことが多い。所有が一代だから、その本がめぐってきて古本屋ができる」という循環なのだそうです。
中井書房の本は、大学の研究室や先生から依頼があって、直接引き取ることが多いとのこと。自分で仕入れをすると、好きな分野の本に目がいって同じようなものが多くなってしまうけれど、持ち込みだと自分が興味のなかった分野の本も集まってくるので、幅広い本が並べられます。
中井書房のアテネ文庫
植物文様がデザインされた表紙の文庫本がまとまってあるのが目にとまりました。「アテネ文庫」と言い、戦後すぐの昭和23年(1948)から昭和35年(1960)まで弘文堂から発行されました。紙やインクなど資材の乏しいなか、60ページの限られたページ数ですが、哲学、自然科学、社会科学、芸術など幅広い分野にわたり「戦後日本をこうしていくのだ」と意気揚々と掲げた、当時の出版にかかわった人たちの高揚した雰囲気が伝わってきます。こうした未知の書物との出会いも古書店へ行く醍醐味です。
また時には、古美術商が扱うような、古文書の類を表装した逸品が持ち込まれることもあります。まわりからは「なぜ、こんなすごいものがここにあるのか」と不思議がられるそうです。
中井書房
「車いすでも通れる広い通路」には今、引き取った本がぎっしり入った段ボール箱が積まれ、棚に並べられるのを待っています。この本たちとの出会いも楽しみです。
「こんなに長く続けるとは思っていなかった」そうですが、創業から30年のあいだには様々な出会いや物語がありました。ある日若い女性が「この本がほしいのですが」と、訪れました。世に知られた書物ではなく、かなり古い本で、それを指定するとはめずらしいなと思い聞いてみると、著者はその女性の「おじいさんの叔父さん」だったそうです。「親族の手元に残っていないのでずっとさがしていて、ネット検索をしてやっとここにたどりつきました。本当によかった、うれしいです」と話されたそうです。「その時は、古本屋をやっていて本当によかったと思いました。」としみじみ語ってくれました。
中井書房
「中井書房」のある界隈は、コンサートホールや美術館、伝統産業をはじめ様々な企画展や、京漬物などのお店のある、落ち着いた雰囲気の通りです。先日ご紹介した「そば処 志な乃」や、おいしいコーヒーが飲める喫茶店、お菓子屋さん、京漬物など新旧のお店が静かにたたずんでいる通りです。
「蔵書一代」の看板の裏は「雨が降っても 風が吹いても ようこそ」と書かれています。これからは梅雨の時期になりますが、雨の日に静かに本に囲まれる味わい深いひと時を過ごしてみてはいかがでしょう。

 

中井書房 京都市左京区二条川端東入 新車屋町163
営業時間 11:00〜18:00
定休日 火曜日