前回の京のさんぽ道、三谷左官店の物語の始まりはこの喫茶店からでした。鮮やかな色合いのどろ団子にミニチュアサイズのかまどと個性的なディスプレーもさることながら、親しみを感じる「街の喫茶店」の雰囲気にひかれます。すでに常連さんもできて駅前の顔になりつつあります。
カフェ シルト。またの名は「さかんとおかん」。ドアを開けると、勝手に思い描いていたおかんのイメージとはほど遠い、チャーミングなおかん三谷啓子さんが、すてきな笑顔で迎えてくれました。
家族、親族、友人、みんなの共同作業で改装オープン
カフェ シルトは、長年親しまれながら閉店した喫茶店の店舗を、構想一年をかけて今年の2月にオープンしました。オーナーは三谷左官店の三谷 涼さん、お店を切り盛りするのは母親の啓子さんです。
カフェの名前には「どろ団子のワークショップができて、左官の仕事を知ってもらうきっかけの場になるように」という願いが込められています。「シルト」とは、左官業で使う土を分類した種類の一つです。このネーミングにも並々ならぬ意気込みを感じます。
店内の清掃、食器棚のペンキ塗り、おしゃれな椅子のカバーは「家にあった布を活用」、左官職人涼さんお手のもののいい味の壁など、内装をはじめオープンまでのほとんどの作業を家族、親族の共同作業でやり遂げました。
駅前の便利な場所にありながら店内は騒々しさがなく、明るく優しい雰囲気にあふれています。カウンター席とテーブル席がいい具合に配置されていて、一人でも連れ立ってでも、そして常連さんも初めてのお客さんも気分よく過ごせます。たとえば初めて入ったお店で、特に一人の時など「どの席に座ろうか」「カウンターのほうがいいのかな、それともカウンターは常連さんの席なのかな」と迷うことがあります。シルトはドアの脇に一人用のテーブル席があり、カウンター席も気軽に座ることができます。こういうところも、ほっとできる点です。
店内には左官職人の一番大事な道具のこてや「育成途上」のどろ団子が置かれています。お客さんが立て込んできて注文のものが出てくるまでの間も、おもしろい壁や珍しい道具などを眺めていると「待たされている感」がありません。何より気持ちのこもった「お待たせしました」のひと言と、運ばれてきた本当においしそうな一皿にうれしい気分になります。軽食、デザート、飲み物と、すべてのメニューがきちんと手をかけて作られていて納得のおいしさです。軽く何か食べたい、コーヒーで一休みしたい、ケーキがあればいいなという思いに応えてくれる得難い存在になっています。
掛け値なしの「手作り」のおいしさ
開店は10時。店内に朝の光が差し込む至福のコーヒータイムです。
シルトのメニューは、喫茶店でこれだけそろえているお店はなかなかないのではと思う充実ぶりです。飲み物やデザート系のメニューは季節によって変わります。レモンシロップにかわり今はジンジャーシロップ。堂々のボート型のさつま芋のブリュレ、りんごとくるみのタルトなど季節感のあるメニューが登場しています。
シロップもタルトの生地もすべて手作り、メニューの考案も調理もすべて啓子さんです。
これまでデパート勤務とスーパーの総菜担当で仕事をされていたとのこと、だれもが「このお店来て良かったね」と思える接客に、その経歴が生かされています。
飲食店の経験はないと聞き、意外でした。「若い料理人さんの料理教室へ行ったことがあるけれど、飽きてしまってやめました」と笑い「食べることは好きなのでいろいろなお店へも行きました。それに今はインターネットもあるので、どんなものが好まれているかなど、最近の傾向とかすぐわかりますからね」と続けました。焼き菓子は材料の配合や焼き加減も難しく、オーブンのくせがわかるまで何度も失敗し、試行錯誤を繰り返してお客さんに出せるものになったと話されました。
デザートのソースに使うオレンジをことこと煮詰めたり、閉店後にキーマカレー用の仕込みをしたりと明日のための作業が続いています。見えないところで手をかける仕事と研究心がシルトのおいしさの土台を作っています。
手作りとはよく使われる言葉ですが、本当の手作りとは言葉だけではなく、甘えのない「お客さんに出して喜んでもらえるもの」へのお店の姿勢であると思いました。
お客さんとのいい距離感、間合いが生む心地よさ
ある日の閉店間際、帰り際にお客さんが食器をカウンターへ運んできました。知り合いの方かと思いましたが「初めて入ったのですがおいしかったです。また来ます」という言葉を残していきました。普通は初めてのお店で「こんな余分なことをしたら良くないかな」と迷いますが、シルトではごく自然に「ごちそうさまでした、おいしかったです」という言葉と一緒にカップやお皿が戻される光景が見られます。カウンターから出て「お待たせしてすみませんでした」という気持ちのこもった言葉で見送られ、みなさん表情をほころばせてお店を出ていきます。
カウンターに座った常連さんが「この前のどろ団子の時に来ていましたよね」と声をかけてくれました。おなじみのお客さんも初めてのお客さんも居心地の良い居場所になっています。カウンターの端にある大きな箱のようなものは実はオーブンです。二つ並べて置けなかったので止む無く今の場所になりましたがむき出しでは困るのでカバーをこしらえました。その巧みな仕上がりのカバーは「コーヒー2杯分の実費」で常連さんが作ってくれたそうです。
白木の子ども用のいすが目に入りました。聞くと「小さな子どもさんと一緒に入れるお店がなかなかないので用意しました」とのこと。先日はお父さんと小さなお子さんが見えて「この後、おかあさんのお仕事の終わる時間に合わせてお迎えに行きます」と話してくれたそうです。聞いていてほのぼのとした気持ちになりました。
お客さんが多かった日の閉店間際「洗い物を手伝って」との連絡に来てくれたのはお孫さん、涼さんの息子さんでした。中学生で一週間後にテストがあって追い込みの時ですが「とても頼りになる助っ人」です。
シルトの看板メニュー「まんまるシフォンケーキ」は12cmサイズをまるごと楽しめる夢のような一品です。「このアイディアはお嫁さんなんですよ」と、涼さんの奥様の発案で生まれたそうです。いろいろなかたちで家族の協力があるようです。おなじみ、初めて、たまに、一人、だれかと、グループとそれぞれに、また年代も関係なくだれもがほっと優しい気持ちになれます。
左官の仕事を知るきっかけになり、どろ団子の発信基地でもあるカフェ シルトは、人と人を結ぶみんなにうれしい居場所です。
Cafe.silt「さかんとおかん」
長岡京市天神1丁目1-4
営業時間 10:00〜17:00
定休日 金曜、土曜(日曜は月2回)