駅前から始まった つながりの物語

今回訪ねた井手町は京都府南部、奈良県に近く、万葉の時代から多くの歌に詠まれてきた歴史と自然にはぐくまれた町です。
この人口約7000人ののどかな町に、今、静かな熱気がみなぎっています。
銘木をふんだんに使った建物の駅前カフェに人が集まり、知り合いであってもなくても、お客さん同士みんなが木の空間の心地よさを共有し、寄り合う「場」をつくりあげています。
地元のみなさんが気軽に立ち寄って、朝の一杯のコーヒーを味わい、家族でおいしいご飯をいただき、気ごころの知れた同士で、ほがらかなおしゃべりで盛り上がります。
あたたく、のんびりできる心地よい陽だまりのような空間。みんなが待ち望んでいた、気軽に寄り合える「駅前カフェ」ができました。井手の良さを楽しく発信する場「銘木カフェSHIKI」店長、山川知恵里さんに、ここに至るまでのこもごも、そして今実感することなど、おおらかに自在に語っていただきました。

先人が守り伝えた三つの宝「玉川・山吹・桜並木」

JR奈良線
訪れたのは4月初旬。玉水駅から井手探訪を始めました。玉水という美しい名前にたがわず、古歌に詠まれた豊かな風景が広がっています。玉水駅は駅舎がきれいになり、道路も拡幅されていて以前とは雰囲気が変わりましたが、どっしりした構えの家並みは、昔の街道筋のおもかげをとどめています。
近くを流れる玉川の水は「井手の玉水」と言われ、古くから名水とされてきました。訪れた日の玉川沿いは、桜と早くも咲き始めた山吹、そして名残りの椿と、これぞ爛漫の春という風景でした。山吹は井手に別邸を構えた奈良時代の高官、橘諸兄が好んだと伝えられ、古来より多くの歌に詠まれてきました。玉川沿いにはいにしえの歌人の歌碑があり、それを見ながら歩くのも楽しいものです。
井手町でお花見を楽しむ外国人グループ
ご近所の方らしいご夫婦が何か語らいながらゆっくりと歩いて行きます。赤ちゃんをベビーカーに乗せカメラを片手にしたおかあさんが二人、ハイキングスタイルの女性グループ。みんなこの季節の贈り物を満喫しています。
職場の仲間で、河原でバーベキューを楽しんでいる人たちがいました。お手製のふるさとタイのソースを持参して、桜の下で最高の宴です。お相伴にあずかりました。彼女たちの明るさが、のどかな井手のお花見をいっそう楽しいものにしてくれました。
井手の玉川
井手は昭和28年「南山城大水害」に見舞われ、玉川も大きくその姿を変えてしまいました。しかしその後、地元のみなさんの尽力で壊滅状態となった山吹と、さらに桜を植樹され、それが今私たちが楽しんでいる玉川沿いの美しい景観となっています。
この景観を保つために地元の方たちが手をかけ、大切にされていることを心に留めたいと思いました。

お花見期間の10日間、SHIKIでは今年も井手町を盛り上げる「桜横丁・玉水夜桜市」が取り組まれました。地元のみなさんも楽しみにしているマルシェは、多くの出展者の参加で最高のにぎわいを見せました。終了後の「春眠休業」を終えると、普段通りに次々とお客さんがやって来ます。それぞれのお客さんにとって、この場所がすでに日常になっていると感じます。

木のすばらしさを感じながらつながる場所

銘木カフェSHIKI銘木カフェSHIKI
銘木カフェの建物は、山川さんの父親で建築士の元志さんが自ら設計し、仕事をしていた建物です。元志さんは「人に優しい呼吸するムク木の家」を提唱し、数多く手がけてきました。
カフェの建物も、天然木や無垢の木など銘木が使われ、壁には漆喰が塗られています。
「木を味わう」カフェは天井が高く、窓から差し込む自然光が気持ちをよりおだやかにしてくれます。2階はフリースペースになっていて、様々な講座やコンサートにも使用できるようになっています。
この建物を「喫茶店だと思った」と言われることが多く、山川さん自身も井手には行く場所、お店がないなと感じていました。駅前のにぎわいつくりにこの建物と場の役割は大きいと感じたそうです。
銘木カフェSHIKIの看板犬、侘助くん
2022年4月、調理師免許を持つ山川さんのお母さん、そして柴犬の侘助(わびすけ)くん(肩書は看板犬、または専務)で「銘木カフェSHIKI」立ち上げに至りました。
これは「木を志す」企業としての志木の理念、そして父親の元志さんの志を継ぐものであり、同時に、地元の企業や人とつながり取り組む「駅前賑やかし計画」でもあります。
銘木カフェSHIKI銘木カフェSHIKI
取材で伺った日の午後。「来店頻度ナンバーワン」というお客さんをはじめ、ご常連の方と一緒になりました。お客さん同士もゆるやかに会話し、ここが気の置けない空間であることが伝わってきます。地元食材を使ったメニューは、名物メニューになっている山背(やましろ)オムカレー、ロコモコ、ハンバーグなど、すでにすばらしい洋食屋さんの味になっています。自宅で収穫したはっさくで作ったピールのチョコレートがけも絶品です。
店内にはほかに、ジャムやクッキー、焼き菓子、「金曜日の朝焼パン」など、思いを同じくする近隣のみなさんの食品も置かれ「ちょっとした買い物」も楽しむことができます。
「木」を素材とするアクセサリー、また「わびちゃんに会いたいから来るの」と絶大な人気を誇る「WABISUKE」のグッズ専用コーナーもあります。侘助くんのイラストや店内外の看板など、とても雰囲気のよい手書き文字もすべて山川さんの手になるものです。ひとつひとつをおざなりにせず、楽しみ慈しみながらの店づくりがSHIKIという唯一無二の空間をつくりだしています。
銘木カフェSHIKIの看板犬、侘助くん銘木カフェSHIKIの看板
小学生の男の子がかけこんで来ました。「おかあさんと待ち合わせ」という言葉がごく自然に感じられます。おかあさんが到着後は宿題にとりかかっていました。
「ここへ来るといろいろな人に会えるから楽しい」と、みなさん様々にSHIKIの良さを話してくれました。
井手町の以前のにぎわいを思い起させる「駅前喫茶」として、気取りのないみんなの居場所となっています。

一木一会、銘木創古

「銘木カフェSHIKI」店長、山川智恵里さん
2020年、世界中がコロナに見舞われ様々な仕事や活動が休止を余儀なくされた年、山川さんが始めた、祖父母の日本家屋を活用したゲストハウスなどの運営もストップせざるを得なくなります。
そのようななかでも、桜の季節にマルシェを実行し、他のイベントが中止され、行き場のなくなったキッチンカーが出店できたなど、先行きが見通せないなかでも周囲の人と一緒に考え、動きました。
そして、そういった取り組みの最中、元志さんが倒れ、亡くなられてしまいました。その大変な状況のもと、国の「事業再構築補助金事業」に取り組み、クラウドファンディングに挑戦し、多くの人の支援を得て2回のクラウドファンディングを成功させました。
その力のみなもとは、一緒に地域盛り上げに取り組んできた仲間や友人、そして家族・親族の存在と信頼関係だと感じました。それは本当にかけがえのないものとなっていると感じます。
クラウドファンディング実を結んだ結果、製材工場を解体し生まれた新たな建物が「ベラシティハウス」とその前の広場です。キッチン、銘木倉庫、スタジオスペースです。
銘木創古銘木創古銘木創古
木への愛情と山川さんのセンスを感じる「銘木創古」は、字のごとく大量の銘木や先代が設計、製作した家具などが収納されています。オープンは毎週日曜日です。山川さんは「小さな木端でも捨てられません。少しでも多くの人に知ってもらってこの銘木たちを役立たせてほしい」と願っています。
小さくても大きくてもそれぞれの木に存在感があり、生命が宿っているように感じます。山川さんの木を志す歩みは続きます。これからどのような経年変化をたどって、元山川製材所だった場が新たな歩みをするのかとても楽しみになります。
次回は、ベラシティエリアで開かれている「酒とオールディーズ」「犬と自転車とモーニング」の様子をお伝えします。

 

銘木カフェSHIKI (めいぼくカフェしき)
京都府綴喜郡井手町(つづきぐん いでちょう)柏原37(JR奈良線 玉水駅前)
営業時間:火曜・水曜・木曜 8:30~17:00
金曜・土曜 11:00~17:00
定休日:日曜・月曜