前号では、駅前から始まった井手のつながりの物語の一端をご紹介しました。
山川知恵里さんとお母さんが営む銘木カフェSHIKIはすっかり、みんなが寄り合う場となり、木造の建物が放つ気の流れにゆるゆると癒されながら、日々新しい物語が紡がれています。
そして、週末はそこから飛び出して、より開放的な屋外でのひと時を楽しめる「お酒とオールディーズ」「犬と自転車とモーニング」が開かれています。
元製材工所だった450坪の広々とした敷地の「ベラシティハウス」は、山川さんと志を同じくする人たちが力を合わせ、地元のみなさんはじめ多くの人に週末の楽しさを届けています。
顔を合わせば、知り合いであってもなくても「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と自然とあいさつが交わされます。
一度行ったら「また行きたい」とみんなが思う週末の広場です。
行けばだれもが仲間になる広場
初夏の日は長く、ゆったり暮れていきます。毎週金曜、土曜の夕方からは「玉水夜市 お酒とオールディーズ」が開かれます。
お子さんも一緒の家族、友だち同士、ご夫婦、一人でと次々と人がやって来ます。不思議と、ばらばら雑多な感じがなく、落ち着いた親近感のある広場になっています。いわゆる「客層」や「ターゲット」というビジネスのとらえ方とはまったく無関係の「好きだから、来たいから」来ているお客さんばかりです。
一人で来たお客さん同士でお酒を飲みながら話をしたり、友だちを見つけて遊ぶ子どもたちの元気な様子もこの場を盛り上げています。親御さんたちも解放感を満喫しているような晴れ晴れとした笑顔です。「歩いて来れるからビールが飲めてうれしい。昨日も来ました」と笑い「ここへ来ると子どもたちも友だちと会って遊べるのがいいですね」と続けました。一段落してボードゲームを始めた家族もありました。しあわせな光景です。シェフの今日のおすすめメニューを前にして「迷うなあ」「これおいしいですよ」などとお客さん同士がやり取りしています。
静かにお酒を楽しんでいたご夫婦は、井手町のとなり木津川市から。「JR棚倉からひと駅。着いたら歩いてすぐなので、とても来やすい」と話してくれました。すすめてくださった地元棚倉のクラフトビールを味わいながら、すっかりこの場に同化し機嫌よく楽しんでいる自分におどろきました。
山川さんとお母さんも、知り合いの方と同じテーブルでくつろいでいます。わびすけセンムも看板犬としてお出迎えです。だれもが気兼ねや気おくれすることなく、それぞれのペースで過ごせる広場です。個性あるキッチンカーの存在もこのエリアを一層楽しく生き生きとした場にしています。
金曜、土曜の夜市が明けると、毎週日曜日は「犬と自転車とモーニング」青空のもとの広場になります。
なだらかな坂道のある井手町は、格好のサイクリングロードです。早々に食事をすませ、サイクリングウエアに身を包みさっそうと出発する人、入れかわるように犬と一緒に日曜のモーニングを楽しみに来る家族、ドライブがてら立ち寄る人たちと、様々です。前日に棚倉のクラフトビールをすすめてくださった息子さんに遭遇しました。「何かご縁がありますね」と言葉を交わし、すばらしい日曜日の始まりになりました。
この場所を一緒につくり、支えてくれる人たち
ベラシティハウスは犬も人もだれもが気持ちよく過ごせる場です。飼い主さんは他のお客さんの迷惑にならないように、また犬同士がけんかをしないようにと気を配っている様子がうかがえます。一般のお客さんもまた、心をなごませる動物の存在を寛容に受け入れています。
「お酒とオールディーズ」「犬と自転車とモーニング」の企画は2022年、解体した製材所の跡地の駐車場エリアにキッチンカーが集合して始まりました。世界中を襲ったコロナのため、飲食店をはじめ様々な業種の営業やイベントが中止された時期に当たります。
料理を提供していた側もお客さんも行き場がなく、不安と閉塞感がつのるなかで、人が集い、美味しいものを食べるしあわせを実現させたという実行力と熱意に、本当に敬服します。多くのキッチンカーの出店もあり、まったくの屋外という条件のもとで、暑い日も寒い日も、休まずに提供されたおいしい料理と心があたたまるひと時は、お客さんにとっても大切な思い出深いものになっていると感じます。
オールディーズの夜、お隣のテーブルの方が「今はこんなりっぱな所でこうして飲んでいるけれど、僕はテントの時から通って来ているんや」と話されたことの意味を思いました。提供するお店もお客さんも一緒に寄り合う場をつくり、育てているのだと実感しました。
ベラシティハウスの建物が完成しお披露目されてから1年と少し。コンパクトながら設備の整った厨房からは「こんなに本格的なメニューが出せるの」とお客さんをおどろかせ、喜ばせています。すでに井手の名所となっています。井手に住んでいる人、以前住んでいた人、よそ者だけれどここが好きな人、そういう様々な人が「かかわれてうれしい」と思える土壌があると感じます。ベラシティハウスに感じるおおらかな空気感もそれを示しています。
気兼ねなし、気遣いありの交流の広場
平成の趣きのCDラジカセから懐かしく心地よい曲が流れています。そしてテーブルやベンチ、いすは、かつて製材場で使われていたものです。古いからと捨ててしまうのではなく、引き続き現役で活用できる道を考えることが、これからますます大切になってくると思います。古びていても年季の入った渋い味、新しいものにはない、あたたかみや包容力を感じます。こういったことも人と人の間を取り持ち、近づけている要素となり、魅力であると思います。
お客さん同士も仲良くなりますが、キッチンカーの店主さん同士、シェフも手がすいた時に談笑する様子に気心の知れた信頼できる間柄を感じます。
めずらしい茶そばのキッチンカー KITCHEN FREEDOMの店主さんは隣り町の多賀町出身。中学校は井手町と同じなので知り合いも多いのだそうです。
男の子たちがサッカーボールを蹴ってあそび始めると、茶そばの店主さんはその中に入っていきました。男の子の友だち同士といった感じです。「みんなと友だちなのですか」と聞くと「ここのあそび場の園長なんです」と笑って答えてくれました。なんと愉快な場所でしょう。ここの茶そばが大好きという常連さんは、入院してしばらく来られなかった時、息子さんが店主さんにそれを伝えに来たそうです。そして退院して初めて来た時は「おかあさん、退院できてよかったなあ」と声をかけてくれたと話してくれました。こんなかたちで思いやる「安否確認」ができるつながりが生まれています。
ベラシティハウスのキッチンを受け持つ、よつ葉マートの室シェフは長年イタリアンレストランで腕を磨いてきたベテランです。季節の素材を使った本格的なレストランの味を気軽に楽しむことができます。元気いっぱいの地元の野菜と時々の魚介を合わせた一皿は、気取らずもりもり食べるのがおいしいのです。料理はできあがると、席まで運んでくれます。ご夫婦二人で切り盛りされているので、てんてこ舞いできりきりしそうですが、そんな様子は微塵もなく自然に軽やかに「お待たせしました」とおいしい一皿が運ばれて来ます。
室さん一家は、仕事の関係で亀岡から移住されました。家を探していた時に自然豊かな井手の里の風景が心にとまり、いつか住みたいと思ったそうです。そして縁あって井手の町民となり、今や井手のにぎわいつくりの中心の存在となっています。住んでみて井手はどんなところでしたかとたずねると、ご夫婦そろって「みんな優しくて、とてもいいところです。ここに住んで本当によかったと思っています」と即答されました。室さんの料理がおいしいのは腕もさることながら、こうした家族みんなが「住んでよかった」という井手への深い思いがあるからだと思います。
だれもがのびのびと気兼ねせず、そしてさりげない気遣いを感じる空間、この空気感を山川さんが運営するゲストハウスの外国のお客さんも楽しんでいます。常連さんも「ここへ来るといろいろな国の人に会えてええわ。フランス、ベルギー、マレーシア、中国、ほかにも」と話していました。何も垣根のない自由でゆるやかな国際交流の場です。銘木カフェや元製材所だったベラシティハウスという屋外の広場から、どんどん井手の町と人のすばらしさが世界中へ発信されていくことでしょう。
一人で来ていた若い女性のお客さんの「ほぼ毎週来ています。すごく元気な時も、すごくしんどい時もここへ来るんです。」という言葉に、この場所の持つ意味と役割を感じました。これから先、自然災害も含め思わぬできごとや困難に出会うかもしれません。そうした状況のもとでもきっと「ここはみんなにとって大切な場所なのだ」と、多くの人が我が事として力を貸してくれると思います。井手へ通うなかで、ここが好きと思う一人一人の存在が町の将来をつくっていくのだといっそう強く感じています。