堀川三条東、和菓子屋さん、染物、呉服関係のお家、そしてお香屋さんの前を通ると、ほのかな香りが漂っています。お香の原材料やはるかな歴史、そして独自の文化にまで高めた日本人の繊細な感性など、その奥深さにおどろきます。
天保5年(1834)創業、今年で190周年を迎えた、お香の老舗「林龍昇堂」の林 英明さんにお盆休み中にも次々と入った注文の発送にお忙しいなか、お話をお聞きしました。お香についてのあらまし、そして新たな商品開発など伝統を継承しつつ、常に「今の時代のお香」を模索されている様子など、興味の尽きないお話の一端をお届けします。
お香について、ひも解いてみると
落ち着きのある京都らしいたたずまいの木造の店構えが目を引きます。建物の両脇のショーウインドーには、香炉、昔の道具や看板に写真など貴重な品々が展示されていて、さながら「まちかど博物館」のようです。
通りすがりに足を止め、写真を撮っている人も見かけます。「日下恵」は「控え」であり、お香の調合表とのことで、原材料の変遷や時代によって変化する調合など、とても貴重な記録です。
林さんが構想を練って原案を作り、ウェブデザイナーの提案も入れながら完成させたホームページには、読み物的なおもしろさもあり、お香の始めの一歩からとてもわかりやすく説明されています。
お香は仏教とともに日本に伝わったとされ、儀式に使われていましたが、平安時代に入って、貴族のあいだで流行し、それぞれ独自の香りを調合して衣服に香りを移して楽しむようになりました。お香の原材料は伽羅(きゃら)白檀(びゃくだん)沈香(じんこう)の香木と、他の天然原材料に丁子、桂皮、大ウイキョウなどがあり、スパイスとしてもおなじみのものもあります。
そして実際のお香になるまでには、原材料を調合して香りの素となる「匂香」を調製します。匂香には数種類から数十種類の原材料を使用するそうですが、林龍昇堂ではこの原材料の一つ一つを吟味して使用しています。
店内には今では手に入れるのが困難になってきた貴重な香木も目の前にあり、最高の体験の場となっています。
地域の特産品使用のお香の誕生
伝統的なお香を継承すると同時に、今の社会で求められている課題の取り組みの一つとして、環境の保全とあわせて地域の原材料や特産品を有効活用した商品開発に取り組んでいます。
世界遺産二条城は、ご近所と言えるところにあります。その梅園の梅の実をいただいてつくったのが「二条城 梅だより」です。白檀の香りのなかにほんのり梅を感じる、梅の花をかたどった紅梅色の雅なお香が完成しました。
また、福井県若桜町特産の梅と京都のお香が出会い、新商品になりました。梅のピューレを練り込み、天然の梅の香りを追求したお線香です。古くから若狭と京都を結ぶ鯖街道にちなみ、これからは梅を通したご縁がつながるように「梅街道」の名がついています。「若桜路女将の会」と林龍昇堂の共同企画は、梅、沈香、白檀の3種セットです。これからも人と人、昔と今をつなぐ架け橋となるようにと願いをこめて「香け橋」と名づけられました。この香け橋の香りが若狭の女将さんたちをどれだけ元気づけたことでしょう。
直近に発売となったもう一つの商品は、竹の間伐材の有効利用として竹炭の生産に取り組む企業からの問い合わせが始まりでした。竹炭と一緒に、宮津を中心とする丹後の名産である「完熟みかん」の搾りかすも活用するという画期的な商品です。持続可能な地域の未来を照らす道しるべとなってほしいとの願いをこめて、その名は「明けの橙台」。お香は落ち着いた色合いの、これまでの柑橘系のものにはない、やわらかい酸味と甘さを感じる新しい感覚の香りがしました。
他の天然材料と違い、梅もみかんも果実そのものをお香にすることはかなり難しいことだったと思います。それぞれの香りを再現することや、色のバランスなど苦労を重ねた結果がまさに実を結んだと言えます。
「地域に今あるものを生かす」ものづくりは、それぞれの地元のみなさんが今住んでいる地域を見つめなおし、その良さを再発見することにつながると感じます。
新しい香りの共同の取り組みは、産地の人を勇気づけ、また多くの人にみかんの名産地であることを知ってもらうよい手立てになると思います。商品の広がりが期待されます。
家族4人で切り盛りする、まちなかの店
林龍昇堂のある三条通界隈は、お店と民家が並び「みんな顔なじみのお町内」といった親しみを感じます。
林龍昇堂は家族ですべてを切り盛りされています。原材料は吟味しているけれど、質の良いものが少なくなっているし、入手困難なものもある。その時々の実情に合わせながら調合しているそうです。「家族4人でやっているまちなかの店が、大きな店と同じようなことをしても始まらない。本当の意味でオンリーワンにならないと」と語ります。
お話を伺いながら感じるのは、応対も一つ一つの物事に対しても、とてもていねいで商品に対する思いや、根本の姿勢が本当にまっすぐであるということです。商品名にしても「架け橋」は「香け橋」「明けの橙台」と、原材料のみかんとつながる「橙」を当てています。お香の選び方を聞かれた時は「最初に自分で感じた感想を大切にしてください」と伝えているとのことでした。店舗なら商品をいろいろ見てもらい「試し焚き」をして実際の香りを体験することもできるので、ぜひ気軽にご来店くださいと続けました。
お線香はお盆や暮れにお供え・お使い物として使われる人は多いと聞き、そういった暮らしの習わしが続いていることにほっとしました。
林龍曻堂の創業からの歴史を見ると、江戸時代にはすでに調香技術を確立し、明治時代にはアメリカなど海外取引を開始、その後も各種博覧会へ積極的に出展し、優秀な成績を収めるなど代々、進取の精神を持たれています。そして、お客さんを大切にするおおもとが少しも揺るがないという点もすばらしいと感じました。
それは英明さんの父親で六代目の慶治郎さんも「心のやすらぎをお届けしたいという信念」「香りを楽しんでもらえることが最上の喜び」と述べられているように、脈々と受け継がれている精神なのだと感じます。英明さんはサラリーマン生活を経てお店へ入られたと聞き「190年の暖簾を背負うことに、決心がいったのではありませんか」とたずねると、やや間をおいて「190年はとても重くて背負いきれませんよ」と、にこっとして、みごとな答えが返ってきました。
190年の歴史は、お客様を大切にし、誠実に仕事に向きあう日々の積み重ねにあると実感しました。香りとともにその形や色、立ち昇る煙にも奥深さ、美しさがあるお香の楽しみを一人でも多くの人に知ってもらいたいと思います。
香老舗 林龍昇堂(はやしりゅうしょうどう)
京都市中京区三条通堀川東入 橋東詰町15
営業時間 9:00~19:00(日曜、祝日は18:00まで)
定休日 日曜日