向日市の西国街道沿いにある創建1300年の由緒ある向日神社。その参道脇にあった和菓子店は、白あんを赤い羊羹で巻いた「源氏巻」が名物でした。惜しまれつつ閉店して20年、多くの人々の記憶に刻まれた源氏巻が創業者のひ孫にあたる辻山由紀子さんによってよみがえりました。
今年の1月25日に開業したばかりですが、源氏巻との再会を喜ぶ地元のみなさんが足を運び「なつかしい」「うれしい」という声を置きみやげのように寄せています。
お店の十字の紋のロゴには「多くの人が交わり、交流できる和菓子店にしたい」という思いが込められています。「突き動かされるような思い」で再び掲げた「辻山久養堂」の看板には、明治30年創業の家業と和菓子の文化への辻山さんの熱意と覚悟がうかがえます。
お客さんとのなごやかなやり取りのなかにも、店としてのきちんとした居ずまいにすがすがしさを感じ、帰り際に「また来ます」と自然に言葉が出る、地域のみなさんの身近な和菓子屋さんの姿をお伝えします。
和菓子の伝統を大切にしつつ、新たな工夫
「源氏巻」は、白こしあんと羊羹という和菓子の定番中の定番を組み合わせたお菓子ですが、辻山さんの曾祖父の初代が考案し、源平合戦の紅白の旗の色をイメージして名前が付けられました。
以前は夏は製造せず「お正月には必ず源氏巻をいただきました」と話してくれるお客様もあり、この地域の新年を祝うお決まりのお菓子だったことがわかります。羊羹のような棹物のお菓子ですが、おいしいうちに食べきれるカットした単品も並んでいます。また、基本は当日お召し上がりくださいの生ものですが、少し日もちする個包装もあります。カットされた面々は、渦巻き模様に愛嬌があり、単純な意匠ながら個性的です。
源氏巻の元祖「赤」に加え、抹茶、ほうじ茶、柚子、そして季節限定のお楽しみ版も販売されます。すべての商品に着色料は一切使用せず、自然素材の色あいや風味を最大限生かしています。そのため使用する原材料は吟味し、信頼できる取引先のものに限っています。白あんには北海産大手亡豆、素材の持ち味を引き出すゆっくり溶ける粒の大きなザラメ糖、天草100%の寒天など、お菓子の土台をしっかり支えています。
「白あんを炊いたり、羊羹で巻いて、それを一切れずつに切って。大変ではないですか」という問いに「白あんの煮詰め方が難しいです。煮詰めすぎると巻く時に割れるし、ゆるいと巻けないので」と引き締まった職人の表情になりました。和菓子作りの原点を守りながら、今の生活にも和菓子が受け入れられるように「どうしたら喜ばれるか、おいしく楽しく食べてもらえるか」を考えたうえでの、一切れずつ買える、サイズ小さめ、色どりはきれいにといった工夫がなされています。
以前はどら焼きや柏餅や水無月なども作っていましたが、今は源氏巻のみの販売です。そのなかで辻山さんは、せめて和菓子の楽しみであり特長である季節感を提供したいと、源氏巻の新しい試みを次々と商品化しています。6月は「渦水無月(うずみなづき)」と名付けた豆の風味豊かな水無月源氏、7月は2種類の食感を楽しめる水ようかん仕立ての「源氏水羹(げんじすいかん)」が評判を呼びました。
春にいちごが登場した旬の果物シリーズも次は何だろうと、みんな心待ちにしています。夏はシャインマスカット「晴王(はれおう)」入りという太っ腹な「はれおう源氏」です。
一つ一つに菓名がつけられていうところにも、辻山さんのお菓子との真摯な向き合い方を感じます。地元のお店はこうしてお客様との関係を作っていくのだと感じます。
昔からやっていたことが今の時代にかなう
辻山久養堂というどっしりした店名ですが「源氏巻と量り売りおかきのお店」と、とても潔い商いの中身です。
量り売りは最近、実施されているお店もありますが「おかきの量り売りは以前からやっていたのですよ」とのこと。源氏巻もさることながら、おかきも根強い人気商品です。求めるおかきをさがして試食し、何件もまわった結果、たどり着いたのは従来取引していたおかきや屋さんだったそうです。「好きなおかき、食べたいおかきを色々ほしい分だけ」を聞いてもらえる。買う側にとってうれしい販売の仕方です。
色とりどりのキャンディーを選ぶように、店頭に並んだおかきの品定めも子ども心を呼び覚ますような楽しいひと時です。昔からの定番おかきのなかでも、「たがねの里」は、ぱりぱりと粒々の食感も楽しめて指名買いされるお客様も多く、2.5キログラムの缶入りで買う方もめずらしくないとのことで驚きました。
また最近は「マイ容器」持参のお客様も増えているそうです。手近にある容器や、お気に入りの缶やビンに詰めてもらえばそれだけでも楽しいし、気取らない贈り物にもぴったりで、そして小さくても省資源にもつながります。ショーケースの上の小さな木製プレートは、今あるものを大切にする暮らしの取り組みを進める「くるん京都」の「包装なしの商品から好きなものをすきなだけ」を実施している協力店を示すプレートです。
ひいお祖父さんの代からの商いは、少しゆっくり身の回りに目を向けてみようという今の流れと重なります。お話を聞いていて、大切なことのみなもとは100年前の久養堂にあったのだと感じました。
多くの人の力を借りて、思い描く和菓子店へ
お店は阪急電車西向日駅から、歩いて10分足らずの静かな住宅街にあります。久養堂創業の地である向日神社のあたりにも近く、西国街道、光明寺道、善峰道など古くからの街道筋であった名残も見られます。
住み慣れた自宅を改装した店舗は、ケーキ屋さんと間違えて入ってくる人もあるというすてきな雰囲気をかもしだしています。店主の辻山久養堂というお店をこうしたいという思いと感性が隅々にまで生きていると感じる空間です。これは辻山さんの考えや思いをしっかり理解してくれて、それを専門的な立場から課題を見つけ出し、希望をかなえるために一緒に取り組んでくれたすばらしい工務店さんとめぐり合って実現しました。レジカウンターの後ろのふすまもぱっと目を引くデザインながら木を基調とした空間になじみ、モダンな明るさを添えてくれています。
こじんまりしたスペースの上がりがまちは、さながら縁側のようです。辻山さんの思い描く「地域の方がほっとひと息つけるお菓子、多くの人が交わる場所」を表しています。いかにも縁側みたいでしょ、という主張ではなく、普通に、お菓子のことや子どもの学校のことなど、ここに座って雑談をしてしまう、そんな気取らない雰囲気がいい感じです。店内にいながら、緑が見えるのも気持ちがなごみます。
地元の金融機関で働いていた辻山さんは、実は和菓子店を再興させよう、和菓子を作ろうとは思っていなかったそうです。金融機関の窓口でネームプレートを見たお客様から「辻山さんて、あの久養堂さんか」と話しかけてくれたことで「つき動かされるように」久養堂再興への道へ進みました。
まったく違う仕事からの転身は、お菓子作りに必要な素材や技術はもちろんの、包材ひとつにしても「量り売りには袋がいると、開業が近づいてから気づいたくらいでした」と、今では笑って話せることですが、てんてこ舞いだった様子がしのばれます。
ロゴや簡素で雰囲気のあるパッケージデザインやホームページもすてきですねと話すと「困った時、必ず助けてくれる人が現れるのです。本当に多くの人に助けてもらってやっていけています」と続けました。
ショップカードや毎日がすてきな日になりそうに思えるイラストのカレンダーの作者は娘さん。また店内に置いてある思い思いに書き込み、訪れたひとがつながるノートも娘さんのアイディアです。
お店のコーナーに置かれた革や木の作品は息子さんが手がけました。お母さんはお菓子作りの欠かせない相棒です。
源氏巻の風格ある看板は親戚の方がずっと保管してくれていたもので、新聞記事で開業を知り、運んで来てくれたそうです。
向かい側の散髪屋さんは子どもの頃からかわいがってもらいました。ずっと立ち仕事をする大ベテランの奥さんが「立ち仕事にスリッパ履いてたらあかん。足がむくむから」と教えてくれたり、すぐ近所の洋品店もお客さんに久養堂を紹介してくれたりと「うちの町内の、ひいお祖父さんの跡を継いだ店」を応援しようという気持ちがありがたいと辻山さんは語ります。お店にやってくるお客様が「おじいちゃんがこのお菓子すきやった」「子どもの頃に食べていたのでなつかしい。また食べられるとは思わなかった」など、源氏巻は地域の人々の大切な思い出ともなっています。
地域のみなさん、家族、親戚、友人、仕入先等々、お客様やお店にかかわるすべての人々が新しい久養堂をつくりあげていると感じます。「源氏巻とおかきの量り売りのお店」が地域のしあわせにつながりますように、その思いをこめてこのブログを綴りました。
辻山久養堂(つじやまきゅうようどう)
京都府長岡京市滝ノ町2丁目2-6
営業時間 10:00~17:00
定休日 日曜、月曜日、祝日