栄枯盛衰の跡と 秋の夕暮れ

「いつまで続くの、この暑さ」こう言った会話が途切れることのない今年の猛暑です。それでも日の暮れはおどろくほど早くなっていますし、たまに吹く涼風に秋の気配が感じられます。
かすかな秋を見つけられるかなと思い、以前、偶然通りかかった時に気になっていた神社を目指して東山七条へ向かいました。
そこは、現代の京都のなかに栄枯盛衰の歴史を垣間見る、独特の空気を感じる場所でした。

身近なところに歴史を知るよすがあり


東大路通と七条通の大きな交差点の東側、広く勾配のある坂道が山のふもとまで続いています。これは豊臣秀吉公が葬られたとされる「阿弥陀ヶ峰」(あみだがみね)へと続く「豊国廟」(ほうこくびょう)の参道です。少し上っていくと、豊臣廟の大きな鳥居の左手に「新日吉神宮」と染め抜いたのぼりが立てられ、鳥居も見えます。はじめにこちらからお参りすることにしました。
新日吉神宮
新日吉は「いまひえ」と読み、京都市の駒札には、永禄元年(1160)後白河法皇により、都の表鬼門にあたる比叡山坂本の日吉大社から方除け、魔除けの神様としてお招きされたのが始まりと記されています。酒造、医薬、縁結びの神様として大いに信仰を集めたとされています。
「豊国神社」は、この近くの国立博物館のそばにありますが、新日吉神宮境内にも「豊国神社」のお社があります。交差点の参道入口の立て看板には「新日吉神宮 江戸幕府により廃祀された豊臣秀吉公の御霊代を密かに祀り続けてきました」とあります。
新日吉神宮
左側にある「山口稲荷神社」は、鳥居の色は年月を感じさせますが「阿吽」の狐は風雪に耐えてお守りする風格とともに、かわいらしさも感じます。
鳥居と朱塗りの楼門の奥に本殿があり、境内には「菊の紋」の入った灯篭や、珍しい様相の狛犬、神様のお使いでもあり厄除け、金運のご利益のある阿吽の狛猿「真猿」(まさる)が迎えてくれます。
樹下社
境内にある豊国神社は「木下藤吉郎」の姓に通じることから「樹下社」(このもとのやしろ)という名で祀られ、豊臣家が滅亡後、徳川からの排斥を受けた秀吉公にまつわる寺院やご廟を守ってきたという由緒を今に伝えています。
豊国廟
次は今回「秋は夕暮れ」の景色を東山山麓から眺めたいということもあり「豊臣廟」阿弥陀ヶ原へ向かいました。
日も陰る、うっそうとした木立に季節知らずのミンミンゼミが勢いよく鳴いています。
まっすぐに伸びる石段を圧倒される思いで眺め、気持ちを奮い立たせました。
登拝料100円なりを志納金箱に納め、進んでいくと「御参拝の皆様へ」の表示があります。
ご墳墓までは五百段近く手すりのない石段が続くので、日没にかかる御登拝は大変危険ですと、呼びかけています。
すでに暮れかかって来ています。滝のような汗を流しながら「やめようかな」とも思いましたが「ここでやめたら意味がない」と続けました。しかし、最後の200段近くありそうな一直線の石段の手前で断念しました。人っ子一人いない山の中腹で、暗いなか急な階段をひたすら下りるのは相当危険で、物の怪ではないけれど何だか怖い。

萩の花
道中に萩の花が咲いていました

夕陽を拝むのは、秀吉さんもねねさんもみんな、最後は西方浄土へ行けることを願ったことでしょう。阿弥陀ヶ原一体は昔「鳥辺野」と呼ばれた葬送の地です。
そういう場に立って胸によぎるのは何だったのだろうという気持ちがわき上がってきました。

大学のキャンパスに囲まれた旧跡

豊国廟の鳥居
日はすっかり傾き、西の空は刻刻と色を変えていきます。さっきまでふうふう上っていた東の山手をふり返ると、こちらの空も薄紅色に染まっていました。
西の空の茜色はさらに鮮やかになりました。
東山七条からずっと、京都女子大学のキャンパスが並んでいます。授業を終えた学生さんたちでしょう、坂道を下っていきます。西日がきつい時間、また朝の登校時間に東に向かってこの坂を歩いていくのは大変だと思います。豊国廟の鳥居をくぐって歩いている人もいます。そうやってキャンパスを行き来するとは、京都のこの地だからこそと思います。

多くの人が足を止めて夕焼けを写しています。「きれい。今日もいい日やったなと思える」という声が聞こえてきました。自然が織りなす風景のなかに身を置くと、自然と気持ちがおだやかになって、その雄大さ、美しさや優しさを感じることができるのだと思います。そしてその感覚を共有することで、人と人は共感できるのだと感じました。
いろいろと感じることがあり、また少し心細い思いで山からおりて来て、家々やお店の灯りを見た時に、なぜか胸にこみあげるものがありました。
カスガ東林書房
お参りに行くときに気になった、本屋さんとカフェが一体となったようなお店はまだ明るく、閉店にはなっていないようでしたので、入ってみました。「カスガ東林書房」100年続く老舗の書店がリニューアルされたのだそうです。店内は木の香りが漂い、本当にこころが静まります。レモンとチーズのミルクジェラートをお願いしました。
カスガ東林書房カスガ東林書房のジェラート
お父さんと息子さんと思しきお二人応対がとても気持ちよく、はじめてのお店なのにくつろぎ気分になれました。そして今日の旧跡めぐりで感じたことを思い返しました。
歴史に名を馳せた勝者と言える人々も、壮大な建物も長い年月のあいだに様々なできごとにさらされて生きていくのだということを強く感じました。栄枯盛衰を繰り返してきた歴史。そして今もなかなか思うようにならない現実も厳然としてあります。でも、だからこそ、日々を普通に暮らすことのまぎれもない重みを感じました。旧跡と日常の接点がありました。
秋の夕暮れを見に来た東山山麓めぐりは、感じることの多いものになりました。
外へ出るとすっかり暮れていました。

 

カスガ東林書房
京都市東山区妙法院前側町435-1
営業時間 平日/11:00~18:30 土曜/11:00~18;00
定休日 日曜、祝日