昭和初期 モダンな京都の住宅

神社仏閣や京町家は、京都の景観を形成する重要な要素ですが、町並みに調和する明治以降の近代建築もまた、見るべきものが多く残っています。
なかでも個人の住宅は、建築主の思いや、人となりを色濃く反映し、住んでいた人たちの息遣いが伝わってくるようです。日本の優れたモダニズム建築であり、国の登録有形文化財、山科区の「栗原邸」が4日間限定で一般公開され見学してきました。

京都の近代遺産、疏水と鉄筋コンクリート住宅


地下鉄御陵駅で下車し、静かな宅街を北の山側へ山科疎水の手前まで10分ほど来ると、心なしか空気がひんやり感じられます。「登録有形文化財」のプレートをはめ込んだ堂々とした門を入ると、鬱蒼とした木々に囲まれて斬新なデザインの洋館が建っています。

この建物は、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)校長を務め、染色家でもあった鶴巻鶴一氏の居宅として建てられました。そして12年後に、日本で最初の広告業をたちあげた、栗原 伸氏に譲渡され、以降、ご子息が住まわれていました。設計は、同じ工芸学校の教授であり建築家の、本野精吾氏があたりました。本野精吾氏は、現・工芸繊維大学の3号館、現・京都考古資料館も設計しています。

玄関から奥へ続く廊下は木をモザイクのように組み合わせて

栗原邸は、当時の最先端の特殊なコンクリートブロックをむき出しにして建てられていますが、威圧感や重苦しさは感じません。そして、中へ入ると、木の安らぎ、あたたかみのある造りとなっています。風格のあるダイニングルームの壁に張った杉板は、節がそのまま見えていますが、それが木の素朴なおもしろさや個性を生かしているように感じました。

照明器具や本や食器も当時のまま残っている

テーブルや椅子、ソファーなどの家具や調度品も本野氏がデザインしたものです。大切に使われ、当時のまま、一つ一つが役割が決まっているかのように、定位置に見事におさまっています。

ダイニングルームと客間の間に大きな引き戸があり、ダイニングルームは桜とつつじ、客間は唐獅子が、鶴一氏自身のろうけつ染で描かれています。
疎水から続く裏山の木々の緑や自然と一体となっているところであり、それが作為的ではなく、あるがままの調和を見せているところに栗原邸の魅力を感じます。施主の鶴巻氏と建築家の本野氏が、理想の住まいを、伝統と進取の精神に富んだ京都で一緒に取り組んだことで実現した家なのだと言えるのではないかと思いました。
年月を経て、良い風合いになったテーブルに、外の木々が映りこみ、青もみじさながらの趣でした。めぐり来る季節を身近に感じる暮らしを大切にされていたのではないでしょうか。
当日はお子さん連れの家族も訪れていて、明るい空気が流れ、邸内が生き生きと感じられました。

時を同じくして建てられた住宅


大山崎町にある「聴竹居」は、建築家の藤井厚二氏が1928年(昭和3年)に建てた自宅です。「真に日本の気候風土にあった、日本人の身体に適した住宅」を追求し、5軒めとなった実験住宅です。地元のみなさんを中心にしたボランティア組織が維持管理にあたり、一般公開と見学者のガイドも務めています。風の流れや太陽の光など自然の力を生かした、快適で、しかも日本の感性が光る住宅は、今も多くの人に理想の住まいとして様々なことを伝えています。
同じ乙訓地域の向日市には、英米文学者であり、和紙の研究家でもある寿岳文章、しづ夫妻、長女で国語学者の章子氏、長男の天文学者潤氏が暮らした家「向日庵」(こうじつあん)があります。設計は聴竹居の藤井厚二門下の澤島英太郎氏が担当しました。風の通りや換気など藤井氏の影響を色濃く受けています。
向日庵には、民芸運動の中心人物の柳宗悦やバーナードリーチ、学者の河上肇や「広辞苑」の生みの親、新村出氏など多くの人々が訪れ、文化サロンの役割を果たしていました。施工した熊倉工務店当主の熊倉吉太郎氏は、藤井厚二氏とも交流があり、民芸運動にも共鳴した棟梁で、寿岳家の意を汲み、理解し、文化的で自由な雰囲気にあふれる住まいが誕生しました。
昨年、「NPO法人向日庵」が設立され、保存へ向けた取り組みが進んでいます。

栗原邸“継承のための”一般公開

どの窓も大きくとってあり、木洩れ日と緑が心を癒してくれる

強固なコンクリートブロッで建てられた栗原邸も、老朽化に伴う痛みが出てきました。そこで2011年度から、京都工芸繊維大学の教育プログラムにより、建築家や学生が、壁の漆喰や天井の雨漏りなどの修復を行ってきました。今、所有者である栗原さんは、傷んだ部屋の修繕費や清掃費、固定資産税などが大きな負担となっています。80歳を超える高齢であることも考えて、新たな所有者を募ることにされました。
まず、建物の歴史的価値や文化的価値を広く知ってもらいたいと、栗原さんのご協力をいただき、公開の運びとなったとのことです。
当日、ボランティアスタッフとして参加していた、修復に従事した工繊大の院生さんが「これほどの 価値のある建物なのに、古い建物だからと壊されてマンションになったりしないように、なんとかこの建物を生かしてくれるオーナーさんが現れてほしいです。壊したら二度と元に戻らないのですから」と訴えていました。

疏水の支流での魚やザリガニ取りに夢中!自然の遊び場はおもしろい

東京遷都ですっかり寂れ、元気をなくした京都復活の原動力となった疏水はすぐ近くを流れています。疏水と栗原邸。先人が築き、これまで守ってきてくれたすばらしい遺産を、専門家、市民、心あるあらゆる人の力で、今のかたちで引き継がれるよう願わずにはいられません。
建都も、家族が幸せになれる理想の住まいのあり方をお客様と一緒に考え、工務店のみなさんとのネットワークをより強くして、京都の景観と住まいの歴史的・文化的価値を生かしてまいります。

歴史の舞台 高瀬川沿いの喫茶店

京都の繁華街、河原町四条あたりは、買い物や観光の人でいつも溢れかえっています。すぐ近くなのに、その喧噪から離れてほっとひと息つける喫茶店があります。

そこは、周辺の昭和ひと桁創業の老舗や抹茶など京都モノの店、新しいモダンなタイプとも違う、けれども「まぎれもなく京都」を感じる喫茶店です。場所は、木屋町通り四条を下がり、高瀬川にかかる小さな橋のたもとです。

“madame”という呼び方が似合うオーナー

高瀬川の景観に調和する緑がシンボルカラー

高瀬川沿いの桜が緑の葉を繁らせ、鴨川踊りの朱色のぼんぼりを引き立てています。
Café yoshikoは、カウンター席のみ、10人に満たないほどの席数の、女性オーナーが一人で切り盛りしているお店です。細身の体に、ピンとアイロンのかかった真っ白なシャツを着て、ウエーブのかかった髪を黒いリボンで結んでいるのが定番スタイルです。いつも飾ってあるバラの花とも雰囲気が合っています。「おかあさん、ママ、おねえさんはどうもちがう。マダムが一番ふさわしい」と、密かに思っています。

大きな窓の高瀬川に面したカウンターは、四季の移ろいわかります。春は川岸の桜が満開の枝を差し伸べ、鴨のつがいが毎年姿を見せます。夏は川の流れが涼を運んでくれるようです。秋は桜紅葉、冬はみるみるうちに時雨れてくる薄墨色の景色。また、それよりもっと細やかな季節の変化も感じることができます。日差しの強弱や、川面の色、葉の緑の濃さ。そして、そんな小さなことに気づくと何となく、気持ちの固まりがほどけていく気がします。

常連さんのコーヒーチケットが並ぶ

徒歩圏内のおなじみのお客さんとマダムとのやりとり、お客さん同士の掛け合いのような話しも癒し効果に感じられます。買い物の成果、おいしい店の情報交換、みせ出しした舞妓さんのこと等々、ネットや週刊誌より「もっと京都」な内容です。常連のお客さんが多くても、他の人がなじみにくい雰囲気ではなく、マダムは誰に対しても丁寧で、みんな気兼ねなく、好きなように過ごすことができるのです。
特定の人を特別扱いしたり、またその反対に、なじみでないお客さんに、どこかぞんざいな応対をするなどは決してしない。恥ずかしいこと、みっともないことは絶対しない。そういうきりっとした姿勢に「京都人気質」を感じます。

たまごサンド マダム・ヨシコ風

注文を受けて焼く卵焼き入りのたまごサンド

メニューは飲み物と、トーストと2種類のサンドイッチとシンプルです。お腹が空いている時は、たまごサンドをいただきます。こちらのたまごサンドは、ゆで卵ではなく、注文のつど焼くたまご焼きに、きゅうりとレタスがはさんであります。トーストにした耳が美味しいので切り落とさず、そのままにしてもらいます。きつね色の香ばしいパンと3種類の具の切り口も美しく、見ただけで美味しさが伝わってきます。高級な具材を使った特別なサンドイッチもありますが、マヨネーズを手や口の周りに付けたりしながら、大きく口を開けて気取らずに食べる、親しみのあるサンドイッチがやっぱりいいなと思います。カフェ ヨシコさんのサンドイッチは、ちゃんと手づくから作ったという存在感があります。

コーヒーとジャズと歴史の交差点


角倉了以とその子素庵が開削した高瀬川は、大正時代まで約300年にわたり、高瀬舟による運搬を担いました。物流の拠点となったことから長州藩や土佐藩など藩邸を設け、その石標が建っています。高瀬川沿い、木屋町通りの三条から四条にかけては、幕末の激動期を駆け抜けた、多くの若者たちの歴史が刻まれています。近代日本の礎となった人物としてまず名前があがる坂本龍馬が投宿していた材木商の「酢屋」は、今も商家の構えと稼業を守っています。龍馬や吉田松陰らに影響を与えた開国論者の信州松代藩の佐久間象山の遭難の碑、池田屋跡などの歴史の足跡を巡る人達も見受けられます。

古いアメリカンポップスやジャズもよく弾くそう

カフェ ヨシコさんへ向かう時、木屋町四条では、たいてい若いミュージシャンがストリートでのパフォーマンスを展開しています。ギター、サックス、パーカッション、津軽三味線。楽器のケースには、100円コイン、千円札が入り混じって入っています。いつもはクラブで演奏していて休みの日に、ここへ来ているというギタリストの彼は、ストリートは楽しいと話していました。チップを入れてくれるのはほとんど外国人ですね。日本人のお客さんはきっと恥ずかしいのだと思います」と、にっこりして弾き始めた「オーバーザレインボー」を聞き、楽器ケースにありがとうの気持ちを入れました。ここに立つミュージシャンのなかから、メジャーデビューして夢をかなえる人が生まれるかもしれません。
京都は教科書にある歴史がすぐ近くにあり、私たちの日常と交錯しているのだと、改めて感じます。

京野菜農家がつくる レモン

シェフや料理人からの求めに応じて、種類もサイズも様々な野菜を栽培する「オーダーメードの野菜作り」を確立した、石割照久さんを、昨年8月の京のさんぽ道でご紹介しました。フランスでの京野菜作りなど、言葉や業界の垣根を軽々越えて、いつも新しいことに取り組んでいる石割さん。
「今やっている、新しいおもしろいことは何ですか」の問いに、氏子である松尾大社のお祭りに始まり、次々と楽しい話が繰り出してきました。「石割農園便り その2」をお届けします。

「日本第一酒造神」松尾大社の氏子


松尾大社は洛西の地あり、京都で最も古い神社のひとつです。集団でこの地に移り住んだ秦氏は、大陸の新しい文化や技術をもって、一帯を開発し、ことに酒造りは秦氏一族の特技とされ、室町時代以降は「日本第一酒造神」と仰がれるようになりました。今でも毎年11月上の卯の日に、全国の和洋酒、味噌、醤油、酢などの醸造家が参集し、醸造安全を祈願する「上卯祭(じょううさい)」が行われ、醸造が終わる4月中の酉の日は、無事完了したことを感謝する「中酉祭(ちゅうゆうさい)」が行われます。日本各地の銘酒の菰樽が積み上げられた様子は壮観です。
古くから「卯は甘酒」「酉は酒壺」を意味するとされ「酒造りは卯の日に始め、酉の日に完了する習わしがあり、お祭りの日取りはこのことに由来するそうです。現在は日曜日に設定されていますが、神様を御旅所へお迎えする「おいで」とも言われる神幸祭は、旧暦三月中卯の日に、神社へお戻りになる還幸祭「おかえり」は、旧暦四月上の酉の日にとり行われていました。

代々の氏子である石割家でも、十代目当主の照久さんが白装束に身をつつみ、先日の神幸祭に参列しました。子どもの頃、おばあさんが「おいでは卯の日うとうと、酉の日とっとと、おかえりと話してくれたと懐かしそうに語った後「今、お酒と関係するおもしろいことをやっているんです」と続けました。

京都から、日本初のクラフトジン


2016年10月に京都の蒸留所から、ヨーロッパのジンの伝統に、京都をはじめとした和の素材を加えた、日本初のクラフトジンが発売されました。玉露、柚子、生姜、山椒、桧などの風味を楽しむ「飲んだ人が日本や京都を思い浮かべることができる」スーパープレミアムクラフトジンです。旬の時期を見極めての素材の確保、また、乾燥させずに使うため、その保存も難しく、素材の特性に応じて6種類のグループに分類して別々に蒸留するなど、大変手間がかかる作り方をしています。その繊細な味わいは、ジンを好きな人にも、これまで飲んだことのなかった人にも好評だということです。

レモンの花のつぼみ

一段と香り高いと評価された、石割さんが育てた柚子やレモンが「京都が誇る伝統と匠の技、繊細さ、先進的かつ革新的な感覚」が、すべて求められるクオリティのジンの一翼をになっています。
畑に案内されると、レモンは先がほんのり薄紫のつぼみ、柚子はまん丸なかわいいつぼみを付け、ブラッドオレンジは白い花が開き、甘い香りを放っていました。石割さんが自分の畑で研究を続けた有機肥料で育てたみずみずしい実を付ける季節が楽しみです。

次に京都から発信できるものは何か

今年2月、京都の和食文化への多大な貢献に対して、京都・食文推進会議より「京都和食文化賞」を受賞。

京野菜ももとは、日本の各地から都へ献上されたものを、その時代その時代の農家が工夫し研究して、やがて伝統野菜となったものがあります。京都の土地に合った特徴のある野菜です。京都の伝統野菜に指定されている水菜の収穫量1位は茨城県ですが、そうやって京都の野菜が広く作られることは良いことだと石割さんは語ります。
「それよりも万人向けでなかった京野菜も万人向けにしてしまったことのほうが考えないとならないこと。大切なのは特徴のあるものを作って、また京都から発信していくこと」と続けました。そして「どこの地域にも発掘すれば、おもしろいものは必ずあるはず。それを自分達で見つけて発信していけばいいことやと思います。万人向けに流されず、特徴のあるものを作ったほうがおもしろいしね。今、フランスでりんご酢を作っているんやけど、最初はすっぱくて、すっぱくて」と豪快に笑いました。

ブラッドオレンジの花

ブラッドオレンジも、京都では絶対うまくいかないと言われて、「よし、そんなら美味しいオレンジを作ったろ」と栽培を始め、良いものが収穫できるようになりました。次から次へ、やることがいっぱいあって飽きることがなく、楽しくてたまらないそうです。

おみやげに頂いたずっしり重たいキャベツからは元気いっぱい吸い上げた水分がしみ出し、膝が濡れるほどでした。今年の秋には「極秘のフルーツが収穫できると思うので、楽しみにしといて。これで一世風靡したいなあと思って」というわくわくする話ももおまけにもらいました。石割さんの農業の冒険はまだまだ夢の途中です。

パン好き京都人に 愛されています

総務省の2016年度家計調査によるパンの消費量は、京都市が1位。「京都人のパン好き」が、数字からも見てとれます。いろいろな個性を持つおいしいパン屋さんがあちこちにあることも、パン好きを増やしているのかもしれません。
和の殿堂でありながら、琵琶湖疏水を造って水力発電を起こし、チンチン電車を全国にさきがけて走らせるなど、進取の気風に富む京都は、ハイカラな食文化を取り入れることにも積極的だったようです。

学生の街、左京区で地元の人に愛されるパン屋さん「HOLYLAND(ホーリーランド)」は、2月にご紹介した「茶山sweets Halle(ちゃやまスイーツはれ)と同じく、建都と長いお付合いのある、社会福祉法人修光学園の就労支援施設「飛鳥井ワークセンター」が運営する専用店舗です。
丹後産のジャージー牛バターと天然塩を使用した食パン、その名も「京の旨(きょうのうまみ)」が話題となり、おいしいパン屋さんとして注目を集めています。

利用者さんは、ベテランパン職人


京都大学の吉田キャンパスのある百万遍界隈は、喫茶店や書店、古書店、定食屋、銭湯が並んでいたまちの顔もだいぶ変わりましたが、それでも学生街の自由な雰囲気は失われていません。
百万遍の交差点から北へ400メートルほど行くと、スーパーマーケットの1階に、全面ガラス張りのパン屋さんHOLYLANDがあります。道を歩いていてもガラス越しに、焼きたてパンのいい匂いが漂ってくるような気がします。ここで作られるパンは80~90種類。店頭には常時60~70種類のパンが並びます。

ハード系のパンは、ビールやワインにも
デニッシュ系のパンも新作登場
コロッケも工房で作ります

運営する飛鳥井ワークセンターは、全国でも例を見ないと言われるスーパーマーケットとの合築です。2~3階にパン工房とその他の作業場、事務所、1階に専用店舗のHOLYLANDとなっています。センターが開設された1994年から製パン事業に取り組み、現在は15人の利用者さんと5人のスタッフが担当しています。


毎日、生地から作っているHOLYLANDでは、粉、イースト菌、塩、水の調合、捏ね、発酵、成形、必要に応じてトッピング、袋詰め、ラベル貼りなど、焼き上がって店頭に並ぶまでにたくさんの工程があります。一人一人の特性に合った、得意な部分を担当してもらっていますが、暗黙の了解のうちに自然と役割が決まり、それぞれが力を発揮し責任を持って仕事をしています。9割が10年以上のパン作りの経験があり、だれか一人でも休むと「あ、この工程困ったな」ということになる、ベテラン職人さん達です。
1階店舗での接客や、保育所、高齢者施設など、お得意さんへの納品やイベントでの販売に同行した時、自分たちの作ったパンが売れていく様子を目のあたりにして、みんなものづくりの喜びを実感し、ものづくり魂を熱くしています。

京都の旨みを集めた食パン誕生


試作を重ねてきた新しい食パン「京の旨」が完成し、昨年11月、支援事業所対象に行われた、パンのコンテスト、食パン部門でグランプリを受賞しました。ともに京都府北部の、久美浜で育ったジャージー牛の生乳から作られたバターと、網野町で作られる天然塩が持つ素材の良さを最大限に生かす、湯種製法の米粉を生地に混ぜて焼きあげた、香りがよくふわふわしっとり、深い味わいが特長です。
「1斤660円」という、食パンとしてはかなり高い商品になりましたが「おいしい」という実感がまさり、毎回完売の人気ぶりです。お店に見えたお客様も「自分へのごほうび」「ちょっといいことがあったから」など、パンのおいしさとともに、心の豊かさも味わっているようでした。

お話を伺った今井浩貴さん(右端)とスタッフのみなさん

この京の旨は、スタッフの今井浩貴さんが現地を見学した時「バターや塩を本当に丁寧に心を込めて作っておられるところを見て、ぜひこの材料を使って、もっとおいしいパンを届けたい」と思ったことがきっかけでした。
「グランプリを受賞した報告とお礼に生産者の方に京の旨を送ったところ、一緒になって喜んでくれて、それが本当にうれしかったです」と今井さんは語ります。そして「製パン課は、生産者さんをはじめ、本当に人に恵まれています。だからこそ、しっかり応えていきたい」と続けました。ここからさらに、おいしいパン作りへの道が始まります。

地域に根付き、地域で力を発揮する


京の旨の記事が新聞に掲載されると、問い合わせの電話も多く「読んだよ」と声をかけてくれるなど大きな反響がありました。自分達の作ったパンが評判となり「おいしいよ」「ありがとう」などお客様に喜んでもらえることは、ものづくりの醍醐味です。飛鳥井ワークセンターは、15人の利用者さんと5人のスタッフが、本気でパンと向き合い「一人一人がパン職人」の気概を持って働き、地域とつながる大切な場所です。
建都は保守、修理工事や、利用者さんの状況に応じた間仕切り新設工事、また日々の作業改善に伴うリフォーム工事などをさせていただいています。これからも、地域を豊かに住みやすく、働きやすくするためにみなさんと一緒に歩んでいきたいと思っております。

桜が彩る 京都の町並み

今年の桜は、ことのほか早い開花となり、京都のソメイヨシノは少し花びらが舞い始めています。嵐山、清水、平安神宮等々、有名どころの桜の名所は数々あり、いずれも「さすが」と思わせる見事な風景をつくり出しています。
また、並木道や公園、学校など身近なところで私たちを楽しませてくれるのも、桜の良いところです。桜となじむ京都の景観のすばらしさを改めて感じます。

木造の教会の向かいは、桜の平野神社


平野神社は、平安遷都と同時に始まる来歴のある由緒ある神社ですが、京都の五つの花街の中で一番古くからある「上七軒(かみしちけん)」に近く、どことなく艶やかな雰囲気を感じます。貴族の氏神様でもあり、桜は生命力を高める象徴として平安時代から植えられたということです。

平野神社に稀少種の桜が多いのは、公家たちが、家のしるべとなる桜を奉納したことから、とされています。名前も「御衣黄」「手弱女(たおやめ)」「平野突羽根(ひらのつくばね)」「胡蝶」など、雅やかです。貴族が催していた観桜の宴は、江戸時代になって、苑内が庶民にも開放され「平野の夜桜」として、都を代表する桜の名所になりました。60種400本の桜がある境内は「桜の杜」のようです。

今年も昼夜に関わらず、たくさんの人が繰り出しています。屋台もあり、昼間から「おでんで一杯」を楽しんでいる人がいるのも、お花見らしい平和な風景です。ソメイヨシノが終わっても、次々と咲く古来種を楽しめます。

平野神社の斜め向かい側に、建都が施工した「西都教会」が建っています。設計は「まちなかこだわり住宅」も手掛けていただいた魚谷繁礼建築研究所にお願いし、木造とは思えないスケールの、シンプルでモダンな教会が完成しました。西大路通りに面して、朱の大鳥居のある1200年余に渡って鎮座する神社と、シンプルモダンな教会が調和して、付近の景観を形づくっています。これも、千二百年の都でありながら、進取の精神に富む京都らしさだと感じます。

哲学の道の桜を植えた日本画家


桜の花を映してゆっくり流れる疏水。時折り、花びらが舞い落ちる様子は本当に美しく、佇んで見入ってしまいます。銀閣寺近くから南禅寺まで、疏水に沿って続く「哲学の道」は、最高の桜の道です。

日本画家、橋本関雪が30年をかけて完成させた庭園と建物「白沙村荘(はくさそんそう)」

あまり知られていませんが、この桜は、日本画家 橋本関雪ゆかりの桜です。大正から昭和にかけて活躍し、日本画壇に名を遺した関雪ですが、経済的には大変だったこともあり「貧しい時によくしてくれた、京都の人に楽しんでもらえたら」と関雪の妻、ヨネさんの提案で、感謝の気持ちを込めて植えられたそうです。ソメイヨシノの樹命は60年くらいで、大正11年(1922)、関雪39歳の時に植えられた桜は寿命を全うしたものが多くありますが、若木に植え替えられ、景観は保たれています。間雪とヨネの感謝の心で始まった桜並木は、哲学の道を四季折々に彩る景観に欠かすことのできないものとなっています。

昭和の初めのモダンな住宅街と桜守


昭和の初めに開発された、モダンな郊外型住宅のさきがけとなった、阪急電車西向日駅近くの住宅街の桜並木も満開になり、散歩がてらにカメラやスマートフォンで撮影する姿をよく見かけます。この桜は、「新しい住宅街にふさわしい街路樹」としてソメイヨシノが植樹されました。
街区の中央にあるロータリーと桜並木は、このモダンで文化的なまちの景観を象徴するものとなり、地元のみなさんに愛され、今もその雰囲気を保っています。

また、この向日市に、笹部新太郎が私財を投じ、心血を注いでつくりあげた桜の園があったことを知る人はまれです。日本の桜の8割はソメイヨシノと言われていますが、笹部新太郎は、ソメイヨシノ以外にも、日本には多様な桜があると、日本固有の桜を守るため、適地と見こんだ向日神社に続く森に苗木を植え、日本一の桜の園をつくりました。
しかし、名神高速道路の建設用の土を採取するため、手放すことを要求され、広大な種苗園は跡形もなく消えてしまいました。どんなにか無念だったことでしょう。今もその痕跡は残っていますが「笹部さんの園をよみがえらせよう」と、地元のボランティアのみなさんが、下草を刈り、固有種の桜を育てています。

 

時代の波が押し寄せるなかで、先人の残したものを受け継いでいくことは大変なことです。それでも、その志を継いでいこうと奮闘するみなさんによって守られています。
景観は長年にわたって形づくられるものであり、京都における町並みや歴史的景観も、利便性や経済活動の影響はまぬがれません。そのなかで歴史や文化に培われた景観は、その都市や地域を支える重要な要素としてとらえ、今の時代に生かしながら、伝えていく知恵や合意形成が大切であると考えます。建都も、京都のまちにふさわしく、使う人、住む人にとって幸せな家・建物をつくってまいります。

 

平野神社  京都市北区平野宮本町1

白沙村荘 橋本関雪記念館  京都市左京区浄土寺石橋町37

桜の園  京都府向日市向日町北山65

映画のまち 京都の喫茶店

日本映画発祥の地、京都は、映画史に残る数々の名作が生まれ、撮影で京都を訪れる俳優のそれぞれの行きつけの喫茶店もたくさんありました。座る場所は決まっていた、必ず注文したメニューがあるなど、興味をそそられるエピソードもいろいろあるようです。
京都のまちに似合うもの。映画と喫茶店。ともに京都の文化の香りがします。思いがけないつながりのある、すてきな喫茶店を見つけました。

カフェ・セバ―グで映画を語ろう


二条駅に近い、ひっそりした通りに、センスの良い看板が見えました。行ってみると、やはりすてきな喫茶店でした。店内は、映画のポスターやパンフレット、ビンテージのカップやグラスもセンス良く配置され、オーナーの感性が伝わってきます。一画、一画が映画の場面でもあるかのような雰囲気があります。

その名も“カフェ・セバ―グ”ゴダ―ル監督の「勝手にしやがれ」で、一躍国際的なスターとなった女優、ジーン・セバ―グです。フランソワ―ズサガン原作の「悲しみよこんにちは」でセシル役を演じ、セシールカットと呼ばれたそのベリーショートのヘアスタイルが話題となりました。懐かしいと思われる人もけっこういるのではないでしょうか。

店主の野口研二さんは、飲食ベンチャー企業で、店舗管理やメニューの開発、企画などに携わった後、コーヒー豆専門店で働きました。入社6年後に、閉めることになった現在の店舗を借り受け改装して、昨年1月にセバーグをオープンしました。
開店するにあたって、近所の人やおなじみさんが毎日通って来る、少し前までの喫茶店のスタイルはもう無理だろう、でもここでしかない、他にはない店にしないとだめだと思ったそうです。
ご自身が、映画が大好きで、ポスターやパンフレットなら、かなりのコレクションがあることから、日本に唯一の映画に特化した喫茶店の誕生となりました。

3種類ある販売用のコーヒー豆は、ブレンドのタイプによって、そのイメージの女優の名前が付いています。スカーレットブレンド、セバ―グブレンド、ケイトブレンド。映画愛にあふれています。
野口さんはお客様に「私の生涯 ベスト映画20」というアンケートを書いてもらい、それをパソコンに打ち込んでプリントして読んでもらっています。映画を見て、自分の中にだけあった思いが、人と話したりアンケートを読んで「ああ、そういう見方もあったのか、こんふうに感じたのか」など、また映画を振り返ることができます。20代前半から70代後半まで幅広い年代の人たちが、自由に映画を語ることができ、それでいて押しつけがましさがなく、「最近映画見てないな」という人も、気づまりな思いをせずにゆっくり、楽しく過ごせる得難い場所。カフェ・セバ―グは、そんな喫茶店です。

パン焼きから始まるカフェの朝


朝8時。店内にほんのり甘い香りが漂っています。トーストに使うパンの焼き上がりです。今日は、ゆで卵モーニングセットに、軽やかなスカーレットブレンドをお願いしました。
パンは少し時間をおいて、ちょっと生地がしまったほうがおいしいそうですが、焼き立てパンの香りと味は、やはり幸せな朝の気分にしてくれます。

セバーグでは、トースト用のパンと焼き菓子は自家製です。店主の野口さんは、パン焼き職人、パティシエ、ウェイター、コーヒー専門店のオーナーと、場面場面でさっと転身して、一人で切り盛りしています。忙しい時はキリキリしてしまいそうですが、そんな雰囲気は微塵もありません。「映画好きが高じて」このお店を開いた、野口さんのお人柄です。

映画好きの輪と建都とのご縁


カフェ・セバーグでは、映画にまつわる古書籍も置いていて、購入することもできます。なかなか興味深い本が並び、映画に特化したカフェをさらに充実させています。
これは、ページをめくる紙の本の楽しさを大切にし、古書という舞台へ下げられた本も、もう一度日の目を見させてあげようと、独自の選定眼と感性の品揃えで店主の世界観が広がる、レティシア書房から預かっている書籍です。レティシア書房のご主人は、選んだ書籍を自ら運び込んでくれた後、コーヒーを飲みながら、野口さんと映画談議をするのが定番ということでした。
レティシア書房さんの建物は、レティシアさんと話し合いを重ねて、建都が建てさせていただきました。以降、とても良いおつき合いが続いています。
レティシア書房のご主人と野口さんは映画が取り持つ仲で、古いお付合いと伺い、人のつながりを改めて感じました。
カフェ・セバーグは、5月までの期間限定で、映画館の入場券の半券で、飲食料金が割引きになるという、企画を実施しています。京都、大阪、神戸の11館の、どこの映画館でもOKということです。
これからも多くの人が、人生を豊かにしてくれる映画で、つながっていくことでしょう。最後は「君の瞳に乾杯」みたいな、名せりふで決めたいのですが、残念、浮かんできません。

 

カフェ・セバーグ
京都市中京区西ノ京池ノ内町20−12 ルーツ神泉苑1階
営業時間 8:00~19:00(LO18:30)
定休日 月曜日

はんなり 京都のおひな様

梅は見頃、そろそろ桃や桜の花だよりも聞かれる季節です。
桃の節句をお祝いするおひな様が飾られたお家には、華やいだ雰囲気が漂います。


町家のほの明るい光に、おっとりと気品のあるおひな様や、すべてが小さく愛らしいお道具が浮かび上がっています。女の子のすこやかな成長と幸せを願う、ひな祭りの福を、おすそ分けしていただきました。

ひな段にはこんなお道具も

1月に「京町家の断熱ケアリフォーム」でご紹介させていただいた、京都のまち中に建つ町家にお住まいのお客様は、掛け軸や豪華な打掛も飾り、個人のお宅とは思えない、すばらしい桃の節句のしつらいをされています。


雅な屏風が立てまわされた、段飾りのおひな様が二対並び、素朴な愛らしさの土人形や木目込みの立雛も付き従うように飾られ、ほのぼのとした華やぎと明るさに満ちています。目を引くのは、一番下の段に長持ちやたんすと一緒に飾られた白木の通り庭(お勝手)のミニチュアです。井戸や流し、かまど、ざるやおひつ、すり鉢等々がきちんと納まっているのです。これは、大正期頃から始まった京阪神にのみ見られるものなのだそうです。


雲の上の殿上人のお内裏様に、こんなにも庶民的で、女性の日々の暮らしと結びついた一式を飾ることを、いったい誰が思いついたのか、すてきな発想をした人がいたものです。しかも、折り畳み式になっていて、四角の箱として仕舞うことができ、箱を開けば「お勝手再現」となります。「すぐれもの」などという言葉では足りない、発想の豊かさと技です。職人さんも楽しみながら、心を込めて作ったんかな、などと想像します。
そして、さらなる驚きは、このミニチュアお勝手元の二体のうち一体は、購入されたものをお手本にして、お母様がつくられたということです。実際に見ても、どちらがどちらとも判別しにくい出来ばえです。技術はもちろんのこと「買わずに自分でつくってみよ」と思って事に向かう実行力に敬服します。

豊かさを生む、ていねいな暮らし

ミニチュアお勝手元の製作者であるお母様は、日頃から住まいの町家を一生懸命守って来られました。襖の小さなほころびは、花形にきれいに切り抜いた紙を張って繕い、お庭も手入れされ、今あるものを大切に、とてもていねいに暮らしておられます。

生活様式の変化もあり、季節に合わせてしつらいを変えるお家も少なくなっています。一年に一度、おひな様にお出ましいただくのも大変なお手間入りです。
「そう言えば、最近おひなさん飾ったことないわ」「飾るのも大変やけど、きちんと仕舞うのはその何倍も面倒」という声も聞きます。
それをいとわず、このようにおひな様を飾ることができるのは、普段から毎日をていねいに暮らしておられる、その積み重ねなのだと思います。日々のちょっとしたことを工夫し、楽しむ。その厚みなのだと感じます。
おひな様の一式を、今は娘さんが管理保管されています。様々な思い出とともに、お母様の暮らしぶりも受け継がれたのではないでしょうか。
京都の豊かさ、奥の深さはこうして育まれてきたという思いを深くしました。

西陣のお酢屋さんのおひな様


茶道の両千家に近く、昔から名水の地として知られる西陣の一角に、京都市の歴史的意匠建造物に指定されている、糸屋格子が美しい町家があります。創業百八十余年、昔からの製法を守る「林孝太郎造酢」です。代々伝わる貴重なおひな様を毎年期間限定で公開されています。


ひときわ気品高く、典雅な雰囲気をまとわれた一対のおひな様には、一緒に収められていた古い伝来書により、江戸末期に在位された孝明天王から林家が賜ったものであることがわかったそうです。また、代々の当主が茶の湯をたしなみ、趣味人であったことから古いお人形を蒐集されて市松人形や、大変珍しい琴を弾く江戸時代のお人形なども一緒に展示されています。保存状態も大変よく、縁あって林家にある時代を経たお人形を多くの方に見てもらえたらと、公開されています。(今年は4月3日火曜日まで)

孝明天皇から賜ったおひな様は「引き目鉤鼻」その通りのお顔をされていて、展示されている大正、昭和のおひな様とも違います。現代はまつ毛が長く、目も大きくぱっちり。時代とともに変わる様子がわかります。
現当主七代目の林孝樹さんは「この伝統的な建物や古いものを残し、伝えていくことも京都の文化であり、大切なことと考えています」と言われました。旧家の奥深く仕舞われていた由緒あるおひな様と巡り合うことができるのも京都に住む幸せです。
建都も、住まいを通して、京都の文化をつないでいくお手伝いをさせて頂けるよう、がんばってまいります。

 

(有)林孝太郎造酢
京都市上京区新町通寺之内上ル東入道正町455
営業時間 9:00〜17:00
休業日 第2、第4土曜日・日曜祝祭日

京都府内産木材を活用した 洋菓子店

1月27日、左京区にすてきなお菓子屋さん「茶山 sweets Halle(ちゃやまスイーツはれ)」がオープンしました。
建都と長いお付合いのある社会福祉法人様の就労支援施設が運営するお店で、今回の工事も設計監理でかかわらせていただきました。府内産の木材をふんだんに使った店内は、素材にこだわり一つ一つていねいに手作りするお菓子と調和して、あたたかみのある雰囲気をかもしだしています。開店当初から、ご近所の方に次々とご来店いただき、上々の船出となりました。念願の直売店に、みんなの夢がふくらみます。

府内産の素材を使った親しみのあるおいしさ

「叡電」(えいでん)と呼ばれる叡山電鉄の茶山駅のすぐ近く、鮮やかな青い屋根の建物が「茶山 sweets Halle」です。

運営する社会福祉法人修光学園は、20年以上前から洋菓子作りに取組んできた実績があります。これまでは委託販売中心でしたが、昨年、別の法人から事業と建物を受け継ぎ、大幅な改修をして、1階に念願の直売店オープンの運びとなりました。

店頭にはクッキーやパウンドケーキなどの焼菓子を中心に、約30種類がラインナップされています。今回新設した専用のオーブンで焼き上げる本格的なバウムクーヘンは、早くも人気商品となっています。


また「密玉」(みつたま)と名付けられたマドレーヌは、丹波の赤たまご、美山のとちの蜂蜜、国産きび糖、厳選された発酵バターにアーモンドパウダー、そして味のまとめ役として丹後夕日が浦の塩を素材としています。2016年には「スウィーツ甲子園京都予選会・ほっとはあと京の彩グランプリに選ばれた折り紙付きのマドレーヌです。また、丹波の赤たまごで作った濃厚なプリン、口どけのよいふんわりした米粉ロールケーキと、生菓子にも力を入れています。いずれも素材の良さを素直に生かした、まじりけのないおいしさです。

商品開発や8名の利用者さんの指導、製造管理や材料調達まで柱となっているのが、8年間洋菓子店でパティシエとしての経験を積んだ職員の深田さんです。
ロールケーキに使っている米粉は、深田さんがそのくちどけの良さに惚れ込んだ、府内の他の社会福祉法人で加工されているものを入れています。こだわりの原材料とみんなのチームワークで「ほっとする、いつものおいしさ」を届けています。

茶山をお菓子で元気にしたい!

オープン前にはご近所へごあいさつまわりをし、告知のチラシも配布しました。うれしいことに、徒歩や自転車で10分くらいという、ご近所の方にたくさん来ていただいています。

このことは「子どもでも気軽に買いに行ける、地域に開かれたお店」のコンセプトを掲げるHalleにとって、とてもうれしいことです。京都府内産、国内産の原材料を厳選することは価格とのせめぎ合いもあります。様々な工夫と努力で「子どももお小遣いで買える値段」をキープしています。「はれの日に彩りを添えられるように」「食べて晴れ晴れした気持ちになるように」いろいろな想いを込めたお店です。お菓子をきっかけにして地域とつながり、たくさんの人が集まって、楽しいことやおもしろいことに係わり、その輪の中に障がいを持った人たちも、当然のように自然といることができるようにという、願いが込められた大切な場所なのです。

店舗づくりにかかわった建都の思い


「お店は無垢の木材を生かした内装にしたい」とのご希望で、京都府の「公募型木のまちづくり推進事業」を申請され、補助対象事業に認定されました。
お菓子のお店の清潔感、やさしさやおいしさ、自然を感じることができ、働きやすい環境をと、何回も話し合いを積み重ねてきました。工務店、株式会社小寺工業さんの誠実なお仕事で、ご希望にかなう、京都府内産の木をふんだんに使ったすてきなお店が完成しました。
ガラス張りの開放的な厨房は働く姿が見え、また利用者さんも、自分たちが作ったお菓子を手にするお客様が見えることで、モチベーションも上がるそうです。身だしなみもしっかりチェックしているという作業中のみなさんからは、生き生きした、楽しい気分が伝わってきました。
お客様のご希望を具体化するには、信頼関係が本当に大切だと、今また、改めて感じています。18年前に障がいのあるみなさんのグループホームの内装をさせていただいた時からの長いお付き合いに感謝しております。
茶山 sweets Halleが、働く喜びにあふれ、お菓子を通じて地域のみなさんとつながり、すてきな笑顔がたくさん生まれるお店になるよう願ってやみません。

 

茶山 sweets Halle
京都市左京区田中北春菜町14-1
営業時間 [火~金]10:30~18:00 [土・祝]10:30~17:00
定休日 日曜日、月曜日、第1・3・5土曜日

一軒の家のように リノベーション

今回は全国で唯一の「恵方社」がある神泉苑のほど近くで、建都が手がけたリノベーション物件をご紹介します。

神泉苑にある、歳徳神を祀る恵方社

「京の底冷え」の本領発揮といった様相の今年の冬。もうすぐ節分、暦は立春となりますが、まだまだ春は名のみのようです。
そして必ず話題になるのが「今年の恵方」ですね。恵方巻きの宣伝になっているかのようですが、これは陰陽道によって決定される、歴とした祀りごとです。
陰陽道の福の神を「歳徳神」(としとくじん)と言い、恵方はその年に歳徳神のいる方向、つまり幸運の方向ということになります。全国で唯一、歳徳神をお祀りする恵方社のあるのが神泉苑です。
今回ご紹介するマンションから歩いて3~4分というご近所です。毎年大晦日の夜、ご住職が祠を持ち上げ、新年の恵方へ「恵方廻し」されます。今年の恵方は「南南東」です。
神泉苑は平安時代の遺構でもあり神仏習合の寺院で、弘法大師の雨乞い説話や、祇園祭発祥の地としても長い歴史にその名をとどめています。今年の節分はそんなことに思いをはせてみるのもいいかもしれません。


最近、関心が高くなり、建都も多く手掛けているのがマンションのリノベーションです。
今回は、市中心部に近く最寄駅が目の前という好立地にありながら、静かで落ち着いた界隈の御池通りに面したマンションのリノベーション例をご紹介します。
既存の建物を快適な住空間に再生して価値を高め、新築よりも費用が抑えられるリノベーションは、解体せずに工事を行うため、廃材が減ることなどから、環境保護につながる点も注目されています。現在お住まいの愛着ある家に住み続けるために、また、今あるものを生かして、さらに嗜好性の高い家を求める声にも応えることができます。
建都は、注文住宅、分譲住宅、リフォームで培ってきたノウハウをもとに、京都というまちの環境に沿ったリノベーションを行っています。

マンションでも可能な個性のあるリノベーション


マンションは築32年、収納が少ない2LDKでしたが、JR、市営地下鉄の二条駅が目の前の最高の立地です。また、3部屋とも南向きで、南と西の眺望がすばらしいことも魅力です。この良さを最大限生かし、収納を増やすこと、使いやすい間取りにすることをポイントにして「便利、快適」に加え「その家らしさ」個性を感じられる家をリノベーションに臨みました。

画一的に感じられるものが多い玄関は、思い切って広くしましました。玄関から廊下はL型になっているので、プライバシー空間は見えません。玄関の壁には、伝統工法の土壁をルーツとする建材、エコカラットを使っています。ちょうど良い湿度を保ち、換気だけでは消えない臭いを吸着し、空気中の有害物質も低減するという優れものです。自然の質感を感じるデザイン性も高いものになっています。木の小さなカウンターを取り付け、より洗練された雰囲気となり、玄関先でのやり取りも十分可能です。

大きなポイントである収納とLDKは、建都らしい工夫を各所に施しました。
まず玄関横の土間付き収納は、シューズクロークとしてはもちろん、自転車やアウトドア用品など大きなもの、また雨にぬれたものを一時避難的に置くのにも、とても便利です。
6帖の洋室、和室、玄関からL字にとった廊下、洗面所、キッチンと、その場所にあった収納を考えました。工夫次第で画期的な使い方ができ、いつもすっきり心地よく暮らせます。

家族の顔が見える楽しいキッチンに生まれ変わる


広く開放的なLDKは,南側と西側に広がる眺望の良さも生かした設計になっています。時間により、季節により変化を感じられるのもここに住む幸運と言えるしょう。以前のキッチンは、奥の壁際に設備が設置されていたため、家族に背を向けるかたちでした。今回、配置を変えただけで、家族の顔を見て会話を交わせる、楽しいキッチンに生まれ変わりました。配置など小さな変更でも、ご家族と過ごす時間を多くし、笑顔がたくさん生まれることにつながると考えています。これからも一つ一つのプランを丁寧にあたため、住む方の幸せにつながるリノベーションを進めてまいります。

京町家の断熱 ケアリフォーム

寒の内。京の底冷えが身にしむ毎日です。
3回続けて、商家の町家をご紹介しましたが、この時期の町家での暮らしは、なかなか厳しいものがあります。
兼好法師が「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と、徒然草に書き残しているように、京町家は夏の暑さをどうしのぐかに、重きを置いています。確かに京都の夏は、かなりの蒸し暑さです。が、冬の寒さも耐え難いことも事実です。兼好法師は「冬はいかなる所にも住まる」と言っていますが、そんなわけにはまいりません。
家も住む人も年を重ね、家族構成も変わります。京町家は残していきたい、すばらしい財産ですが、そこで毎日生活していくには、昔のままでは難しいというのが現実です。その時、どうすればいいのか。
思いの丈をさらけ出し、時間をかけて信頼関係を築いて、お客様と建都が一緒に取り組んだ、毎日笑顔になれる、幸せに暮らせる、リフォーム&リノベーションの例をご紹介いたします。

テーマは「リフォームしたことに気が付かないリフォーム」

ケアリフォームがご縁となってお付合いのあるお客様から、入院中のお母様が退院してからの生活を考えたご相談をいただきました。「冬のすき間風が寒いので、木製のガラス戸をアルミ製にしたい」「夏は虫が入って来るので網戸を付けたいというご要望でした。
早速お宅に伺って、現場調査をさせていただきました。アルミサッシを取り付けたい所の床の高さが違うことや、寝室になるお部屋からトイレやお風呂へは、お部屋の外にある廊下を、庭伝いに行かなければならないなど、問題点も見えてきました。

ケアリフォーム施工前

京都市内の真ん中に建つ、築100年近いと思われるこの町家は、入院中のお母様が常日頃から、本当にきちんと手を入れ、みごとな状態で維持されていて、京都市の景観まちづくりの会の情報誌に掲載され、テレビでも放映されたほどです。襖の小さなほころびは、ご自身で繕われるなどして、一生懸命守ってこられたこの町家に、アルミサッシが入っていいのか。うーん。
とにかく、お母様ががっかりされないような「この町家になじんだ断熱工事」が必要でした。退院して戻られた時「何も変わったとこないなあ」と安心していただけるようにしなくては。だから今回のリフォームのテーマは「退院されたお母様が「リフォームに気付かない」なのです。

ケアリフォーム施工後

いろいろ考慮した結果、床の高さをまっすぐに調整し、もとの木製建具は残し、内側にインナーサッシを取り付け、将来、車いすでもトイレやお風呂に生けるように、廊下の段差を解消しました。網戸も取り付け完了。
「何か工事しはりました?」という、目立たなさです。どうか気にいっていただけますようにというか、リフォームしたことに気がつかれませんように」と祈るような気持でした。

12年前のリフォームからお客様とのつながり

お母様が無事退院されて後、娘さんから「母は家に戻って3日目にやっと、インナーサッシに気付きました。これで冬も寒さを心配しなくていいねと、みんなで喜んでいます」とメールが届きました。
「テーマの、リフォームしたことに気が付かない、は大成功」とも言っていただけました。よかった、本当によかった、やった!

ケアリフォーム施工前

ケアリフォーム施工後

今回のリフォームは、12年前にさせていただいたトイレ改修と廊下の欄干手すりの取り付けからのご縁です。当時、病気で左手が不自由になられたご主人のためのケアリフォームでしたが、娘さんの介助で、車椅子でトイレに行かれるお母様の様子を見て、12年前のリフォームが役立っているとわかり、とてもうれしく思いました。
また建具や部材など、使えるもの、慣れ親しんだものを残して改修することを、いつも心がけています。

トイレの天井にある換気口はひょうたん形。そのまま生かしました。

この町家のケアリフォームを通して、あらためて京町家に息づく先人の住まい方の知恵、暮らしの文化に感じ入りましたし、お客様の要望や住まいへの思い入れを大切にしてリフォームを完成してくださった、それぞれの専門の職人さんたちにも、感謝の気持ちでいっぱいです。
ケアリフォームという仕事を通して、本当にたくさんのことを教えていただき、考えることができました。建都が手がけてきた「住む人の視点」に立った、リノベーションやケアリフォームを、随時ご紹介してまいりますので、今後ともどうぞよろしくおつき合いください。